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カッとなって清春の服をつかめば、その手をやんわりと握られて、するりと左の薬指に指輪がはめられる。
「何で怒ってるのに勝手に指輪はめるわけ!?」
「だって佳織は僕のこと好きで好きでたまらないから怒ってるわけでしょ? 結婚しないって選択肢ってあるの?」
「…さっき別れるって言った!」
ぐぐぐ、と言葉につまって、なかったことにされた話を持ち出す。
「それは、佳織が僕の気持ちを勘違いしてたからでしょ? それは訂正したんだから、その話はなかったことになった。」
「なってない!」
「あれ? おかしいなぁ。さっきいつ終わりが来るのかと思ってやきもきしてたって言ったの、佳織だったよね? それって別れたくないってことでしょう?」
「…打つ手があるのに打たずにいて私を不安にさせる人と…付き合っていけない…。」
言葉はしりすぼみで、まったく勢いはなかったし、清春に強く言い切る気持ちもないから目はそらしてしまった。
「躱せば済む話なのに、いちいち打つ手を打ってたら大変だし、佳織と過ごす時間が削られて嫌なんですけど。」
「…少しぐらいならいいでしょ。嫌な気分になるのは私なんだし。」
清春なら少しの時間で手は打てそうな気がする。
「えー。佳織との貴重な時間を一秒たりとも無駄にしたくない。」
その言葉に、ぴきりとなる。
「そんなこと言うけど、今日だって朝からずーっとゲームにかかりきりだったでしょ。どこが私との時間を一秒たりとも無駄にしたくないよ!」
清春がそんな感じだから、一緒の部屋にいるのに私は私で自分のペースで過ごしてたわけだけど。…これはもう11年経ったからの変化ではなくて、昔からずっとそうだ。私たちは同じ空間にはいても、それぞれに好きなことをして過ごすことが多い。
「だって、佳織が一緒にいる空間ってことが大事なんだよ。そんなの昔から変わってないでしょ? 僕は佳織と時間と空間を共有したいわけ。」
「一緒に何かしたいとかないわけ。」
…特に今までそれが不満だと思ってもなかったから、今の今までそのことについて文句を言ったことはなかったけど。
「あるよ。」
「…あるの?」
グイっと近づいてきた清春が耳元でささやいた言葉に、またカッとなる。
「私が言ってるのそんなことじゃないでしょ!」
何が二人でゴニョゴニョ…よ!
「だって期待したような佳織の表情がかわいかったから。」
「そんな理由でからかわないでよ!」
私が怒ってるのに、清春はニコニコと笑っている。
「でも、本当にあるよ。」
「…何?」
ジト目になるのは、仕方がないと思う。それをまた面白そうに見ている清春に腹が立つ。
「一緒に人生を歩いていきたい。」
すっと、その言葉が胸に響く。
「ダメ?」
清春が私の左手を取ると、指輪にキスをする。
「それが様になるのが腹が立つ。昔は女の子みたいにかわいかったのに!」
清春が私の言い分にクスクス笑う。
「仕方ないよね。僕だってこんなに成長するとは思ってもなかったし?」
「お父さんがああなんだから、自分だってそうなる可能性はあるってわかってたでしょ?」
清春のお父さんは清春に似て(おかしな表現だけど)美形だ。なぜ知ってるのかと言えば、清春のおお父さんもまた教授として大学病院に勤務しているからだ。…だからこそ、清春は更にモテているのだと思うけど。清春はお父さんが大学病院の教授だと公言はしてなかったけど、結局顔が似てきたからばれたのだ。…私はもともと知ってたから、驚きもしてなかったけど。
「さあ? で、ダメなの?」
「打つ手を打ってくれたらダメじゃない。」
勿論、こんなこと清春の目を見ながら言えるわけはない。清春も十分わかってるみたいで、楽しそうにクスリと笑うだけだ。
「佳織が許可してくれるなら、手は打つよ。ちょっと一緒に過ごす時間が削られちゃうのが嫌だけど。」
「…やって。」
「了解。どんな手を打っても怒らないでね。」
付け加えられた一言に、嫌な予感をしつつも、清春と過ごす日々が平穏になるのであればいいかと頷く。
「じゃ、結婚してくれるよね?」
「…手を打ったらね。」
「じゃ、すぐ打つ。」
「すぐ打てるなら打っておいてよ…。」
「ちょっと待って。」
清春はスマホを取り出すと、ポチポチとメールを打ち出す。
「まさかそのメールで終わりとか言わないよね?」
私の言葉に顔を上げた清春がにっこり笑ってまたメールを打ち出す。
…まさかのまさか?
「はい、終了。」
メールを送信し終えて宣言した清春に、ぴきりとこめかみがうずく。
「たったそれだけで何ができたのか知らないけど、それだけで済むならやってよ!」
「だって、佳織に許可もらわないといけないし?」
「…そんなの許可いらないでしょ! 自分の身の回りのことじゃない!」
イラっとして睨んでしまう。
「嫌だな、佳織。佳織に災難が降りかかってるわけだから、僕だけの問題じゃないよ?」
「…それって、屁理屈じゃないの?」
「屁理屈じゃない。それに、佳織は今の今まで訴えてくることがなかったから、僕だって対処のしようがない。」
「…私だって、今日の今日まで、こんなに色々言われるのを気にしてるつもりはなかったから。」
「でしょ? 本人が気にしてないのに勝手に手を打とうもんなら、佳織は間違いなく怒り狂うね。」
「怒り狂うって…。」
否定はできなくて、清春から目を逸らす。
「で、対処できたから、結婚してくれるよね?」
「…メール送っただけで何が変わるかわかんないんですけど。」
「大丈夫。病院行けばその日中にはわかるから。」
クスリと笑う清春の言葉に、嫌な予感はぬぐえないけど…でも、清春がこういうんだから、間違いなくそうなるんだろう。
「分かったら、結婚する。」
私の答えに、清春は満面の笑みになる。
「間違いなくわかるから、大丈夫。」
…一体何をメールしたんだろう…。
この調子ならきっと清春は答えてくれないだろうな、と思いながら、また海に視線を向ける。
波の間に光がきらめいて、清春と出会ったたころのことを思い出す。
あの時の気持ちが、今も続いていることは、奇跡と言っていいのかもしれない。
そして、これからもその気持ちが続いていくといいな、と思う。




