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3-3:導師様ライブまであと1日

「議論の余地なし。」

 静まり返った議場の中で、一人の男の低く抑揚のない声が会場全体に鳴り響く。


「以上により、本法案は可決されました。」

 導師の声を受けてから数秒の間を置いた後、議長により、法案の通過が宣言された。

 その瞬間、今までの静寂がまるで嘘であったかのように、議場は議員達の盛大な拍手と歓声に包まれた。


 本日は本年度の共進議会の議会最終日の前日である。


 いや、そんなことはどうでもいい話である。


 今日はWatercolorsライブ開催の前日である。


 チケットと宿泊先の手配をし、後は現地に参加した気分になることで満足することに決めていたはずなのに、現地でライブに参加したいという気持ちは、その日が近づくにつれ、日ましに増大していった。もはや議会の内容にはなんの関心もない。伝導シリーズ第16弾のキャラメルの新味だとか、その配布数量が増えようが減ろうが、そんなことはもうどうでもよい話なのである。いよいよ明日へと迫ったライブに行きたいという切なる想いと、実際にはライブに参加することができないつらさと悲しみで、今はものすごく気分が悪い。ライブのことを忘れようとして、ノートにいつものスケッチでもしてみようと試みたが、


「ああ、あなたたちはいつもわたしの側にいる。でも実際のあなたたちはわたしの手の届かない場所にいて。わたしは永久に会うことができない。ああ、わたしの想い、あなたたちに届け。」

 気づけば、自作のポエムを書いていた。


 今日もいつもと同じように議会が終了した後は、多くの会合に招かれ、師邸へ着いたのは深夜の1時頃のことであった。導師国時間で換算すると、ついにライブ当日になってしまった。今日もいつもと同じ導師を平然と演じていたつもりだったが、だがその内心は非常につらかった。会合中も、何度も心が折れそうになった。本当は今日は誰とも会いたくなかった。とにかく疲れた。今は帰ってすぐ横になりたい。


「導師様。本日は1日中、執務中も心ここにあらずと言ったご様子で、なにやら思いつめた表情をされておられました。それに、お体の具合もすぐれぬご様子。もしやわたくし共にはわからない、何か深いお悩みでもあるのでしょうか? それとも、わたくしどもの働きぶりに何か至らぬ所でもあったのでしょうか?」

 車中では、侍従長が心配した顔でそう問いかける。


 今日会った誰にも気づかれることはなかったのに、長年のつき合いがあるこの男だけは、わたしがいつもとは違うことに気づいていたようだ。


 わたしは一言、

「特に。」


 侍従長は、

「はっ。」


 わたしは一言、

「問題は。」


 侍従長は、

「はっ。」


 わたしは一言、

「なし。」

 わたしは、いつもと同じように、前を向いて冷静にそう答えた。


「そうでございますか。わたくしの気のせいでございましょうか。明日は議会の最終日。今日はゆっくりとお休み下さいませ。」


 そう、明日は議会の最終日。朝5時から始まる議会に出席するために少しでも休息をとらなければならない。


 しんどい。倒れそうだ。これは今まで感じたことがないほどの強烈なしんどさだった。とにかく休まねばならない。師邸に到着すると、その日はいつもと違い、秘密の部屋には向かわず、そのまま寝室に入ると、服も着替えず、そのままドサッとベッドに倒れこんだ。


 10分後、

 …………。

 ダメだ。眠れない。なぜだ? こんなに疲れているのに。


 20分後、

 …………。

 ダメだ。すごく疲れているのに全く眠れる気がしない。頭がはっきりしている。ダメだ。それでも眠らないといけない。


 30分後、

 …………。

 ダメだ。全く眠れない。ライブに行きたい! いや、行かなければならない。何を言っているのだ、わたしは。行けるはずがないだろう。いやそれでも行くのだ。一体どうやって? どうやって行くのだ? いや、あるだろう。一つだけ手段が!


