表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

さらっと読めて、後味が悪くない作品!

駅前に現れた巨大大仏が仏対応をしてくれた話

作者: しまうま

 駅前の駐輪場に巨大大仏が現れたらしい。

 リンちゃんが「すっごいよー! おっきいんだよー! 絶対見たほうがいいよ!」と騒ぐので、僕も見に行くことになったのだった。


***


 巨大大仏は本当に大きかった。

 駅に向かう途中、坂を登り切ると、100メートル以上離れているはずなのに、もうその姿が見えていた。

 空にポッカリ顔が浮かんでいる。

 

「大きいねえ」とリンちゃんにうなずき、トボトボと駅に向かう道を歩く。

 大仏のほうも近づいてくる僕たちに気づいたようで、手をあげて会釈をしてくれた。


「さっき私が見たときはね、いーっぱい人が集まってたんだよ!」


「だろうねえ。あんなに大きな大仏だもんね」


「でも、もうあんまり人いないね?」


 駅の周辺に人だかりはない。

 犬の散歩をしているおじさんが、大仏のことを気にしながら通り過ぎるくらい。

 吠えられたのだろうか、大仏はちょっとびっくりした顔をしていた。


「いないねー。この町の人は飽きっぽいから……ひととおり見たら帰ったんだろうね」


「そもそも、大仏を見に行っても、何もすることがないもんな。そりゃあ、この町の人じゃなくてもすぐに飽きるか」と僕が考えると、大仏はむっとして眉を寄せていた。


 そうやって大仏の顔の変化を眺めながら、僕らは駅に到着したのだった。


***


「やっぱりおっきーい!」


 リンちゃんが大仏を見上げて手を振る。

 大仏は「さっきも来てくれた子だよね」という顔をして、手を振り返していた。

 僕が「初めまして」と頭を下げると、大仏も「よろしくね」という顔で頭を下げてくれた。


 大仏は駅舎よりも大きい。

 5階建てのマンションくらいの大きさ。


 こんなに大きいのに、威張ったところはない。

 ちゃんと挨拶も返してくれる。

 僕は黙って仏頂面をしているだけの大仏しか知らなかったから、この巨大大仏の対応は好印象だった。


 リンちゃんが大仏の周りをぐるりとまわったり、散歩中の犬が戻ってきて激しく吠えたり。

 そうやって交流していると、チリトリとホウキを持ったおじさんがやってきた。

 どうやら駅の清掃担当の人みたいだ。

 大仏を見上げる。


「こ・こ・は、駐輪場なんですけどねえ! こんなところに居座って! 自転車に乗ってきた人はどこにとめればいいんですかねえ!」


 大声で叫んで、ホウキを振り上げて、威嚇するように足をバンバンと踏み鳴らして。

「こうやって勝手なことをする人がいるんですよねえ!」と吐き捨てて去っていく。


 大仏は肩をすぼめて居心地悪そうにしていた。

 リンちゃんが「大丈夫、自転車なら、みんなあっちにとめるよ」と言って、大仏の膝小僧をポンポンと叩く。

 それでようやく、うつむいていた大仏の表情も和らぐのだった。


***


 大仏がこんなところで何をしているのかというと、衆生が穏やかに生活できるよう祈っているらしい。


 駅前は町を一望できる。

 ちょうどいい広さの空き地もある。

 祈るには一番いい場所だ。

 そう考えて結跏趺坐をしたのがここだったというわけだ。


 しかし、ただの空き地だと思ったら駐輪場。

 困っていると、駅長さんが「大仏ならしょうがないよね」と許してくれて、怒るのは掃除のおじさんだけ。

 ああしてときどき怒鳴られながら過ごしているのだという。


「大仏はおっきいんだから、しょうがないのにねー?」


 とリンちゃんが言うと、大仏はあいまいな顔で笑っていた。


