冬の日の奇跡。追放された侯爵令息が私の旦那様になります
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藤乃 澄乃様主催『冬のキラキラ恋彩企画』参加作品です。
よろしくお願いいたします。
ある冬の日ののどかな昼下がり。
「う~寒い……」
レメリアが昼の出仕を終え王宮から退出しようとした時、同じように王宮に出仕していた数人の令嬢たちと遭遇した。
レメリアは知らない仲ではなかったので、微笑んでゆっくりとお辞儀をした。
するとその令嬢たちはちょうどいいところにとばかりにレメリアの方へ近づいてきた。
レメリアは察するところがあり、少し緊張した。
その令嬢たちの中では一番身分の高いソニア・マクカーナン伯爵令嬢が口を開いた。
「ねえ、レメリア様? あなたエーリク様と仲良しなのよね? ちょうど今エーリク様のお話をしていたところなの」
レメリアは「やっぱりそうきたか」と心の中で思いながらも、微妙な顔をして微笑んでおいた。
エーリク様とはエーリク・ハーレルソン侯爵令息のこと。レメリアの幼馴染で、なぜか王宮中のレディをときめかせる大人気青年なのだ。
レメリアの微妙な態度につけ入るように、急にソニア嬢は威圧的な態度になった。
「エーリク様はかっこいいし素敵だわ。私もお見掛けしたりお話しできるととても幸せな気分になれるの」
「そうですか」
「私だけじゃないわ。テレーズ王女様も、カリーナ・ホプキンズ公爵令嬢様もみんな言っているわ。エーリク様は素敵だって」
「はあ、すごいですね」
レメリアは答えようがなく、なんとなく相槌を打った。
ソニア嬢は探りを入れる目でレメリアを見る。
「あなたはそんな彼と幼馴染なのよね?」
「そうですけど、ただの幼馴染で、別に深い関係とかそんなんじゃありませんから」
レメリアは儀礼的に淡々と答える。
「そう? ならいいのだけど」
ソニア嬢はまだ疑っているような目でレメリアを見ている。
そのとき、最悪のタイミングでレメリアを呼ぶ声がした。
「レメリア~!」
振り返らなくても声で分かる。それは、エーリク!
ソニア嬢をはじめ。令嬢たちがざわめく。
「まあ、エーリク様よ」
レメリアは顔を顰めて頭を抱えた。
「なんてタイミング……」
令嬢たちに釘を刺されている、今まさにこのタイミングで。
しかしエーリクの方はそんなレメリアの状況は知らない。
にこにこしながら、
「なんていいタイミングなんだ!」
と大股で近づいてくる。
「話したいことがある」
レメリアはだいぶ焦った。
「ちょ、ちょっとエーリク、あちらへ移動しましょうか。まあどうせ、たいした話じゃないでしょうけどね! いつものくだらない、ねえ、しょうもない話ですわよね」
わざと令嬢たちに聞こえるように大きな声でそういうと、レメリアは軽くソニア嬢たちに会釈して、エーリクの背中をぐいっと押した。
「ええ~? なんだよ」
エーリクは怪訝そうな顔をする。
レメリアは小声だったが厳しい口調できっぱりと言った。
「ちょっとっ! みんなの前で話しかけないで!」
そしてレメリアはもう一度「ほほほ、ごきげんよう、皆様。たいした話じゃないですけどね~」と令嬢たちに半笑いで暇を告げると、人気のない建物の物陰へとエーリクを引っ張っていった。
半ば強引に移動させられ、エーリクの方は訳が分からない顔をしている。
「なんでこんなところに」
レメリアは少し怒った口調で言った。
「だって、あなたは大人気なのよ。人前で仲良くしゃべってごらんなさいよ、独身女友達から総スカンよ!」
エーリクは一切身に覚えがないという風に
「なんだよそれ」
と口を尖らせた。
レメリアはため息をついた。この男にこちらの苦労は分かるまい。
「まあそれはいいけど。で? 何、エーリク?」
エーリクは「あっ」といった顔をした。そしてやっと本題に入れるかと
「あのさ」
と口を開いたその瞬間。
近づいてくる若い女性たちの話し声。
楽しくおしゃべりをしながら通りがかっただけのようだが、エーリクと二人きりで物陰で話をしているところを見られたら、絶対噂が流れる!
それは大問題だ!
