第06話:急な依頼
獣人たちの住む土地は、ヒト属と魔族の境界に位置していた。
この土地は、緊張が走る両陣営が直接対決することを避ける緩衝地帯としての役割を果たしていた。
獣人たちは、自らの生活を守るため、両陣営からの度重なる要求や無茶な依頼に応じることで、何とか自治権を獲得してきた。
ある日、狼獣人の村に、隣接するヒト属が支配するデスクリムナ王国から突然の使者が訪れた。
「7日以内にアナミア川の西岸の堰を補修せよ」という依頼だった。
アナミア川は、その暴れっぷりから"暴れ川"とも呼ばれる川で、毎年の雨季には氾濫を繰り返し、
東岸の獣人の村と西岸のヒト属の町に同時に被害と恵みをもたらしていた。
「なぜこんな短期間での補修を?」族長は使者に問い詰めた。
使者は顔をしかめながら答えた。
「我々の領地にある大きな祭りが控えている。その際、氾濫する川の被害は避けたい。だから、期間を短くしての依頼となったのだ」
族長は深く息を吸った。移動だけでも二日かかる距離。
ましてや、この難工事には村の全ての男手が必要だろう。しかしこの依頼を断ることで、王国との関係が悪化することも考えられた。
族長は「わかった」苦々しい表情で答えるのであった。
・・・
翌日
太陽が東の地平線からゆっくりと上がり始める中、狼獣人族の若者たちは堰の補修のために村を出発した。
村の端では、老人たちや女子供たちが、手を振りながら見送っていた。空にはわずかに雲が流れ、心地良い風が頬を撫でていた。
だが、その風の中には微かな緊張が漂っていた。
アヲはそのざわつきを敏感に感じ取り、心の中で何度も村の安全を願った。彼の直感は、しばしば当たると村の人々から言われていた。
若者たちの中には、自分たちの不在が村に何か問題をもたらすのではないかと心配している者も少なくなかった。
彼らはその不安を打破するためにも、必死に明るく振る舞っていた。
・・・
その日の夜
夜の闇は深く、星の光も微弱に瞬いているだけ。虫たちの鳴き声が夜の静寂を破るだけの、どこか神聖さを感じる新月の夜。
しかし、その静寂が破られるのは早かった。風に乗って遠くの木々がざわめく音、そしてそれが次第に近づいてくる足音と低い笑い声。
三十人ほどの盗賊団が、闇に紛れて村へと進撃してきたのだ。
彼らは、獣人族の男たちが村を離れていることを事前に知っていたのか、その有利さを活かして大胆不敵にも村の中心へと攻め込んできた。
村の中は瞬く間に恐怖と混乱に包まれた。老人たちは杖を手にして戦う姿勢を見せるも、体力の差は明らかであった。子供たちは恐れを感じながらも、母親の背中に隠れて盗賊たちをじっと睨んでいた。
アヲと母は家の中に逃げ込んだ。
しかし、盗賊団の三人の男が追ってきた。彼らは冷酷な表情で、アヲと母をじっと睨んでいた。
母は自分とアヲを守るため、両手に夫のロングソードをしっかりと握りしめた。その剣は、いつも夫が使っているもので、彼女自身が使うのは初めてだった。
母は、剣を手に、三人の盗賊に立ち向かった。剣を振り回しながら、身の回りのアヲを守ろうとしていた。アヲは泣きながら母の背中を見つめ、彼女の勇敢な姿に怖さと感動を同時に感じた。
「アヲ!裏から逃げて!」母は息を切らしながら叫んだ。
しかし、アヲはただ泣きじゃくり、身体が動かなかった。
母は盗賊たちの一人を剣で突き、その男に致命傷を与えた。
しかし、他の二人が彼女に襲いかかってきた。一人の男が母を突き、もう一人が彼女の頭を殴りつけた。
「いやっ!」アヲは恐怖と怒りで叫び、眼の前の現実を拒絶した。
盗賊たちの一人は、冷たく鋭い目でアヲの母を見下ろし、何の躊躇もなく彼女のむくろを踏みつけた。部屋に響くその音は、ギシギシというもので、アヲの心にも深い傷をつけた。
「連れてこい」と他の盗賊が冷酷に命じ、アヲは無理やり掴まれて立ち上がらされた。部屋の外には、泣き叫ぶ子供たちや女性たちが盗賊たちに引きずられ、どこかへと連れ去られていった。
アヲは抵抗することもできず、ただ自分の身を任せていた。彼の心は、母の姿、彼女の温かさや笑顔、そしてその冷たくなった体を思い出し、苦しみと悲しみでいっぱいだった。
盗賊たちは、獣人族の子供たちを次々と手綱で繋いで、連れ去っていった。村の入り口では、残りの盗賊たちが、家々を放火しながら荒らしていた。
アヲは頭を下げ、周りの子供たちと目を合わせることができなかった。彼の心は、絶望と憎しみ、そして復讐への渇望で満ちていた。これから彼らが連れて行かれる場所、そして未来に何が待っているのか、彼には想像もつかなかった。
記述がないですが、、、
補修工事には、族長の祖父も、父も参加してます。
力のあるものはすべて駆り出されてます。
アヲの姉ナヲは隠れていて難を逃れてます。
呪い師は、村外れなので、無事。
狼の獣人は月の影響を受けやすく、新月の夜は力が特に弱まります。