4-1:ドウシさんとビジネスホテル
4章では、「偉大なる国家殉死」を敢行し導師を捨てたドウシさんが、日本で偶然知り合ったリョウ君に彼女達の聖地巡礼を案内してもらう。聖地巡礼を満喫しながらも、本当に大切なものは何かに徐々に気がついていく。そして旅の過程でリョウ君が実は自分と全く同じ境遇だと知り、落ち込んでいる彼を励まそうと試みるも失敗に終わる。
今日は待ちに待ったWatercolorsのライブ開催日。
A市は朝から快晴で、本日は絶好のライブ日和である。
昨日はかなり遅めレイトチェックインとなり、またホテルに連絡もしていなかったため、ホテルのスタッフからはかなり怒られてしまった。しかし、他人から怒られることなど初めての経験である。
時刻は朝8時、今わたしはホテルの1階にある朝食のビュッフェ会場として指定されたレストランに来ている。レストランに据え置かれたテレビからは、昨日のわたしとマリー士官の騒動についてのニュースが流れているところだ。
「昨夜未明、突如日本領空を侵犯してきた国籍所属不明の戦闘機は、基地よりスクランブルで発進された自衛隊機より、日本領空外へ引き返すよう何度も警告を発しましたが、相手はこれを無視し、そのまま日本領空に侵入し、自衛隊機に向かって攻撃してきたため、やむなく戦闘状態に入りました。その後、所属不明機は日本本土への上陸を果たすと、日本三位の山付近まで接近した後、突如引き返し、そのまま日本領空外へと姿を消しました。所属不明機の日本本土上陸の目的は不明であり、政府によると、現在調査中とのことです。なお本件におきまして、自衛隊の戦闘機が、所属不明機により合計8機撃墜されましたが、幸いにも撃墜された戦闘機からは、死者、行方不明者ともに発生しておらず、搭乗者全員の無事が確認されております。なお所属不明の戦闘機について、専門家の話によると、どの国にも該当する戦闘機がなく、おそらく…」
(よかった。マリー士官は、無事導師国まで帰国できたようだな。そして、帰りにもさらに2機撃墜していったようだ。本件が公になることは永久にないだろうが、おそらく日本への賠償額は相当なものになるだろうな。)
ビュッフェ会場は満員である。
(それにしても、設備は相当古いし、部屋は信じられないくらいに狭い。バスとトイレは同室だし、このようなチープなホテルが1泊5万円とは。日本とはなんと物価の高い国なのであろうか。)
そう心の中でつぶやきながら、導師は朝食が乗せられたプレートを持って空いているテーブルがないか探していた。会場は相当混雑しており、なかなか空いている席が見つからない。
(それにこの朝食。ビュッフェといっても、ごはんとコッペパン。それとデザートにヨーグルトのみ。コッペパンをおかずに、どうやってごはんを食えばいいのだ?それとも、もしかすると日本ではヨーグルトがおかず扱いなのだろうか?)
するとようやく、混雑しているビュッフェ会場の中で、2人掛けのテーブルの一方が空いているのを発見し、テーブルの向かい側に座っている男性に声をかけた。
「すみません。あの、この席空いてますか?」
すると男性は、
「どうぞ。」
と、一言だけ答えた。
やっと席にありつき、イスに座ったものの、テーブルに置かれたプレートを見て、一人困惑していた。しかし、どう食べればいいのだろう。思い切ってヨーグルトをご飯にかけてみようか、さらに上からしょう油をかければ食えないこともない、かもしれないと思い、ヨーグルトの皿に手をかけたその時だった。
テーブルの向かい側に座っていた男性が、突然わたしに声をかけてきた。
「実は、おかずとしてウインナーだけおいてあったんですけど、あのテーブルの集団が全部取っていっちゃったんですよ。」
ほらと、あるテーブルを指さすと、確かにテーブルに座っている4人組の集団の皿の上には、大量に積まれたウインナーの山がおかれていた。
「あっ。本当ですね。これは注意したほうがいいですか?」
わたしはいつもの導師口調を封印し、一般人として違和感のない口調を意識して話し始めた。
「やめたほうがいいですよ。どうせ言っても、早い者勝ちだとか、貧乏人とか、いやなこと言われて、結局こちらの気分が悪くなるだけですよ。そもそもまともな人間だったら、ウインナーを独り占めしようなんて思いませんよ。」
「そういえばそうですね。」
すると、勇気ある若者がスタスタと4人組のテーブルまで行くと、ウインナーを独り占めしている集団に向かって抗議をし始めた。
「なんで、そっちでそんなにウインナーを取るんですか? 朝食のウインナーが全部なくなってるじゃないですか?そんなに食べれるわけないでしょう。みんな困ってますよ。」
テーブルのウインナーの集団は抗議した若者を人睨みすると、ウインナーの集団を代表してかなりクセの強そうな男が、
「これはビュッフェと言いまして、早い者勝ちなんですけど。あなたはルールをご存じないんですか? それとも、そんなにこのウインナーが食べたいんですか?」
そして、男がくやしそうな顔で黙っていると、さらに、
「みんな困ってるんですか? では、困っている人がいたら手を挙げてくださーい。」
と、会場全体を巻き込み始めた。
………………。
残念ながら、誰も手を挙げない。困っていないからではない、要はウインナーの連中と関わりたくないからだ。抗議した若者は、怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、すごすごと自分の席に戻っていった。
