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4-5:ドウシさんとラーメン

 わたしたち二人は再び駅に向かって歩き出した。

 駅前のバス停に着くと、すでに目的地行きのバスが停まっていた。しかも、なんとそのバスは、前後左右一面にオタカラのメンバーが描かれているラッピングバスではないか。しばらくバスの周りをじっくりと観察していると、リョウ君が声を掛けてきた。


「ドウシさん。とりあえずバスに乗りましょう。」


「あっ、はい。わかりました。」


 バスに乗り込むと、車内も一面中オタカラで一杯だった。つり革も中吊り広告も、停車ボタンも、シートにもオタカラのメンバー達が描かれていた。ひとしきり車内を確認した後、リョウ君に尋ねた。


「バスで今からどこに行くんですか?」


「まずは漁港の方に行きましょう。」


「漁港、ですか?」


 そういえば、A市といえば漁業が盛んな街だった。秘密の部屋にいた時は、この静かな漁港を一人散策する姿をよくイメージしていたものだ。まさか実際に現地に行くことになろうとは。だが、今はオタカラの聖地巡りの最中である。そのようなことをしている暇などないのではないか。漁港巡りなどライブが終わった後からでもいいのではないか、などと思っていると、リョウ君が声をかけた。


「そろそろ昼食にしませんか? 今、A市の飲食店とオタカラのコラボキャンペーンを実施中で、キャンペーンに参加している飲食店で食事すると、ランダムでメンバーのコースターがもらえるんですよ。」


「そうなんですか。」(またランダムか。)


「それに、漁港の周辺にもオタカラの聖地は結構あるんですよ。」

 ならば全く問題はない。


 漁港に着いてから、二人でしばらく飲食店を何店か回ってみたが、今日は休日でもあったためか、どこの店も客で満員だった。


「いやー、どこもいっぱいですね。ちょっと魚系は厳しそうなので、ラーメンでもいいですか?」


「全然問題ないですよ。」


 ラーメン屋も結構混んではいたが、ラーメン屋は客の回転率がよい。入店してから少し並び、それから食券を購入し、店内で待っていると、すぐにカウンターに案内された。すると、なにやらラーメン屋の店主と客の集団が話をしていた。


「いやー、今日はお客さんが多いですね。なんかイベントでもあるんですか?」

 店主はA市の住人でありながらも、オタカラについて、あまり詳しくないようだ。


「実は今日夕方からオタカラのライブがあるんですよ。」

 よく見ると、カフェにいたウインナーの連中だった。


「うちもなんとかいうキャンペーンに参加してまして。注文してくれたお客さんにこのコースターを渡すように、って言われてるんですよ。」

 と言って、コースターの裏面を向けて、一枚一枚客に手渡ししていた。


「そうなんですよ。ぼくらも今漁港でキャンペーンに参加している店を回っている所なんですよ。」

 今回は、ごつい顔の店主が相手のためか、特に揉めてはいないようだ。


「へー、そうなんですか。じゃあこのコースター、店の裏に行って好きな娘のもの1枚500円で売りますって言ったら、買ってくれます?」

 店主が面白くもない冗談を言う。


「もちろん買いますよ。えー! いいんですか?」

 ウインナーの連中の方は、冗談で返しているのか、それとも本気でコースターを1枚500円で買えると思っているのか、まあどちらでも別に構わないのだが。


「いやー、それにしても彼女達すごい人気ですよね。実はうちも2年ぐらい前にも似たようなキャンペーンに参加したことがあったんですけど。朝、店を開けようとしたら、入り口の鍵が壊されてて。それで店の中に入ったら、景品が全部盗まれてたんですよ。」


「へー。そんなことがあったんですか。非常にけしからん連中ですね。そんな奴らと同じファンとは思われたくないですね。本当、同じファンとして恥ずかしいですよ。」


 恥ずかしいのはこっちの方だよ、などと思っていると、こちらのカウンターにもラーメンが運ばれてきた。店主は、同じようにコースターの裏面を向けて、こちらに手渡ししてきたが、こちらに対しては無言だった。店主の方も客を選んでしゃべっているようだ。


 まずはラーメンを一口、

「なんだ、この食べ物は! こんなうまい食べ物がこの世の中にあるのか?」

 と、そのうまさに衝撃を受けるという展開を予想された方もいるかもしれない。

 それによくわからないが、この物語は異世界グルメとかいうその類の物語ではない。と誰かに言われている気がする。


 せっかくなので、ここで導師国について話をしておこう。

 まず食文化に関していうと、導師国も日本に負けず劣らず豊かであり、失礼ながら、この程度の店であったら、一般の国民でも普通に店に行って食べることができる。

 導師国について、日本で語られているような、「導師の圧政により国民が一日の食糧にも窮するような悲惨な国」、というイメージを持たれてはいけないので、導師国の元導師として簡単に導師国の紹介をしておく必要があるだろう。

 導師国は、他国から国家の理想の終着点と言われている通り、かなり豊かな国だと言えよう。国民一人当たりの平均所得は、日本の数倍以上。それに福祉や手当なども充実している。その分、国民が負担する税金などが非常に高いのもまた事実なのだが。また国内で採れる資源も豊富で、経済面でも科学面でも文化面でも、あらゆる分野で世界をリードしており、中国やロシア、インド、ヨーロッパなどラクエン経済圏に入りたいと希望する国は山ほどあるが、他国に何ら頼る必要のない完全な独立国家である。

 幸福の概念というものは、個人によって、各々そのとらえ方は違うだろうが、一般的に言えば、導師国は幸福な国と言えよう。


 わたしは自分のコースターを裏返した。リタのコースターだった。

 すると、リョウ君が声をかけてきた。


「ドウシさん。リタのコースターが当たったんですか? よかったですね。」


「えっ? なんでわかったんですか?」

 もしかして、透視能力でもあるんですか?


「いやー、ドウシさんの顔を見たら、すぐわかりましたよ。」


 その時、自分がコースターを見ながら笑みを浮かべていることに気がついた。導師国にいる時は、長年ポーカーフェイスを崩さず、常に威厳のある態度で国民に接するように心がけてきたわたしが、一体どうしたのだろうか?

 そう思っていると、再びリョウ君が、


「ドウシさんって、すぐに表情に出ますよね。駅に行った時も、カフェに行った時も、オタカラショップに行った時も、さっきラッピングバスを見ていた時も。すごくうれしそうでしたよ。」


「えっ? そうでしたか?」


 驚いた。

 長年の夢が叶ったあまりのうれしさのためなのか、それとも、いきなり長年の重圧から解放されたためなのか、わたしの精神状態が不安定になってしまっているのかもしれない。人前で笑顔を見せるなど、ほとんど記憶にない。少なくとも導師時代には一度もした記憶がない。そういえば、今食べているラーメンも、なぜかいつにも増してうまく感じられる。


 ラーメンを食べ終わると、リョウ君に向かって言った。


「いやー、ランダムというシステムも悪くないかもしれませんね。」


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