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「降りるよ。」
先に車を降りた清春に、降りるつもりがなかったから、慌てる。
でも、清春は私を置いては行かずに、助手席のドアを開けてにっこりと笑っている。
焦ってうまく外せずにいたシートベルトが、落ち着いたことで簡単に外れる。
清春は何も言わずに、手を差し出してくるから、私はその手を取って、車の外に出る。
清春に手を握られたまま、清春が進む方向に足を進める。
清春は迷うことなく展望台に上る。…展望台と言っても、駐車スペースがある場所から、50センチほど高いだけの場所だ。
「うわぁ。」
だけど、ここからの海の眺めは、とても良かった。さっき見えた海は、木々に遮られていたけど、この展望台は遮るものは何もないから。
「佳織。」
名前を呼ばれて振り向けば、清春が小さな箱を握りしめていた。
「…なに?」
それが何か、なんて、今までの会話の流れから、他のものなんて想像もできないけど。
「結婚して?」
見ほれるほどの笑顔で差し出された箱の中には、ダイヤモンドの指輪があって。
「…だって、無理だって。」
「誕生日に景色がいいところでプロポーズされたいんだったよね?」
「…そんなの、理想の話…じゃない。」
その話をどこでしたかなんて、すぐに思い出せたけど、あれは、あこがれるって話で…。
「だから、2か月後の誕生日に、ここでプロポーズしようと思ってたのに? 誰かさんはあっさりその言葉を口にするし?」
拗ねたような口調の清春の表情は、でも真剣で。
「挙句の果てに“別れる”とか言い出して。繰り上げるしかないよね?」
「だって!」
「佳織の理想のプロポーズじゃないけど、結婚してくれる?」
その視線はとても柔らかくて、甘くて。
だけど!
「するつもりがあるならあるって言ってよ! そんなこと一言も言わないで自分一人で準備して、私だけやきもきしていつ終わりが来ちゃうんだろうってどっかでずっと思ってたんだから!」
私の言葉が予想外だったのか、清春が目を見張る。
「どうして終わりが来るとか思ったわけ?」
「車買うし、長すぎる春はうまくいかないって言われるし、私と清春の気持ちは天と地ほど差があると思ってたし!」
清春が一瞬で意地悪そうな表情になる。
「まあ、車買って勘違いさせたのは謝るよ。で、僕の気持ちが佳織の気持ちと天と地ほどの差があるってどういうこと?」
「…私は清春のこと好きで好きでたまらないけど、清春は何となく好きで一緒にいるだけなんだって…。」
「誰がそんなこと言ったのかな?」
ヒヤリとする声色で、私はあわてて首を横に振る。
「私がそう思ってたの!」
「…でも、そう思う根拠があるはずだよね? 誰かに何か言われた?」
「…私だって思うんだから、他の人だって思うよね。」
「ふーん。佳織は僕の言葉より他の誰かの言葉を信じるんだ?」
「…どれくらい好きかなんて、言葉だけじゃわからないでしょ?」
「そうだね。」
そうだね? 自分で言っておいてなんだけど、その清春の返事が気に入らなくて俯いていた顔を上げると、間近に清春が迫ってきていて、唇を奪われる。
清春の唇が離れた時には、私の力はすっかり抜けてしまっていて、清春に体を預けるしかなかった。
「これでも、佳織は僕の愛情を疑うわけ?」
「…キスは好きな相手だったらできるでしょ。それがどれくらいの好きだったとしても。」
清春を見上げると、清春は目を細めてクイッと口角を上げた。
「…つまり、僕の愛情を疑ってるってことだね?」
「それは…違う…。」
「違わないね。で、疑いの言葉は、誰から言われたの?」
「…清春のファン。」
ぎろっと睨まれて、仕方なく口にする。
「あ、あの子ね。」
すぐに出てきた言葉に、ぎょっとする。本当は誰と特定されないためにファンと言ったのに。
「ちょっと何ですぐに分かるわけ?」
「最近僕に近寄って来るのは、2人でね。そのうちのどっちかでしょ。」
「違う。」
心持ちほっとする。清春の思っている相手とは確実に違ったから。
「ああ、彼女か。研修医の。」
言い当てられたことに本気でぎょっとする。なんでわかるの?!
「ああ、この間振ったからね。何しろ、自分が佳織の代わりができるって思い込んでるくらい頭の悪い子でね。その足で佳織に攻撃に行ったんだろうね。これはお礼を言っとかないとね。」
にっこり笑った清春の目は、確実に笑ってない。私は言い当てられたことにひるむ。
「で、長すぎる春の話は誰かな?」
「…誰って覚えてないし! 色んな人に好かれる清春が悪いんでしょ!」
本当は覚えてるけど、清春に報復でも関わってほしくなくて嘘をつく。さっきだって、そのための嘘だったのに。
「佳織もやきもち妬いてくれるんだ。結構嬉しいもんだね。」
「やきもちじゃない!」
と思う。こんなこと清春に口に出したのは初めてかもしれないけど。うっすらとたまりにたまっていたものが今吐き出されてるだけだと思う。
「でも、やきもち妬いて僕から離れて行こうとされるのは困るから、手は打つよ。」
…手は打つ?
「それどういうこと? 打てる手があったのに放置してたってこと?!」