「もはや議論の余地なし!」


 導師はベッドからガバっと起き上がると、寝室から飛び出し、そのまま速足で執務室へと向かった。秘密の部屋に入り、フォトフレームに入れてあった写真を中から取り出し、懐にしまうと、執務室に戻り、執務室の隅に飾ってある勲章がいっぱい付いた豪華なオレンジ色の刺繍が入った黒い制服がある場所へと小走りで向かった。その制服とは、導師国の国家指導者にしか着ることが許されない導師国軍のトップを意味する元帥服であった。


 わたしは、元帥服に素早く着替えると、執務室のドアをズバーンと強く押し開け、すたすたと廊下を歩きながら、


「侍従長! 侍従長はいるか? すぐに車を用意せよ。」

 と叫んだ。

 すると、すぐさま侍従長が異変に気づき、こちらの方に近づいてきた。そして元帥服姿のわたしを確認すると、


「まさか…。」

 と、一言だけ言葉を漏らした。

 これからわたしが一体何を果たそうとしているのか。わたしの服装を見ただけで、侍従長にはその意図がすぐに理解できたようである。

 侍従長が近くまで来ると、わたしはすぐさま、


「侍従長よ。わたしは今すぐ空軍基地へ向かう。」

 と、言った。


「導師様。なりませぬ。そればかりは。決して、決して早まってはなりませぬ。」

 侍従長は、あらかじめ、わたしからそう指示されるものだと予想していたようだが、実際にそう指示されたとしても、素直に従うわけにはいかないのであろう。


「侍従長よ。これは、すでにわたしの中では決定事項なのだ。こうなることは、あらかじめ以前から決まっていたことなのだ。」

 わたしの方も、今回ばかりは侍従長の言う通りに従うわけにはいかない。


「導師様。我々国民一同、いまだ至らぬ所も多くありましょう。確かに、導師国の教えも、国民一人一人に深く浸透するには至っておりません。ですが、導師様御自らが、我々に範を示そうとなさろうなどとは、あまりにも恐れ多く、こればかりはいくら導師様に仕えるわたくしといえども、認めるわけにはいきませぬ。導師様。どうか、どうかご再考くださいませ。わたくしより、わたくしより先にいかないでくださいませ。」

 侍従長は涙ながらにそう訴えた。


「侍従長よ。これは今日をおいて他にないのだ。」

 わたしはそう言ったが、侍従長の方もなかなか引き下がろうとしない。


 しばらく侍従長との押し問答が続いた後、

 わたしはいつもの抑揚のない口調に、少し親しみを込めて、


「侍従長よ。これ以上わたしを困らせないでくれ。このような形でしか範を示せないわたしの無念。お前ならばわかってくれるだろう。わたしの気持ちが。」


「しかし!」

 侍従長は、なおも引き下がろうとしたが、


「侍従長よ。幼年の頃からわたしの側で、不満の一つも言うことなく、長年に渡って仕えてくれたこと、感謝しているぞ。だが、至らぬ導師ですまなかった。わたしは国民達にとって、もっとよき導師でありたかった。」

 わたしはそう言った。それは口から自然に出た本音でもあった。


「導師様!」

 侍従長はしわだらけの顔を涙で一杯にした。

 わたしは、少し考えると、


「そうだな。侍従長よ。お前にもわたしのことをカスと呼ぶことを認めよう。1日限定となってしまうが、わたしのことは、これからはカスと呼んでくれ。」

 と、言った。


「!?」

 侍従長はわたしの言葉を聞いて、あまりの驚きで目を大きくした。

 わたしは最後に


「侍従長よ。泣いている場合ではないぞ。今からわたしの偉大なる旅の始まりだ。ならば、晴れやかに送り出してくれ。」

 と、言うと、侍従長は平静の落ち着きをすぐさま取り戻し、


「かしこまりました。お前達すぐに車を用意せよ。」

 と、側にいた侍従に命じた。


 そして、車は師邸の正面玄関の入口の前にすぐに用意された。そして、師邸に仕える侍従長、その他侍従達、DCSP、当日その場にいた導師に仕える全ての人間が、一斉に師邸の正面入口の前に集合した。


 わたしは一人運転席に乗り込むと、窓を開け、侍従長に向かって一言、


「後は任せた。」

 と、言うと、

 侍従長はわたしに向かってにこりと微笑むと、その場にいる全ての者に向かって、


「この場にいる全ての者達よ。これから我々国民一同に、世界に冠たる我らがラクエン導師共進国、その国家の威光を示される偉大なる導師様の姿。しかとその目に焼き付けるのだ。そして永久に語り継ぐのだ。われらの導師様が、いや、カスがいかにカスであったか!」


 導師様。導師様万歳。偉大なるカス。我らが兄弟。我らが先生万歳。師邸の前に集う多くの声に見送られながら、導師の車は師邸を後にした。


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