レメリアは「うわあっ」と思わず小さく呻くと、エーリクの体を自分の影に隠すように押し付けた。
「おっと……」
エーリクの方もレメリアが急に体を押し付けてきたので、驚いて体勢を崩しかけた。体が触れる。
幸い、話し声の主たちは建物の陰のレメリアとエーリクには気付かず通り過ぎて行った。
「行ったかしら……」
レメリアはふうっとため息をついた。と途端にレメリアは叫び声をあげた。
「ぎゃ~っ」
慌ててレメリアはエーリクから身体を離す。
エーリクはぎょっとした。
「レメリア?」
レメリアは真っ青な顔をしている。
「ああっ! ごめん、口紅つけちゃったっ!」
「あ、ホントだ」
エーリクは自分の胸元を見た。
さっきレメリアが体を押し付けたときだろう。咄嗟のことだったので顔が触れてしまったに違いない。
レメリアはおろおろした。
「ああ、どうしよう! これが他のご令嬢たちの目に入ったら。エーリクまだしばらく王宮にいるの?」
「うん、少し用事があるけど。……でも別にいいだろ、口紅の汚れくらい。支障あるかな」
レメリアはぶんぶんと首を横に振った。
「違うわよっ! 職務上というより、問題は独身令嬢たちよ~! 口紅つけたの誰ってなるでしょ?」
エーリクはきょとんとした。
「令嬢たちってそっちは特に問題ないだろ。聞かれても適当に言っとくし」
「適当にって……」
レメリアは半泣きになりながら聞き返す。
エーリクはレメリアを落ち着かせるように微笑んだ。
「あ、うん。レメリアがお転婆してつけたって……」
「ぎゃ~っ! それだめなやつ~っ!」
レメリアはエーリクに向かって大きく腕でばってんを作って見せた。
「あなたの胸に顔押しつけたってバレるじゃない。羨ましがられて後ろから刺される。ああ、もう、なんとか隠す手立てはないかしら」
レメリアは口紅のついたウエストコートをシャツのレースやらスカーフやらでうまいこと隠そうとエーリクの服をあちこち引っ張ったりしてしていたが、やがてエーリクが「そろそろ行かないと」と言うので、ため息をついてエーリクの顔を見た。
「ごめんね、エーリク。口紅つけといてなんだけど、お願いだから私の名前は出さないでくれない?」
◇◇◇
さてそんな感じでエーリクと別れ馬車に乗り込んで帰宅したレメリアだったが、邸に着くと「そういえばエーリクの用事、聞かなかったな」とふと思った。「まあいい、また会ったときにでも聞こう」と思っていたら、邸で出迎えた執事がレメリアに用事を伝えた。父が呼んでいるらしい。レメリアは帰宅直後だったが、執事にせかされるように父の書斎へと足を向けた。
そこにいたのは父と兄だった。二人とも妙にまじめな顔をしていたので、レメリアは変な顔をした。込み入った話だろうか。
「お呼びとは何事ですか?」
レメリアが少し緊張して聞いた。
すると兄のコスターが口を開いた。
「レメリア。私は今度隣国の方へ出仕することになった。法律を学びに行く予定だが、隣国のお爺様が保証人になってくれたついでで、そのままあちらでも爵位をいただけることになった。この国の法律に詳しい人間が欲しかったようだ」
「え、お兄様、あっちの国に行っちゃうの?」
「しばらくはね。こっちの国から要請があれば戻るし、まあ状況次第だ」
レメリアは寂しそうな顔をした。
コスターがこの家では一番レメリアのことを可愛がってくれていたからだ。
しかし、コスターは職務上で隣国の法律を参考にしたくてもすぐに情報が入らないところを不満に思っていた。一度隣国に赴いてしっかり頭に叩き込んできたいと常々言っていたのだ。コスターがこの度こうして隣国に行く機会を手にできたのは素直に喜ぶべきところかもしれなかった。
「寂しくなるわ」
とレメリアはぽつんと呟いた。
すると、コスターは思ってもみなかったことを言いだした。
「私が隣国に行くついでに、お爺様がレメリアに良い婚約者を見繕ってやろうと申し出てくれているんだ。一度あちらに顔を出してみたらどうだ」
レメリアは「は!?」と驚きの顔をした。
コスターは言いにくそうな顔をしながら、もごもごと言った。
「その……おまえがいい歳にもなって婚約の一つもしていないことを気にかけてくださっているんだ」
レメリアは「うっ」と言葉に詰まった。
両親がなんとなく焦っているのは勘づいていたが、そんなところまで心配させているとは思わなかった。
