美少女JK、クラスの地味男子に「僕のマツタケ……見るかい?」と言われて勘違いしてしまう
「菊平さん、君のことが好きだ。俺と付き合って下さい!」
今日も学校で告白された。
だけど、私の返事は決まってこれ。
「ごめんなさい。あなたとは付き合えません」
告白してきた江野喜介君はショックを受けている。
無理もない。彼は容姿端麗で成績優秀、運動神経も抜群な優等生なのだから。きっとOKを貰えると思っていたに違いない。
だけど、無理なの。
せっかくの青春、私はもっとインパクトのある男子とお付き合いしたいんだ。
「な、なんでだよ……!? 俺じゃダメなの……!?」
食い下がってきたけど、変に希望を持たせても仕方ない。
「悪いけど、そういうことだから」
私は長い黒髪をなびかせ、颯爽と去っていく。後ろで悔しがる声が聞こえるが、気にしていては身が持たない。
さようなら江野君、またいい恋を見つけてね。
***
私は菊平麻衣。女子高生だ。
自慢するつもりはないけど、容姿は恵まれている方だと自負している。小中高とモテなかった時期はなかったもの。
それに文武両道で、さっきの江野君なんかはまさにスペック的には私と釣り合う男子だと思う。だけど、付き合うことはできない。なぜなら彼にはインパクトがないから。
あーあ、私にビビっとくるようなインパクトを与えてくれる男子っていないかな。
そんなある日のことだった。
同じクラスの若松武人君が突然私に話しかけてきた。
名前はちょっと勇ましいけど、至って地味で、恋愛経験ゼロな感じなオーラがプンプン出てる。そんな地味男子が、クラスのアイドルと言っていい私にいったいなんの用だろう。
すると、若松君は――
「僕のマツタケ……見るかい?」
は? いきなりなに言ってるのこの人。
マツタケって……あれだよね。もちろん、なんていうか隠語というか比喩表現というか、そういうアレだよね。
ここはみんながいる教室だっていうのに、なに考えてるんだろう。
しかし、悔しいけどビビっときてしまったのは事実だった。
見せられるものなら見せてみろ。見せて欲しいと思ってしまう。
「み、見せてくれるのなら……見たいかも」
見たいと答えてしまった。もう後には引けない。
いったいどうやって見せてくれるんだろう。どこか人のいない場所でも行くのかな?
「じゃあ今見せるよ」
「え!?」
声を上げてしまった。ここで見せるの? あなたのマツタケを?
あ、そうか。スマホかなにかに画像を撮ってあるのか。なるほど、考えたものね。
私の心に不安と期待が充満していく中、若松君はバッグから何かを取り出した。
「はいこれ」
それは――マツタケだった。正真正銘の本物、キノコのマツタケ。
え、本物のマツタケなの!?
いや、それはそうか。私はてっきり男子特有のマツタケかとばかり。
勘違いしてたのは私の方なのにみるみるテンションが下がっていく。
さっきビビっときたのは間違いだったんだ。ただのマツタケじゃ、インパクトなんてありゃしない。
「ああ、マツタケ、ね……」
キノコなんか見せられても面白くもなんともない。適当に感想を言って、追い払っちゃおう。
ところが――
「あ、いい匂い」
「でしょ?」若松君が笑った。
彼が見せてくれたマツタケはものすごくいい香りがした。
スーパーで売ってるやつなんかとは比べ物にならない。
「君が友達と『私キノコ大好き』なんて話してるのを聞いたから、僕のマツタケのよさも分かってくれるかなって思ったんだ」
ああ、私はシメジやマイタケが好きだし、教室でそういう話もしたかもしれない。
しかし、気になることもある。“僕のマツタケ”ってのはどういう意味だろう?
