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3-4:導師様出撃

 師邸を出た後、車を走らせ、わたしは一人空軍基地へと向かった。


 ところで、なぜわたしが何のために一人空軍基地に向かっているのかって? 侍従長がわたしの元帥服姿を見て察したこととは一体なんだったのか? それは空軍基地においてある導師専用機に乗るためではない。それは、今からわたしが「偉大なる国家殉死」を成し遂げるためである。


 わたしは冒頭の議会の席上で、導師が少しでも国家運営に主体的に関わろうとした場合、国の支配者層に疎まれ、最終的に「偉大なる国家殉死」を成し遂げる運命になってしまうと言ったことを覚えているであろうか。

「偉大なる国家殉死」というのは、実は支配者層に疎まれた当時の導師が、時には飛行機に乗せられ、敵対国への突撃を強いられたり、爆弾をまいて、敵国の主要施設に突っ込まされたりと、導師を導師国の永遠の勇者として称え、国威発揚の道具として、かつ導師を抹殺する場合に用いられる最終手段なのだ。


 そういうわけで、今回わたしはこれから歴代導師として、主体的に国家運営に関わらなかったにもかかわらず、主体的に「偉大なる国家殉死」を成し遂げるという導師国の歴史上初めての導師となる予定なのだ。だが実際には、今回「偉大なる国家殉死」を果たすことが目的ではない。空軍基地に赴き、戦闘機を拝借し、なんとかして日本の国土に降り立ち、Watercolorsのライブに参加するのが真の目的だ。まあ「導師」としてのわたしは死ぬことになるのだが。


 それで、なぜわたしが一人だけで空軍基地に向かっているのかって?

 今からわたしは、「偉大なる国家殉死」を果たそうとしているのに、侍従長に付き添われて行くなど、かなりかっこう悪いだろう?

 それに、1回この車でやってみたいことがあったのだ。


 わたしは、早速スマートフォンを取り出すと、USBケーブルを使ってこの車と接続した。そして、スマートフォンの再生ボタンを押すと、車内からはWatercolorsの楽曲が流れ始めた。わたしが今乗っているリムジンは、導師専用車で、外部は完全に防弾仕様で密閉されており、オーディオは導師国で最高クラスのメーカーのものであり、スピーカーは車内に30か所、適切に配置され、完璧にチューニングされている。つまり、音楽を聴くには最高の環境なのだ。しかし、基本的にわたしが乗っている時に音楽が流れていることはない。たまに流れているとしても、クラシックか、侍従長が好きな演歌くらいだ。


 そういえば、秘密の部屋用にもオーディオシステムを買っておけばよかったな。いつもあの広い部屋の中で、イヤホンをしながら彼女達の楽曲を聴いていたが、よく考えてみると、あまり意味がなかった。あの部屋も完全な防音設計だったし、さぞかしいい音を鳴らしたことだろう。


 車を運転して約30分、そろそろ空軍基地である。いつまでもWatercolorsの楽曲を聴いていたい気分だったが、残念ながら、そろそろ止めなければならない。スマートフォンをUSBケーブルから抜き、それから2,3分程すると、目的地である空軍基地が見えてきた。


