3-2:導師様ライブまであと1週間
ライブ開催まであと1週間。
チケットを入手後、秘密の部屋にいる時は、せっかくチケットも手に入れたことだし、ついでにライブが行われる彼女達の地元である日本のA市のことについても知っておこうと思い、Watercolorsの情報以外にA市についても調べることが日課となっていた。
日本のA市という所は、海沿いに面した漁業と農業が盛んな街で、日本の田舎によくある中都市の一つといった所であった。しばらくは東京への一極集中の影響で、都会への人口流出、商店街の過疎化、市民の高齢化問題等、年々町自体の活力が失われつつあった。ところが、5年前にA市に住む彼女達のアニメシリーズが始まったことから状況は一変し、近年はアニメの聖地として、多くの人々が観光に訪れるようになり、その上、自然豊かで、地元産の豊かな海と地の食産物、静かで過ごしやすい温暖な気候等、その町自身が本来もっていた魅力も見直され、現在は町全体が活気づいており、日本でも有数の人気観光スポットとなっていた。
わたしは、朝はA市の静かな町をいろいろと散策しながら、昼は地元の漁港で獲れた新鮮な海産物を食したり、そして夜になると、いよいよWatercolorsのライブを楽しむ、という実現が不可能な旅程を頭の中で想像することを最近の密かな楽しみとしていた。
その日も、秘密の部屋でそのような妄想を一人楽しんでいた時のこと。
そういえばわたしのスマートフォンに、日本の旅行用のアプリは入っているのだろうか、気になったので調べてみた。しばらく適当なアプリがないか探していると、日本のにゃらんというホテル予約アプリを発見した。早速インストールし、ライブ前日のホテルの宿泊の空きがないか検索してみた。すると、ほとんどのホテルは前日の宿泊が不可となっていた。おそらくライブ前日に遠方より前乗りする必要がある人間も多いため、ほとんどのホテルが満室となっているのだろう。しかし、よく見ると1件だけ前日の部屋が空いているホテルを発見した。ホテルの空きがないと、他者に先んじて部屋を確保しておきたいと思うのが人間の性というものだ。とりあえず予約を入れておいた。イーマイナスもにゃらんも日本のアプリなので、わたしが会員登録しようが、予約を入れようが、導師国の人間にばれる恐れはない。
ちなみにライブ1週間前ということで、イーマイナスよりライブ前に顔認証の登録が必要との連絡が入り、言われた通り、わたしの顔を登録しておいた。イーマイナスはおそらく日本国内で、導師国の指導者であるわたしの本当の顔を登録した初めての企業ということになるだろう。導師国では、導師の存在を国内では神格化、国外に対しては秘密としているため、導師の顔が海外に出る時は、だいたいモザイクや加工処理がされており、まるで別人のようになっている。外国では、わたしのことを小柄で小太りな人物として認識されているようだが、実際のわたしとはまったくの別人である。導師国内では、導師を美化して描かれているポスターや看板がよくみられるが、実際のわたしは、むしろそちらのイメージの方が近いのである。
チケットも購入した。現地でのホテルも確保した。だが、これはあくまで勢いでそうしてしまっただけである。肝心の日本のA市に行くための交通手段がない。
以前説明した通り、わが国は日本との国交はないが、国家の上層部間では、それなりに友好的な関係を築いており、彼らに限ってのことだが、実は日本各地に観光旅行にいくことも可能である。事前に導師国の外交部に申請をしておけば、定められた日時に日本向けの特別便が就航されるのである。大体1週間に1回くらいだろうか。わたしがWatercolorsを知るきっかけとなったあの学生は、この手段を用いて、頻繁に日本に行っていたのである。そして日本国内での行動用に、イーマイナスやにゃらんといったアプリが、幹部の持つスマートフォンには、あらかじめ用意されているのだ。そしてそれとは逆に、日本で上級国民と呼ばれている一部の階層の人間が、わが国に訪れることも可能である。
だが、導師国の国家元首という立場にあるわたしが、外交部に日本行きを申請することなど不可能だ。申請すること自体がまずありえないことなのだが、日本のWatercolorsというグループのライブに参加するためなどという理由が通るわけがないし、それよりも、そんな理由は口が裂けても言えない。日本行きの特別便がダメならば、空軍に導師が所有する導師専用機というのがある。これは基本的にはわたしが飛ばしたいタイミングで、どこにでも向かうことができるのだが、さすがに日本に向けては飛ばせない。
一時、現在開催中の議会に、日本との国交樹立の緊急動議の提出を真剣に検討したこともあった。しかし、国交樹立による国内の影響の大きさを考慮すると、さすがにそれは踏みとどまるしかなかった。それに法案提出までに、余りにも時間がなさすぎる。
それに、そもそも、わたしにはそのような権限もなかった。
チケットも手に入れた。宿泊先も手配済だ。あとは移動手段さえあればライブへの参加も可能な状況となった。
唯一にして一つ、日本に行く方法は、あるにはあるのだが、これはあまりにもありえない手段であるため、検討する価値もない。ここは諦めるしか他あるまい。彼女達と同じ場所にいること、それを想像するだけで今回は満足しておこう。と、納得した気持ちになっていたが、本音を言うと、日本に行きたい想いは、日に日につのる一方なのであった。