「まあこの大きさの大仏が座るようなスペースは、この町ではここくらいしかないもんな」と僕は思い、それからふと思いついて、


「そういえば、あっちのジャスコの駐車場はどうですか? あそこも広いですよね」


 と言うと、「そこは追い出されました」という顔をしていた。


 そうなると本当にほかに行くところがない。

 だから仕方ない。


「大仏がいても誰も困らないよ? ねっ?」


 とリンちゃんはくちびるを尖らせるのだった。


***


 それからというもの、


「ねえねえ! 大仏のところに行こうよ!」


 とリンちゃんが言っては、駅に向かうのが日課になってしまった。


 リンちゃんは学校での人づきあいがうまくいかなくて、不登校気味。

 家族以外でまともにしゃべれるのは僕くらい。


 そういう事情があるから、リンちゃんが大仏と仲良くなれたのはいいことだと思うし、大仏のところに行きたいというならできる限り付き合ってあげたいと考えている。


***


「そうだ、大仏におやつ持っていってあげようよ。お供えしよう?」


「いいこと思いついた!」と目をキラキラ輝かせて、リンちゃんが言う。


「いいよ。リンちゃんが好きなの選んでよ」


 と答えたものの、「大仏にお供えってするのかな? お地蔵様とかじゃなくて? でも似たようなものなのか?」と僕はこっそり混乱することになった。 


 リンちゃんが冷蔵庫やキッチンの収納を次々と開けていく。


「いろいろあるねー?」


「まあね」


「しまうまおじさん、お菓子全然食べないのにね?」


「まあね」


 さんざん悩んで、「これがいいかも!」とリンちゃんが選んだのはおはぎだった。


「大仏っぽいよね?」


「うん、たしかに大仏っぽい。いいチョイスだと思う」


 パック入りのおはぎを紙袋に入れて、大仏のところへ向かう。


 いろいろとしゃべって焦らしたあげく、「じゃーん!」と効果音をつけてリンちゃんがおはぎを取り出す。

 大仏は「わあ、いいの?」という顔をして、人差し指におはぎを乗せて、パクリ。

 ひと口で食べ終わって、ニッコリ笑っていた。


 甘いものは好きじゃないかもなあとか、食べ物の差し入れは困るかもなあとか、そもそも大仏にお供えしてもいいんだろうかとか。

 あれこれ考えたのが馬鹿みたいなほど、迷いもなく食べて、あんなにうれしそうにして。

「大仏もなかなか悪い奴じゃないな」と思ったのだった。


***


 一週間ほどが経って、大仏がひと回りちいさくなっていた。

 気づいたのは、毎日会っている僕らくらいかもしれない。


 掃除のおじさんは気づいていない様子で、あいかわらず怒っていた。

 でも、縮んでいるのは間違いない。

 そのことを大仏に尋ねると、丁寧に説明してくれた。


 大仏はただ祈っているだけではなくて、手のひらから衆生を幸せにするためのパワーを出しているのだという。

 出したパワーの分だけ縮んでいくそうだ。


「えー、パワー!? 私もパワー出したい! えいっ!」


 とリンちゃんが手のひらを高く掲げる。


「ちょっと!? 大丈夫なの? リンちゃん、ちっちゃくなっちゃうよ!?」


 じっくりと観察するが、パワーは出ていないようだ。

 ちいさくもなっていない。

 大仏に確認すると、「パワーは出ていませんよ」という顔で首を振っていた。


 手の形に秘密があって、特別な「印」を結ぶとパワーが出るのだという。

 リンちゃんが「教えて教えて!」とせがみ、大仏が「仕方ないなあ」という表情で印を教える。

「そういうのを簡単に教えてとか言っても大丈夫なのかなあ。ミャンマーの軍事機密とかじゃないのかなあ。それに、ちっちゃくなっちゃうんじゃないのかなあ」とハラハラしていたのだけど、大仏は気にせず教えていた。