父マクドノー伯爵も申し訳なさそうな顔をしている。
その話題はレメリアが嫌がるから、父マクドノー伯爵も面と向かってはレメリアに言ったことはなかった。しかし、お舅さんの申し出を無下にもできないのだと思う。
レメリアは目を伏せた。
浮かぶのは幼馴染のエーリクの笑顔。
幼いころからずっと好きだった。でも、王宮の令嬢たちの間で大人気のエーリク・ハーレルソン侯爵令息にアプローチすることは叶わない。今日だって面と向かって釘を刺されてしまった。
レメリアはしどろもどろになりながら、小さな声で言い訳をした。
「好きな人がいたんです。その人とうまくいかないかと思いながらずるずるきてしまいました。お爺様まで心配させているとは知りませんでした……」
途端にコスターは「それこそ寝耳に水」と言った顔をした。
「父上! レメリアにそんな相手がいるのなら、なぜ父上が先方の家に婚約打診をしないのです? 家同士の話にすれば話もさくさく進むでしょうに」
父の方も驚いた顔をしていた。
「レメリア、そんな相手がいたのなら、なぜもっと早く言わない!?」
レメリアは二人が急に気色ばんだので青ざめた。
「あ、いえ、ちょっと言いにくく……」
「どういうことだ?」
父と兄は二人してレメリアに詰め寄る。できるだけレメリアの希望に沿った縁談をというのが二人の気持ちだったので。
レメリアは父と兄の顔を交互に見比べた。
そうして、胸の内でエーリクを思い浮かべた。
そして胸の内でため息をついた。今日のあんな感じでは、エーリクに想いを告げるなんて不可能だ。もし幼馴染特権でうまくいったとしても、他の令嬢たちが黙っていない。だって、ソニア嬢は言ってたでしょう? カリーナ・ホプキンズ公爵令嬢様に、テレーズ王女様ですってよ!
テレーズ王女様なんかを敵に回したら、私はもうこの王宮じゃやっていけなくなるじゃないの!
レメリアはごくんと唾を飲み込んだ。
父と兄の心配そうな真面目な顔をまじまじと見る。
ああ、もう夢を見るのは終わりな頃合いね。
そろそろ現実を見るべきだわ。
何か、奇跡みたいなものが、起こったらよかったのだけどね。
レメリアは必死で心を隠しながら、表面上は冷静に言った。
「あの、私の好きな人の話はもういいの。終わった話なので」
しかしコスターは俄かには信じなかった。
「いや、おまえ、終わった話って……」
「本当なの。そっちの話は進展しようがないから、ちょうど困っていたところだったのよ。お爺様の世話になれるならありがたいわ」
レメリアは口先で笑って見せた。
コスターはまだ疑った目をしている。
しかしレメリアは自分に言い聞かせるように言った。
「私もいい歳ですもの。そろそろ真面目に考えなくては。お兄様について行きますわ、隣国。そういえば、隣国の聖夜の祝賀パーティって有名ですものね、せっかくだからそれに間に合うように行こうかしら」
レメリアはわざと明るく茶化して言った。
そのときレメリアは隣国に行くことはエーリクに言うべきだろうかと一瞬考えた。
しかし、すぐさま「言わなくていい」と否定した。「私の結婚なんて、エーリクには関係ないもの。隣国だしね」
父と兄はまだ懐疑的な顔をしていたが、レメリアが妙にはっきりと「行く」と言うので、
「じゃあ、そういうことで話は進めるぞ?」
と遠慮がちに言った。
◇◇◇
さてそんな事があってから一週間ほどして。
レメリアのところに例のソニア・マクカーナン伯爵令嬢からお茶会の招待状が来た。
レメリアは「よっぽど私に釘を刺しておきたいのね」とうんざりした気持ちになったが、同時に自分も隣国で婚約者を探すことになったのだということを思い出し、何にも後ろめたいことはないことに気づいた。
ならば逆に堂々としてやろう。どうせ自分はもうすぐ隣国に旅立つ。
招待状によると、ソニア嬢のお茶会は王立のセントラルガーデンの茶会室で開かれるそうだった。
当日、レメリアはいつもより華やかな衣装を選び、化粧も念入りに施して、一番立派な馬車に乗り込んだ。
半分やけくそ気分。
遠回しにエーリク様に近づくなと牽制してくる令嬢たちに、「おまえらとは同じ土俵には立たないから」というのを見せつけてやる。
私はもう次のステージへと進ませてもらうわ。
お爺様の伝手で隣国の最高の婚約者を用意してもらうんだから!
