ロマンスには早すぎるから!
家から出ると、気候はすっかり秋めいている。
涼しくなった、を通り越して、寒い、と口から出そうになった。
いつものように浜田と他愛のない話をしながら自宅から最寄りの駅を目指す。
今日もいつも通り仕事だ。
駅はそこそこ込んでいたけど、時間が早めなのもあって、そこまでじゃない。
浜田がどこでお人好しを発揮するかが分からないから、家を出るのはいつも、本来なら間に合う時間の1時間半前。1時間じゃちょっと足りないことがあって、1時間半前になった。流石に2時間超えるとか、本当にやめて欲しい。
「あの…」
低い声に、あれ? と思いながら私と隣の浜田が振り向く。
「あの!」
そのかわいらしい声に、私たちの視線はそのスーツ姿の男性から下に向かう。
そこには、かわいらしいワンピースを着た、5歳くらいと思われる女の子が、手に明らかにプレゼントと思われる小さな包みを持ってそれを浜田に向かって差し出している。
なるほど。どうやら浜田はこのちびっこを助けたらしい。
「娘が助けてもらったみたいで。ありがとうございました」
男性の声に顔を上げれば、男性が人の好い笑みを浮かべて女の子の頭を撫でた。
「いえ。当然のことをしたまでですから」
勿論浜田にとっては日常行動だ。特別に何かをしたとか思っちゃいないだろう。
「これ。お礼です! もらってください!」
女の子は真面目な顔をして浜田に手に持った包みを更に突き出す。いつもならその手の感謝の品は受け取らない浜田だから少し困った顔になったけど、流石にこのちびっこの感謝の気持ちを無下にするわけにも行かないと思ったんだろう。しゃがみ込むと、その包みに手を伸ばした。
「わざわざありがとうね」
ニッコリと浜田が笑うと、女の子がパーっと花が咲くような笑顔を見せる。
お、可愛い。この子大きくなったら美人になるね。
そんなことをのんきに思えるのは、相手がちびっこだからだけど。
「私、大きくなったらお兄さんのお嫁さんになる!」
その宣言に、浜田が困ったように頭をかく。
うん。この光景も、何度か見たことのある光景ではあるんだけど。
「ごめんね。おれ、このお姉さんともう結婚してるから、君とは結婚はできないなー」
申し訳なさそうに、でも私の手をしっかりと握った浜田に、女の子がショックを受けたように目を見開く。
その大きな目からは、涙がポロリとこぼれる。
ごめんね。でも、譲れはしないかな。
ふと女の子のお父さんを見ると、女の子と同じ表情で固まっていた。
うん、親子だね。
しょんぼりした女の子の手を引いていく男性たちの背中に手を振りながら、浜田がクスリと笑う。
「おれらの子もあんな感じなおしゃまな子になるのかな?」
「さあ、どうだろうね。浜田に似たらなるかもね?」
「えー。おれより公佳に似て欲しい!」
「そう?」
首を傾げつつ、私たちは会社に向かうため改札を通り抜ける。
「おれ、公佳と公佳によく似た女の子に囲まれて暮らしたい!」
私は可愛いとか美人とか特別に言われるような顔ではない。だから変な野望、と思いつつ、さっきのお父さんのことを思い出す。
「でも、私たちの子供も、さっきみたいに”この人と結婚したい!”って言い出すけどいいの?」
足が止まった浜田に振り向けば、ショックを受けた顔をして止まっていた。
男親ってみんな同じか。
完