「んー、できた!」


 リンちゃんが手のひらをかざす。

 じっと見つめるが、パワーが出ている様子はない。

「簡単に出るものじゃないんですよ。私も何年も修行して、ようやく出せるようになりましたからね」という顔で、大仏は笑うのだった。


*** 


「大仏のところいこう!」


「えー、今日も? 今日は雨だよ」


 窓の外は灰色。

 あきらかに雨が降っている色だ。


「雨だからだよ! ほら、準備して!」


「えー、靴がぐちょぐちょになっちゃうよ」


 と僕が準備をしている間に、リンちゃんはもう玄関を出てしまった。


 外に出てみると土砂降りではなかった。

 シトシト雨。

 傘もいらないくらい。

 空が灰色なだけ。


 とんでもない嵐が来ていそうな空なのに、雨はさほど降っていない。

 こういう天気のことを「見掛け倒しの雨」という。

 僕が名付けた。


 そんなことを考えながら歩いていると、リンちゃんが、


「雨の日って空気が違うよねー?」


 と言った。


「わかるわかる」


 僕はうなずいた。


「雨が上がった後の空気も、またちょっと違うよね?」


 と言うと、


「わかるわかる!」


 リンちゃんは嬉しそうに笑うのだった。


***


「来たよー!」


 リンちゃんが手を振ると、大仏は「えっ、こんな天気なのに来てくれたの!?」という顔をしていた。

 ポイポイッとローファーを脱いで、靴下も脱いで、素足になったリンちゃんが大仏の膝の上に登る。


「いや、そんなことしたらダメでしょ。リンちゃん!」


 僕が言うと、大仏は「大丈夫ですよ。鳩とかサルとかシカも、平気で登ってきますからね」という顔で笑う。

「リンちゃんは野生動物じゃないんだよなあ」と僕は首をひねった。


 膝の上に登ったリンちゃんは、傘を広げた。

 このころには大仏はずいぶん縮んでいた。

 リンちゃんが膝の上から傘を思い切り掲げると、ギリギリ大仏の肩に届くくらい。


「大仏濡れちゃうと思って! こうすれば濡れないよ!」


 リンちゃんが嬉しそうに言った。

 つま先立ちになって、何とかして傘の中に入れようと頑張るたび、傘のふちが大仏の頬に当たる。

 一生懸命なリンちゃんは気づいていない。


「ちょっと。ダメだよ? リンちゃん」


 と僕が言うと、「いいんですよ。これくらい」という風に大仏は笑った。


 その後もリンちゃんは傘を大仏にガンガン当てて。

 大仏は困ったような顔で笑っていて。

 右肩だけは傘の下に入っていて。


 そうして過ごすうちに、僕ら三人はびしょ濡れになってしまうのだった。


***


 ピンポーンとチャイムが鳴って、やって来たのは隣に住んでいる長田さんだった。


「あ、しまうまさん。教会に行かないかなと思って」


 長田さんは教会系の錬金術師なのだ。

 こうしてときどき教会の集まりに誘ってくる。


「今日はしまうまさんの好きなフリーマーケットもありますよ」


「えっ、フリーマーケット? 本当に?」


 声が弾んだ。

 僕はフリーマーケットで何の役にも立たない小物を格安で買うのが大好きなのだ。

「どうしようかな?」と考えていると、僕の背中からリンちゃんが顔を出して、


「教会には行かない!」


 と言った。

 そのまま背中に隠れる。


「あ、リンちゃんこんにちは」


 と長田さんが言う。

 リンちゃんは背中から顔を出して、ペコリと頭を下げて、


「長田さん、こんにちは」


 と言った。

 それから、「行かない!」と言って隠れた。


「どうかしたのかな?」とよく見ると、リンちゃんの頭の中には大仏の顔が浮かんでいるのだった。

 それで、僕も頭の中に大仏の顔を浮かべてみて、そうすると「教会に行くのはやめておこうかな。なんか大仏に悪いし」という気分になるのだった。


「やっぱりやめときますね。また今度誘ってください」


「長田さん、またね!」


「はい、わかりました。またね、リンちゃん」


 ニコニコとしながら、長田さんも手を振るのだった。


***


 それからも僕らは大仏のところに通って、大仏はどんどんちいさくなっていくのだった。


***


 今日のリンちゃんは機嫌が悪い。

 最近ずっとだ。


「大仏、また縮んでるのかな」


 とくちびるを尖らせていた。