しかし、王立ガーデンの正門に馬車を乗り付け、意気揚々と馬車から降り立った時、レメリアは一気に気持ちが萎えてしまった。
なぜって? だって、偶然にもそこにエーリクがいたから……。
レメリアはがっくり肩を落とした。
「エーリク、あなた何でこんなところに……」
隣国に行くと決心したのに、会いたくなかった……。
しかしエーリクの方は嬉しそうな顔をした。
「レメリア! うわ、会えて嬉しいよ。僕は母上と妹の付き添い。詳しくは知らないけど、何かの花が咲いたとかでご婦人の間で話題になってるんだってさ」
レメリアは笑った。
「ああ、クリスマスローズね。変わった品種がお披露目になったのでしょう?」
エーリクは、「ああそれ!」といった顔をした。
「レメリアもそれを見に?」
レメリアは苦笑した。
「違うわ。私はねえ……ソニア嬢のお茶会よ」
途端にエーリクは顔を曇らせた。
「あー。ソニア嬢かあ」
「何よその顔」
エーリクはため息をついた。
「……数日前かな、お手紙をいただいたんだ。その……、好きですとかなんかそんか感じの。それで、僕、お断りしたんだよね」
レメリアはぎょっとした。
「えっ! お断りって!? え? じゃあ今日のこのお茶会って、慰め会みたいなものなわけ?」
エーリクは少しバツの悪い顔をした。
「知らないけど。でもさあ、それって、レメリアは行かない方がいいんじゃない?」
「なんでよ」
エーリクは首を竦めた。
「だって、それは……レメリアは慰めていい立場じゃないからさ」
「どういう意味よ」
エーリクは少し顔を赤らめた。
「いや、えっと、それはさ。僕がレメリアを……」
と、そのとき、ガラガラガラガラ……ッと大きな音がした。
「えっ!?」
レメリアが思わず顔を上げると、なんとこちらへ見ず知らずの馬車が突っ込んでくるところだった!
「え、ええええーっ」
なんで馬車が!?
御者さん、前前前前~!
レメリアは唖然としたが、ハッと目の前にエーリクがいたことを思いだした。
「あっ、危ない、エーリク!」
レメリアはエーリクを突き飛ばした。
そしてレメリアもそのまま避けて馬車をやり過ごそうとする。
しかし。
ガタンッ
運悪く、大きく揺れた馬車のお尻の部分がレメリアの腰に当たってしまった。
レメリアは投げ飛ばされるようにして王立ガーデンの正門の碑の前に倒れこみ、意識を失ったのだった。
◇◇◇
突っ込んできた馬車の正体はソニア嬢のものだった。
何ならお茶会というのも嘘だった。
失恋で理性が吹っ飛び「レメリアのせいだ」と思い込んで計画をたてたらしい。
レメリアを偽の招待状で呼び出し、馬車で怪我をさせる気だったそうだ。ソニア嬢は何とも丁寧に変装をし、何やらもっともらしい理由をつけて御者の横に座っていたとのこと。
当日正門前で予定通りレメリアを見つけたが、なんとエーリクまでおり、さらに二人が仲良く話していたので、そこからは逆上してもはや記憶がないそうだ。衝動的に御者を邪魔して馬を突っ込ませたとのことだった。
ソニア嬢の実家、マクカーナン伯爵家からは尋常ではないほどの恐縮した謝罪があった。
レメリアは腰を強く打っていたが、幸い大事には至らなかった。その日のうちには目が覚めていたし、それからはどこにも異常を感じなかった。
とりあえず医師から数日の静養を言いつかったので、それが少し不自由なくらい。仕方なしにベッドの上でゴロゴロしていた。
父や母、兄コスターなどがかわりばんこでレメリアの様子を見に来たが、レメリアと二人っきりになったとき、ふとコスターは言った。
「エーリクがおまえを抱えてきた。うちの従者が代わると言ったんだが、エーリクは聞かなかったらしい。邸に着いてからもだ。結局このベッドにまでおまえを抱えてきたよ」
レメリアは苦笑した。