 基地の前では、すでに導師国空軍の一員が一同に整列して、わたしの到着を待ち構えていた。

 侍従長が先回りをして、すでに空軍基地に対し、事情を知らせていたようだ。


「お待ちしておりました。我らが導師様。」

 空軍を代表して、基地司令がわたしの車のドアを開けると、そう声を発した。

 わたしは、車を降りると、


「うむ。大儀である。司令よ。すぐにD-4315戦闘機を用意せよ。もはや猶予はない。わたしの目標は日本だ。」

 と、司令に対し指示を出した。


「はっ! すでにD-4315機の出撃準備は完了しております。」

 段取りのいい司令で助かる。そして、


「今回はわたし一人で出撃する。共は不要だ。ではすぐに発進する。」

 と、続けて指示を出した。

 すると、司令はものすごく慌てだした。少しすると、


「導師様!」

 と、何かを訴えてきた。


「何だ?」

 わたしは急いでいるのだ。記念写真に応じている時間などない。

 すると、


「導師様。今回の日本への出撃。我々空軍もお供することをどうかお許しください。」

 司令は、そう訴えてきた。


「ならぬ。」

 一体何を言っているのだ、こいつは。そんなことをしたら、本格的に日本との戦争状態に突入してしまうだろうが。と思っていると、


「しかし。導師様がこれから数世紀振りに行われる大偉業を果たされようとしている時に、導師様直属の部隊である我々が何もしないで、そのままお見送りするだけなどとは到底考えられませんし、ましてや許されるものではありません。それでは我々空軍にとって、導師国の歴史上、一生拭うことのできない汚点となって残ってしまうでしょう。どうか我々がお供することを何卒お許しください。」

 と、涙ながらに訴えてきた。


 ふむ。司令の言うことにも一理ある。とはいえ、今回は別に偉業でもなんでもなく、わたしの身勝手な都合で行うだけのことなので、できれば犠牲者は出したくない。

 少し考えた後、


「うむ。よし、それではわたしが乗るD-4315機のパイロットとして、1名のみわたしに付き添うことを許可しよう。」


「我らが導師様。我々空軍に対し、寛大なご配慮を頂き、誠にありがとうございます。では導師様には、わが空軍のエースパイロットをお付け致します。マリー士官よ。前に出よ!」


「はっ!」

 そう呼ばれて前に出てきた士官は、ごつごつした中年のベテラン男性パイロットでも出てくるのかと思いきや、意外にもまだ若い小柄な女性であった。


「偉大なる導師様。お供させていただきます!」

 そうはきはきと答えるマリー士官。


「頼むぞ。マリー士官。」

 わたしがマリー士官に向かってそう言うと、


「光栄であります!」

 マリー士官より、元気の良い返事が返ってきた。


「ではすぐに発進だ。」

 わたしは戦闘機の方に向かった。


「はっ!」

 マリー士官がわたしの前を歩き、戦闘機の場所まで案内する。


 滑走路の脇には、すでにわがラクエン導師共進国の幹部の面々が一同に集結していた。首相も、大臣も、陸海空軍全ての大将も、一部間に合わなかった者を除いて、全ての幹部が、わたしの一世一代の偉業に挑む晴れ姿をこの目で見るため、侍従長の緊急招集にかけられて、飛んできたようだった。現場にいたほとんどの人間が、伝説と言われる数世紀振りの偉業に挑む導師の姿を見て感動し、それと同時に、導師と永遠の別れをしなければならないという悲しみで、号泣していた。しかし、一部の人間、いわゆる支配者層とか言われる人間達は、「偉大なる国家殉死」が自分達の手からではなく、なぜ、しかもこんな急に、誰の指示で導師自身が行おうとしているのか理解ができず、この非常事態に困惑し、彼等同士がお互いに疑心暗鬼の目を向けあっていた。


 エンジンに火がともった。戦闘機は静かに、いや実際はものすごい爆音をあげてゆっくりと滑走路を進んでいく。


 滑走路の脇では、多くのわが同志達が、大きく手を挙げて何かを叫んでいる。しかしエンジン音がうるさくて何も聞こえない。おそらくわたしに向かって、導師様万歳、導師様万歳、とでも言ってくれているのであろう。これでわが導師国とも永遠のお別れだ。さらばわが祖国よ。国民達よ。わたしは、この国の最高指導者という立場にありながらも、何も君たちの力になることができなかった。仕方がなかったこととはいえ、今となっては、彼らに対しては申し訳ない気持ちで一杯だ。もしかしたら彼ら彼女らのために、わたしにも何か少しでもできたことがあったのではないかと思ったりもするが、今さらそう思ったとしても無駄なことだ。だが至らぬ導師でありながら、多くの国民達がわたしを愛してくれたこと、決して忘れないぞ。国民達よ。わたしがいなくなっても、お前達の力があれば、導師国は変わることなく、今まで通り永遠の繁栄を続けていくことができるであろう。


 その時、戦闘機は爆音を上げ、ものすごいスピードで滑走路を飛び立つと、すぐに暗闇の中へと消えていった。


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