さっそく聞いてみる。
「僕の……ってことは、まるであなたが栽培してるみたいだけど」
「うん、正確には栽培というよりは、僕の家には毎日マツタケが生えるんだよ」
「え、そうなの!?」
「よかったら、僕の家に来ない? ぜひマツタケが生える場所なんかを見せたいんだ!」
「行く行く!」
こうして私は勢いのまま、若松君の家に行くことになってしまった。
***
若松君の家は学校から自転車で20分ほどのところにあった。
なんの変哲もない一軒家。
庭に案内してもらうと、一本の木が生えていた。
「これは?」私が聞く。
「アカマツだよ。先祖代々伝わる木らしくて」
マツタケが生える木として、名前は知ってたけど実物を見るのは初めてだったわ。
「へえ~、これがアカマツなんだ!」
「この根元には毎日一本マツタケが生えてくるんだ」
毎日マツタケが生える木なんてあるんだ。驚いちゃった。
でもマツタケって秋の味覚だよね。それが毎日生えてくるなんてちょっと不気味な気もする。
「嫌なこと聞いちゃうけど……その、大丈夫なの? ほら、本来は生えない時期に生えてるわけだし……」
「もちろん、気になったよ。だから専門家に成分を分析してもらったこともあるけど、全然問題なかった! いたって健全なマツタケだって!」
成分的には問題ないらしい。
少なくとも、若松君はご先祖様からの贈り物だと解釈してるみたい。
こうなると、見るだけじゃなく味わってみたくなるのが人情だけど――
「よかったら、菊平さん、マツタケ食べない?」
「いいの?」
「うん。だってそのために呼んだんだもの」
「ありがとう!」
さっそくリビングに入り、食卓に座る。
若松君のお母さんが、マツタケ料理を持ってきてくれた。
混ぜご飯、お吸い物、土瓶蒸し、どれも美味しそうだ。
「武人が女の子を連れてくるなんて初めてのことよ。ゆっくりしていってちょうだい」
「はい!」
私は両手を合わせて「いただきます」をすると、マツタケ料理を食べ始めた。
まず、マツタケの混ぜご飯。匂いがすごい。マツタケの香ばしさが漂ってくる。
さっそく一口目を口に入れる。
ふんわりとしたご飯と、マツタケの上品な味が合わさって、とても美味しい。
思わず顔が綻んでしまう。
お吸い物をすする。
温かい汁が体じゅうに染み渡る。幸せってこういうことを言うのかも、なんて思ってしまった。
土瓶蒸しを頬張る。
芳醇な香りが漂い、食べ応えもすごい。料亭なんか入ったことないけど、まるで料亭にいるような気分になれちゃった。
どれもたまらない味だ。
味はシメジに劣るだなんていうけど、全然そんなことない。
私のプロフィール欄なるものがあるとしたら「好物」の欄にマツタケを追加してもいいぐらいに美味しかった。むしろ、是非追加したい。
「ごちそうさまでした!」
私はすっかり満足してしまった。
若松君のお母さんもにこやかに微笑んでくれる。
私は若松君、そして若松君のお母さんとしばらく雑談した後、家を後にすることにした。
すると、若松君がこう言ってくれた。
「菊平さん、よかったらまたマツタケを食べにこない?」
私は口の中で唾液が分泌されてるのを感じてた。
「喜んで!」
***
それから、私はしょっちゅう若松君の家にお邪魔するようになった。
図々しいかなと思ったけど、マツタケは毎日生えてくるし、是非食べに来て欲しいというので、私もすっかりお言葉に甘えちゃった。
一つ気になったのは、もしマツタケを取らずにいたら、無数に生えてきちゃうのではということだったが、取らないでいると新しいのが生えてくることはないらしい。よくできてるものだわ。本当にご先祖様の贈り物なのかも。
今日はマツタケのホイル焼きを食べさせてもらえた。
うーん、おいしい。