その後、テーブルの向かいに座る男と朝食をともにすることとなり、しばらくの間、お互いのことについて話をした。
もちろん、わたしが昨日まで導師国の導師であったなどとは絶対に話せない。わたしは、日本の東北地方の小さな菓子工場に勤める、どこにでもいる会社員という設定で通すことにした。
導師国は、日本と距離的にはそれなりに離れているにもかかわらず、髪の毛や肌の色など、見た目がそれほど変わらないので、わたしが自分のことを日本人と名乗っても特に違和感はないはずだ。導師国を建国した遠い昔の祖先達のルーツを遡ると、日本に繋がるとか言われる説のゆえんはここにある。
わたしのテーブルの向かいに偶然座っていたこの男、名は「リョウ」と言い、年齢は20代後半から30代前半くらいであろうか。やせ型で、少し気が弱そうだが、やさしそうな感じのする男で、普段は東京のコンピュータ関連の会社でエンジニアをしているとのことであった。
リョウ君がわたしに話しかけてきた。
「それにしても今日のホテル代、高かったですよね。」
「そうですね。このあたりだとこれぐらいの料金が相場なんですか?」
わたしは気になっていたことをリョウ君に質問してみた。
「いやー。普段だったら、このホテル1泊5千円なんですよ。でも今日オタカラのライブじゃないですか。だからどこのホテルも特別料金に設定しているんですよ。僕ももっと早めに予約できたら、もう少し安いホテルに予約できたんだけど。でも、仕事の方が最近ずっと忙しくて、ライブに行けるかどうかギリギリまでわからなかったんで、結局このホテルしか空いてなかったんですよ。」
そうだったのか。さすがに今回のお忍びの身で、A市内にあるホテルの中で、1番高いスイートルームを予約するわけにもいかなかった。そのため、A市近郊のビジネスホテルの中では、このホテルしか空いていなかったという事情もあるが、宿泊料金が1番高かったので、A市の中ではここが1番いいビジネスホテルなのかと納得し、このホテルの宿泊予約を入れたのだが。別にそういうわけでもなかったのか。
「ホテルのサービスも同一なのに、料金が10倍も違うなんておかしいですよね。」
わたしは、この理不尽な値上げに納得できず、率直にリョウ君に伝えると、
「仕方ないですよ。どこのホテルも、最近は祝日とか何かのイベントの開催日に合わせて特別料金を設定するのが、当たり前のようになってきてるんで。でもさすがに今回の10倍は少しやりすぎですけどね。」
「そんなものですかね。」
わたしは、この同一サービス、変動料金制に少々納得がいかなかったが、しかしここは導師国ではない、日本だ。ならば、日本のルールに従うほかはない。
そして話題は、自然にWatercolorsの方へと移っていった。
「えっ? ドウシさん、オタカラのライブ、生で観るの初めてなんですか? もしかして、最近ファンになったんですか?」
リョウ君が、わたしにそう尋ねた。
ちなみにドウシさんと言うのは、わたしのことである。
今までずっと長い間、国民より導師様と呼ばれ続けてきたため、いまさら導師という以外の名前で呼ばれても、反応できないかもしれないので、日本でもドウシという名前で通すことに決めたのである。ちなみにフルネームは「マエノドウシ」である。
それとオタカラというのはWatercolorsのことであり、日本ではウオーターカラーズを略してオタカラというのがファンの間では一般的なようである。
わたしは慌てて、
「いやー、もう彼女達のファンになってもう何年にもなるんですけど。家も遠くて、なかなか行きづらくって。それにずっと仕事の方が忙しかったんで、今までライブに行くことができなかったんです。本当はずっと行きたかったんですけど。」
本当の理由でもあるのだが、そう言い訳をした。
「へえ、そうなんですか。いやー、それは大変でしたね。」
リョウ君は、少し苦笑しながら同情してくれた。
わたしは、それに加えて、
「それに、実際にアニメ以外で彼女達のライブを観るのも初めてなんですよ。」
「えっ? ドウシさん、ライブのブルーレイとか、ライブビューイングとかでも観たことがないんですか? なんでなんですか?」
リョウ君が不思議そうにそう聞いてきた。
しまった。余計なことを言ってしまった。と心の中で思ったが、
「いやー、実家が青森の田舎のほうで、しかも、かなり山を越えた僻地にあって。それで実家だと、光回線も通ってなくて、Wi-Fiなんかも全然飛んでこないんですよ。それにオタカラのライブを初めて観るなら、映像じゃなくて、実際にその場に行って観るんだってずっと思ってたんですけど、気づいたら今日になっちゃいました。」
はははは、と苦笑しつつ、自分でも苦しい言い訳だと思った。
リョウ君は、わたしの話を聞いて、しばらく考え込んだ後、
「ドウシさん。」
と、声をかけてきた。
「はい?」
「オタカラのライブに来るの、初めてなんですよね?」
「なかなか休みがとれないんで。」
「A市に来たのも初めてなんですよね?」
「田舎なんで。飛行機もあまり飛んでないんで。」
わたしはそう答えた。何か詰問されているような気分だ。
すると、リョウ君は、
「今日はライブも夕方からなので、もしよろしければなんですけど、これから一緒にオタカラの聖地巡りにいきませんか?」