「エーリクらしいわ。責任を感じたんでしょうね」
コスターはじっとレメリアを見た。
「それだけじゃない気迫を感じたが。……なあ、レメリア。よかったのか、隣国の件」
レメリアは首を傾げて、茶化すように聞いた。
「お兄様? なんで今その話?」
しかしコスターは真面目な顔のままだ。
「エーリクには言ったのか?」
「隣国の件? 言ってないわ、どうして?」
コスターは「やはりか」といった顔をした。
「言わなくていいのか? エーリクは、きっと、その……」
レメリアは兄が何を言おうとしているのか分かった。だからわざとらしく明るく笑って見せた。
「お兄様は勘違いをしているわ。エーリクはただの幼馴染。それに……エーリクはモテるのよ。テレーズ王女様もどこぞの公爵令嬢様もエーリク狙いなんですって。ね? そんなの、命がいくつあっても足りないわ」
コスターは困ったような顔をした。
それからふと気づいたように部屋の外に目を向けた。
「おや、階下が騒がしい。客が来たようだ」
それからいくばくも待たずにレメリアの部屋に飛び込んできたのはエーリクだった。
後ろから血相を変えた執事が追いかけてくる。
「ちょっとエーリク様、勝手にレメリアお嬢様の部屋に入るなんて!」
しかしエーリクは執事の言うことなど聞いていない。
「レメリア、目が覚めたんだって? 大丈夫か!?」
コスターは苦笑いした。
「私は席をはずそう」
そしてまだエーリクに向かって文句を言い足りない執事を宥めるように連れて出ていった。
レメリアはエーリクと二人っきりになって顔を赤らめた。
「ちょっと何しに来たの」
「何って、お見舞いだけど」
エーリクが申し訳なさそうな顔をする。
「悪かったよ、レメリア。あのソニア嬢がそんな逆恨みするタイプだとは思わなかった。巻き込んじゃったね」
「いいって、いいって。幸い私もあなたも平気だったんだから」
レメリアは面と向かってエーリクに謝られているのが何だかこそばゆくて、さっさと話を切り上げようとした。
「じゃ、エーリク。そういうことだから、帰ってくれる?」
レメリアの言葉にエーリクは物足りなそうな顔をした。
エーリクはしげしげとレメリアを眺めた。
「もう少し話していい?」
レメリアの心臓がドキドキする。そんな長居されるなんて、どんな顔をしたらいいの。
「な、何よ」
「いいじゃん、幼馴染だろ? それにこの部屋なら誰にも見られてないんだし。独身女性総スカンってやつも気にしなくていいんじゃない」
エーリクはにっこりした。
レメリアは恥ずかしがって縮こまっている。
「そうじゃなくてっ! こんな姿見られたくないわよ……」
「どんな姿?」
「だから、こんな髪の毛ぼさぼさで、お化粧だって……」
レメリアは言いながら余計に恥ずかしくなったようで毛布で顔を覆おうとする。
エーリクは笑ってその手をとめた。
「別にいつもと一緒じゃん」
「なんですって~っ!」
思わずレメリアはキ~っとなったが、怒り過ぎてゲホゲホしてしまった。
エーリクはパッと駆け寄って背中をさすった。
「ちょっと大丈夫?」
「きゃっ! 何してんの」
「何って、しんどそうだったから」
エーリクは心外な顔をする。
レメリアは耳まで真っ赤にして俯いた。
「なんで」
「なんでって何だよ」
「どうして私にはそんなに気安く……話しかけたりさすったり……」
レメリアは恥ずかしすぎてペタンと毛布に顔をうずめた。
「え……」
レメリアの背中をさすっていたエーリクの手が止まる。
一瞬にして空気が変わるのを感じた。
レメリアはヤバいと思った。
「あ、ちょっとやめ。嘘嘘嘘嘘。何でもない何でもない。ほら出てって!」
レメリアはエーリクに合わす顔がなくて窓の方を向いた。気まずい、気まずい、気まずい!!!