私は完全に若松君のマツタケの虜になっていた。
同時に、若松君の誠実で朴訥とした人柄にも惹かれ始めていた。
インパクトも大事だけど、付き合うならこういう人が一番かもって思い始めてた。
だけどそんなある日、若松君は朝から浮かない顔をしていた。
「どうしたの?」と聞くと、
「今日はマツタケが生えてこなかったんだ……」
「え、そうなの?」
「うん……毎朝7時に確認すると、必ず生えてるんだけど」
「そうなんだ……」
「ごめん、菊平さん。今日もマツタケ食べてもらいたかったのに……」
落ち込んでいる若松君に、慌てて私も手を振る。
「ううん、気にしないで! それより明日からはまた生えてくるといいね!」
「ありがとう……」
しかし、翌日も、翌々日もマツタケは生えてこなかったという。
若松君はマツタケが打ち止めになったんじゃないかと推理してたけど、私の考えは違った。
「もしかしてさ、誰かに盗まれてるんじゃない?」
「え、まさか……」
まさかとはいうけど、マツタケは高級食材。それにあのマツタケはかなりの一級品。
どこにでもあるような一軒家の庭に毎日生えるのなら、悪いことを考える人がいてもおかしくはない。
「若松君は人を疑うタイプじゃないけど、確かめる必要はあると思う」
「うん……」
「だから、今夜あなたの家の庭で張り込みましょう!」
「ええっ!?」
私の提案に、若松君が目を丸くする。
「そんな、悪いよ……」
「でも若松君は人がいいから、もし盗んでる人がいたとしても、捕まえたりできないでしょ?」
「それはそうだけど……」
「だから私が手伝ってあげる!」
私はノリノリで胸を叩くが、若松君はまだ遠慮している。
「君の家の人がなんていうか……」
「うちはわりと放任主義だし、これでも親からは信頼されてるから大丈夫!」
若松君も根負けしたようにうなずく。
「分かったよ。今夜一緒に張り込もう」
「決まりね!」
***
この日の夜、私と若松君は彼の庭で張り込むことにした。
物陰に隠れて、アカマツを見張る。気分はまるで刑事かスパイだわ。なんだかワクワクしちゃう。
だけど――
「ね、眠い……」
「大丈夫? 眠いなら僕の部屋で寝ていいよ」
「大丈夫! ちゃんとコーヒー飲んできたから!」
私は普段あまり夜更かししないし、日が変わる頃になると眠くなってきた。
その時、アカマツの根元で何かが動いた。
「……あ!」
マツタケが生えてきてる。
だいたいこのぐらいの時間に生えるようだ。
まるで早送りのように、マツタケが育つ光景は幻想的だった。思わず見とれちゃった。
これで分かったことがある。
マツタケは打ち止めになったわけじゃなかったんだ。
「よかったね、若松君」
「うん」
そして、もう一つ分かったことがある。やはりマツタケは何者かによって盗まれてるってことだ。
俄然、私の目も冴えてきた。
「絶対犯人を捕まえよう!」
「そうだね!」
それから数時間、私と若松君は辛抱強く待ち続けた。
張り込みだから会話することはできなかったが、私は退屈しなかった。若松君と一緒にいられるこの時間が心地よかった。
若松君も同じようなことを思ってくれてたら嬉しいな。
もうすぐ夜明け。新聞配達のバイクの音が鳴り、日が少し差し込んできた頃、事態が動いた。
キャップを被ってマスクをつけて、上下黒ジャージの男が、塀をよじ登ってきた。庭に侵入すると、アカマツに駆け寄る。間違いない、こいつがマツタケ泥棒だ。
私は叫んだ。
「泥棒!!!」
男はメチャクチャ驚いてた。
「な、なんで君がここに……」
おかしなことを言う奴だわ。私を“君”呼ばわりしてうろたえている。
私はかまわず、右足を振り上げた。そう、マツタケ泥棒の“マツタケ”めがけて!