 大仏は衆生の平穏な暮らしを願うのが仕事みたいなところがあるし、その結果として縮んでしまうのは仕方のないことだ。

 だが、リンちゃんにはそれが不満らしい。


 ずんずんと歩くリンちゃんのあとを追って駅に着くと、ついに大仏はリンちゃんの背よりも小さくなってしまっていた。

 これではお地蔵さまと変わらない。


 掃除のおじさんが通り過ぎていくが、怒ってはいない。

 自転車をとめるスペースは確保できているし、怒る理由はもうないのだ。 


 僕はいつものように大仏と会釈をして、


「ずいぶん縮みましたねえ。このまま縮んでいくと、そのうちに消えちゃうんじゃないですか?」


 と冗談交じりに声をかける。

 大仏は笑っていた。


 リンちゃんは深呼吸のような動作をして、口を開いた。


「大仏って、『衆生の幸せと平穏な暮らしを祈る』とか言っているけど、それって嘘だと思う」


 いつもよりか細い。

 張り詰めた声で。


「耳障りのいい言葉を並べて、何かをやってるような気になってるけど、本当は何も思ってないんだよ」


 大仏は不思議そうな顔で、じっとリンちゃんの言葉を聞いている。


「どんどんちいさくなっても、これはいいことをしているからなんだって。だからちいさくなっても仕方ないんだって」


 つっかえつっかえ、一生懸命にしゃべっている。


「大仏が考えているのは自分の気分のことだけ。自己満足でいい気になって。周りのことなんて考えてないよ。だって、考えてたら……次に会った時に大仏が消えちゃってたらどうしようって、私がずっと心配してるのに、本当にそういうこと考えてたら……もうお祈りなんかできないはずだよ」


 大仏はリンちゃんの言葉を聞いて、じっと考えて、リンちゃんの表情を見て、掲げていた右手をゆっくりと膝の上に降ろすのだった。


***


「さいしょからこのくらいの大きさだったらよかったのにねー!」


 リンちゃんが大仏を抱えている。

 いまの大仏は両手でしっかりと持てば、リンちゃんが運ぶこともできる大きさ。

 あれから縮んではいない。


 僕たちが何をしているのかというと、大仏の引っ越しだ。

 駅にいても邪魔になることはないのだけど、やはり掃除のおじさんがいると落ち着かないらしい。


「あそこにいると大仏がへいおんに暮らせないんだよ!」


 とリンちゃんが言って、大仏も「まあ、そういうことです」と申し訳なさそうな顔をしていた。


 最初はリンちゃんの家に運ぼうと計画していたのだが、リンちゃんのお母さん、つまり僕の姉に「そんな変なもの拾ってきちゃダメでしょう!」と怒られたらしい。

 リンちゃんはブーブー言っていたが、「あの人ならそう言うだろうな」と僕は思ったのだった。


 では僕の家に来るのはどうかと提案すると、「あそこは運気がよどんでいるからダメです」という顔で大仏が首を振った。

 なかなか失礼な奴である。


 とりあえず駅からは移動しようと、こうして運んでいるわけだ。


「あっ、そうだ!」


 リンちゃんが「いいこと思いついた!」と目を輝かせて言う。


「あそこ! あそこなら運気もいいだろうし、大仏にピッタリじゃない?」


 言われて僕はその建物を眺めた。

 たしかに運気は良さそうだ。

 ざっくりとしたくくりで考えれば、大仏にふさわしい場所だと言えなくもない。

 なにより他に適当な場所が思いつかない。


「あの十字架を引っこ抜いて、大仏を置いておこう? きっと見晴らしもいいよ! うん、あそこがいい!」


 大仏はリンちゃんの腕の中で、「冗談でもそんなことを言ってはいけませんよ?」という顔で苦笑いをしていた。

 それから、僕の表情を確認して、「あなたたち! 本当に何を考えてるんですか!?」という顔になるのだった。


***


 教会に向かう長田さんの姿が見えた。

「最近何か違うんだよなあ? 何だろうな?」と首をかしげながら建物の中に入っていく。

 ほかの人たちも同様だ。

 少し首をひねっている。


 ひととおり建物の中に入ってしまってから、僕らは教会へ近づいた。

 屋根の上を見上げる。


 そこにはなるべく目立たないように肩をすぼめた大仏の姿があった。

 僕とリンちゃんが手を振ると、目立たないように小さく、でも嬉しそうに手を振り返すのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