とその時一瞬、窓の外に何かの翼が見えた気がした。
「ん?」
途端に、急に雪が舞いだす。
雪がキラキラと光を反射して、「え? こんなに明るいのに雪?」とレメリアが思った瞬間。
窓がバタンッと開いた。
レメリアは思わずびくっとした。
エーリクも驚いたようで、ぱっと窓の方を見る。
二人は何か不審な気配を窺うように窓の方を見つめた。
しんと静まり返った空気。
そのとき、窓の外から使用人の愚痴る声が遠くに聞こえた。
「なんて寒さだ! 本当にこんな季節にお坊ちゃまとお嬢様は旅立ちなさるのかね?」
「聖夜に間に合うように行くのだそうだ。あちらの国の聖夜のパーティは格別華やかだって噂だろう? そこでお嬢様はあちらの社交界にデビューなさるなさるそうだよ。さあ、そのお嬢様の衣装箱を早く積んでしまえ」
別の使用人の声が聞こえた。
エーリクは青い顔をして立ち上がると、窓をぱたんと閉めた。
そしてゆっくりとレメリアの方を向いた。
「今の、何の話?」
レメリアは黙った。
エーリクは少し怒ってもう一度言った。
「ちゃんと話せよ」
レメリアは言わないわけにはいかないことを悟った。
「お兄様と隣国へ行くの。お爺様が結婚相手を見繕ってくださるって」
「なんだって!? そんなの絶対にダメだ!」
エーリクは叫んだ。
レメリアははっと顔を上げた。
「エーリク?」
エーリクの目はとても怒っていた。じっとレメリアを見つめている。
「何で勝手に決めるんだ! 僕の話を聞きもしないで!」
レメリアは戸惑ったが
「あ、そういえば何か言おうとしてたわね」
と先日のことを思い出した。
エーリクは大きく頷いた。
「レメリア。僕と一緒に船に乗らないか?」
「は?」
突然の言葉に、レメリアはぽかんとした。
エーリクは至極真面目な顔をしていた。
「先日うちの国の騎士団がレダラー島を占拠するのに成功した。レダラー島は海の要害。一気にこの海の覇権図が塗り替わった。あそこは重要拠点だ。手放せない。だから住民をうちの国にうまく取り込むために、王弟殿下が自らしばらく出向かれる。それに僕もついていく」
レメリアは驚いた。
「あなたも行くの。それは大事なお仕事ね」
エーリクは真っすぐにレメリアを見た。
「あの島の要人とうまく付き合うためには社交も必須だ。だから僕は妻帯して行きたい。妻を迎えるなら、僕にはレメリア以外考えられない」
レメリアはいきなりのことで頭が真っ白になった。
「え? エーリク?」
「求婚しているんだよ、レメリア」
エーリクは苦笑した。
「わ、私?」
レメリアの声は上擦っている。
エーリクは恨めしそうな目に変わった。
「幼いころから一緒だったろ。ってゆか、僕はずっとレメリアのことが好きだったのに、レメリアは全然気づいてくれない。挙句、なんか隣国で結婚するとか言い出す」
「だって、エーリクってばモテるし。あ、ほら、今回私がこうして静養してるのもエーリクのせい(ソニア嬢のせいだけど)じゃない!」
レメリアは言い返した。
言い返しても何にもいいことないのに。
エーリクはため息をついた。
「じゃあさ、レメリアは僕を振って隣国に行くの」
レメリアはぐぬぬ……と口を噤んだ。
それはない。だって、レメリアはエーリクが好きだから。
それに、本当は今、踊り出したいくらい嬉しいから!
「い、いや……エーリクとその島に行く……」
レメリアは気恥ずかしくて、心とは裏腹に小声で言った。
エーリクの顔がパッと明るくなった。
「よかった!」
「私もよかった……。テレーズ王女様にカリーナ・ホプキンズ公爵令嬢様、そうそうたるメンバーがエーリクのこと狙ってるって。この王都で暮らす限り絶対にエーリクと一緒にはなれないと思っていたのよ」
レメリアはほっとしたように息をついた。
するとエーリクがにやりとした。
「ははは。ごめん。本当はさ、だいぶ前にテレーズ王女様に言われたんだ。『私を選ばないのなら追放してやる』って。だから堂々と追放されてやるって答えたんだ。とはいえ、あの切れ者の王弟殿下が『追放するくらいなら俺に寄越せ』って言ってくれてね。今回こうして王弟殿下の右腕役に大抜擢。だからさ、レメリアにフラれたら、僕は本当に立場なかった! なんのために追放を受け入れたんだってね」
レメリアは絶句した。
追放!?
いつの間にそんなことになっていたの!?
「知らぬはレメリアばかりだろ? まあでも今回のソニア嬢のことで僕もだいぶ心を入れ替えたよ。レメリア、僕は必ずレメリアを守るから。どうぞ僕と結婚してください」
エーリクは真面目な顔で頭を下げた。
レメリアは半分頭がついていかなかったけれど、まあいいやと思って微笑んだ。
「喜んで、あなたの妻になります!」
窓の外、日の光を翼に受けて鳥が飛び立つのが見えた。外は軽い粉雪がキラキラと、まるで二人を祝福するかのように舞い踊っていた。
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企画への参加はたいへん勉強になります。
『冬のキラキラ恋彩企画』を主宰してくださった藤乃 澄乃様にこの場を借りてお礼申し上げます。
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