こちらもロマンスはいりませんから!
「あ、あの!」
駅に向かっていたら、肩を叩かれて、はて、と振り返る。
「この間、どうもありがとうございました!」
「ああー。いえいえ。お役に立てたようで何よりです」
一度、わたわたしているのを見かねておせっかいをした記憶のある男性が、ペコリと頭を下げるのに、合わせたように私も頭を下げる。
「本当に助かりました!」
何度も重ねて言われるほどのことはしてないんだけどなー、と私は苦笑するしかない。
「お気になさらなくて大丈夫ですよ」
私の中ではよくあることです。
何だか、わたわたしている人を見ると、ついおせっかいを焼きたくなる。たぶんそれは、長年浜田のしりぬぐいをしてきたせいだと思うのだ。
同じような人を見ると、どうにかしてやらなきゃという、余計なおせっかいの心がうずくのだ。
「あ、あの…」
男性が言いづらそうに言葉を飲みこむ。
はて、何か話すような内容があったかな?
「あの! お礼にご飯でも!」
おっと。まさかの!
浜田じゃないので、こんな経験滅多にない。でも、答えなど決まっている。
「ごめんなさい」
「いえ! 特に、他意があるわけじゃなくて、本当にお礼のつもりなので!」
…まあ、他意はないつもりかもしれないけど、いい年した男女が2人きりで食事って…ねぇ?
「ね、公佳、だあれ?」
背中から問いかけられた声に、びくりとする。別に悪いことしてたわけじゃないけど!
「えーっと、この間困ってたのを助けた人」
うん。その説明で間違ってないと思う。
「そっか。公佳は人にやさしいからね」
いや、浜田。あんたにそれ言われたら、この世の中の人ほとんど全員優しい人だから。
「えーっと…」
困ったように私と浜田を見比べる男性に、浜田が私の手を取る。
「おれの奥さんなので、2人きりでのご飯はOKできません」
ある意味浜田が聞いててくれて良かったかも。断る手間が省けた。
「あ…そうなんですね。すいません。お礼のつもりだっただけだったんですけど、2人きりとかまずいですよね。…じゃあ、本当にありがとうございました。失礼します」
気まずい空気を後に残して、男性はぺこりと去っていった。
うん。気まずい空気が残ってる!
「ね、公佳」
ムッとした様子の浜田が、私をじっと見る。
「…何?」
「おれ以外の世話、やかないでくれる?」
「そんなの無理でしょ。仕事、総務なんだけど!」
「プライベートで!」
「…それ、自分の胸に手を当てて、良ーく考えて見て」
浜田はどれだけ人の世話しまくってるんだって話!
「おれは別に何もしてない」
そうでした! それがデフォルトでした!
「…子供の世話もしちゃいけないのね?」
苦し紛れにそう告げれば、浜田がブンブン首を横に振る。
「それは違うでしょ! もういい!」
何だか拗ねた様子が子供っぽくて、ついクスリと笑ってしまう。
「今日のデート、行き先変えるから!」
私の手をぎゅっと握った浜田が拗ねた口調で告げる。
「えー。美術館に行くって言ったじゃない!」
「行くけど、その前に行くところがあるの!」
「どこに行くのよ!」
「指輪買いに行く! 公佳が指輪したくないって言うから買わなかったけど、もう絶対買うから!」
あー。そう来たか。
前に、私が今みたいなことがあった時のことを思い出す。
あの時は、プロポーズされたんだった。
拗ねてプロポーズされるって、ねぇ?
…よくよく考えたら、付き合い始めたのも同じパターンだったような。
…浜田、本当に変わんないなー。
「何笑ってんの! こっちは怒ってるんだよ!」
「そんなこと言ったら、私の方が怒っていいと思うんだけど」
「何で!」
「あのさ、自分がどれだけアプローチされてるかわかってる?」
「知らない!」
何て質の悪い男だ。
ま、仕方ない。
そんな男を好きになったのも私だしね。
そっか。指輪したくないと思ってたけど、浜田にもさせれば虫よけくらいはできるかなー。
そう考えれば、指輪も案外悪くない。
私にもロマンスはもうないかな?
完
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
楽しんでもらえれば幸いです。