「ぐえっ……!」
鋭い蹴りが決まった。
泥棒は股間を押さえて、その場にうずくまってしまった。
「すごいね、菊平さん……」
私ったら、若松君の前ではしたないところ見せちゃったかも。
「よし、こいつの正体を暴いてやりましょ」
犯人のマスクと帽子を外す。
すると、私も若松君も驚くはめになった。
なぜなら、私たちもよく知っている顔が出てきたからだ。
「江野君……!?」
マツタケ泥棒は、私がこの間告白を断った江野君だった。
誰もが認める優等生である彼が、なんでこんなことを――
「江野君、どうして……」
私に代わって、若松君が聞いてくれた。
江野君は苦い顔つきで答え始める。
「お、俺は……こないだ菊平さんに振られた……」
やっぱりそのことが起因になっていたのね。
「それで、菊平さんと若松が仲良くしてて、悔しくて……!」
私と若松君を繋いでいるのはマツタケだと知った江野君は、マツタケ泥棒を企てたってわけね。
マツタケさえなくなれば、私が江野君に振り向くと思って――
「今までに盗んだマツタケはどうしたの?」
私が聞くと、江野君はポケットから何本かのマツタケを取り出した。
どうやら食べてなかったみたい。
「俺はキノコはあまり好きじゃないからな……それに何回か盗んだら返すつもりでいた……」
あくまで盗みは私への恋心や、若松君への嫉妬によるものだった。
「警察にでも先生にでも突き出してくれ……」
観念したようにうなだれる江野君。
彼がしたことは立派な犯罪だし、報いを受けさせるのが当然だと思う。
だけど、若松君の考えは違った。
「江野君。これから僕たち食事にするんだけど、一緒に食べない?」
「……へ?」
江野君はきょとんとしている。
「若松君、どうして……!」
「うん……。江野君、キノコはあまり好きじゃないって言ってたろう? だからこそ、是非僕んちのマツタケを食べてもらいたくて……。それに、もう反省してるようだから……」
「……!」
マツタケを何本も盗まれたにもかかわらず、若松君は江野君を許すつもりらしい。なんて優しい人なの。
「もちろん、菊平さんの意見も尊重したいけど……」
私は首を振った。
「ううん、若松君の言う通りにしましょ。江野君、さっき痛いところも蹴ったし、とりあえず勘弁してあげる。一緒にご飯にしましょ」
「う、うん……」
私たちはそのまま若松君の家で朝食を頂くことになった。
若松君のご家族からすると、「息子の高校の同級生たちが、朝早くから家にやってきて朝食にあやかろうとする」というかなり異常事態なんだけど、若松君のお父さんお母さんはさして気にする様子もなかった。このあたり、血筋なのかしら。
若松君のお母さんは朝から、マツタケ料理を用意してくれた。
今やマツタケが大好物の私はもちろん美味しく食べたが、江野君も――
「マツタケって、こんなにおいしかったのか……!」
と目を輝かせていた。
彼のキノコ嫌いは食わず嫌いによるものが大きかったのかもしれない。
登校時間になり、私たちは一緒に外へ出る。
江野君は改めて私たちに謝った。
「二人とも、ごめん……」
「ううん、もういいよ。気にしないで」と若松君。
「うん、私も一回蹴っちゃったし。それも思いっきり」私も告げる。
「おかげで目が覚めたよ。これからは君たちの仲をかげながら応援させてもらう。じゃあね!」
江野君は走り去っていった。
マツタケのおかげか、顔は清々しくなっていたし、きっと改心してくれたのだろう。
彼の背中を見送った後、若松君と向かい合った。
「若松君ってホント優しいね。マツタケを盗まれたのに許しちゃうなんて」
「菊平さんこそ、ありがとう。おかげでマツタケを取り戻せたよ」
私たちはしばし見つめ合った。
そういえば今日は一晩中一緒だったことを思い出し、顔が赤くなる。
そして、私はついに決心した。
「若松君!」
「は、はいっ!」
「私、若松君のこと好きです! 付き合って下さい!」
言ってしまった。
すると若松君も――
「ありがとう……僕の方こそ、よろしくお願いします!」
「うん!」
こうして私たちは付き合うことになった。
それからというもの、私は今まで以上に若松君の家に行くようになった。
時には若松君のお母さんにお料理を教えてもらっている。
「菊平さんは飲み込みが早いわね。教えがいがあるわ」
「教え方がお上手だからですよ」
私が作ったマツタケ料理の数々を、若松君にも食べてもらった。
「うん、おいしいよ! マツタケの風味が存分に楽しめる!」
「ありがとう!」
褒めてもらえた。もう最高の気分だわ。最高のインパクトよ。
私はマツタケも好きだけど、今やそれ以上に若松君のことが好きになった。
私と彼を結び付けてくれたマツタケに感謝したい。ありがとう!
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。