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恋愛短編集【過去作品】  作者: 三谷朱花
プロポーズのその後で【切ない・女主人公・ざまぁ】
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「清春…。」

「迎えに来た。」


 何もなかったかのような顔をしてバスの入り口から乗り込んできた清春に、返事が遅れる。


「じゃ、降りてくださいね。」


 そう言って運転席に戻って私が運賃を払うのを待つ運転士さんに、我に返る。


「いえ…。」

「高田からはいくらですか?」

「420円です。」


 勝手に運転士さんとやり取りした清春がお金をじゃらじゃらと運賃箱に入れると、まだ座り込んだままの私に向かってくる。


「車、邪魔になるから、行こう?」


 さっき見たのとは反対側には清春の車が停まっている。


「一人で帰りなよ。」


 私は別れるって言った。


「じゃ、僕もバスで帰る。」

「は? 車どうするの?」

「運が良ければ戻ってきたときあるんじゃない?」

「運が良ければって! 鍵は?」

「エンジンかけたままだからね。」

「鍵取って来たらいいじゃない!」

「やだよ。取りに行ってる間に逃げられそうだし。」

「だって!あの車欲しかったんでしょ!」


 あの車を買ったと言ったときの清春は、本当に本当に嬉しそうだった。


「佳織の方が欲しい。」


 その言葉にドキリとしつつ、部屋で宣言したことを思い出す。あれは、言葉だけで簡単に覆る覚悟なんかじゃなかったのだ。


「別れるって言った。私に執着しないで車大事にしときなさいよ。」

「佳織が隣にいないなら、あの車も意味ないから。」


 私と車にどう関係が?! 


「そんなの単なる言いがかりみたいなものでしょ! 先月買ったばっかりでしょ!」

「佳織失うくらいなら、いらない。」


 あー!もー! 働いて貯めてきたお金をつぎ込んだ車でしょうに!


「降りる。」


 子供のようなやり取りに負けただけだ。…せっかく買った新車を盗難されるなんて哀しいことこの上ないし、それが私と言い争ったせいだということも嫌だった。


「ん、降りよ。」


 ニコリと笑って私の手を取る清春に、私はぺしりと手を払う。


「別れたし。」

「別れてないし。」


 これはまだ平行線のままかもしれないと、口をつぐむことにする。


「ありがとうございました。」


 そう言って乗り口から外に出る。…気まずすぎて運転士さんのところにある降り口まで行けなかった。


「どうぞ。」


 清春が助手席のドアを開けてくれる。私は渋々助手席に座る。後部座席があればそっちに座るのだけど、あいにくこの車は2シーターだ。後部座席など座りようがない。


「シートベルト閉めるね。」


 自分でできるのに、逃げられないためなのか、清春がわざわざシートベルトをつける。


「シートベルトに鍵がないのが残念。」


 そう言って助手席のドアを閉めた清春は、軽い走りで運転席に回ってくる。…今更逃げるとかしないし。


「さ、帰ろうか。」


 運転席に座ってシートベルトを締めた清春が、私を見てにっこりと笑う。…うん、目が笑ってない。


「何でここにいるの。」


 最大の疑問を口にする。


「外に出たら既に姿がなくて、バスが行ってしまった後だったから、あのバスに乗ったのかな、って思って。」


 …あのバスが出た直後にバス停に居たってことは、パジャマで外に出たってこと? …珍しい。そういう格好で外に出るとか、ありえないっていつも怒るのに。


「…ここまで来るとか思わないでしょ。」

「佳織なら来ると思ったから。」

「…そ。」


 いつの間に思考を完全に読まれるようになったんだろう?


「で、どうして“別れる”なわけ?」

「ね、道違わない?」


 バスのロータリーから出て清春の車が向かっている方向は、明らかに駅方面ではない。


「佳織が答えてくれたら答える。」

「2台分の駐車場代とか勿体ないじゃない。」


 ああ、と声をあげた清春に、今更気付いたのかと思う。


「だから、結婚はないって思ったのか。」

「…まあ、そうだよね。」


 クスクスと笑いだす清春はとても楽しそうだ。


「女性って現実的だって言うけど、確かにそうだね。」

「じゃあ、男はどうなの?」

「ロマンチスト? そもそもこの行き違いは、現実的な佳織が僕の車見て結婚はないなって思い込んだのが理由でしょ? 僕には足らない理由だったけど、佳織には重要だった。違う?」

「…そうだよ。でも、車買いました、結婚しましょう、にはならないでしょ?」

「佳織、左手に海が見える。」


 清春の言葉に左手を見れば、木々の隙間に海が覗いていた。


「本当だ。」


 海から遠い町ではないとは言え、海を見ようと思うとすぐには見られる景色ではないから、心持ちはしゃいでしまう。

 クスリ、と笑う声にすぐムッとなるけど。


「子供みたいで悪かったですね。」

「いや、かわいいと思っただけだよ?」

「別にかわいいとかいいし。」

「拗ねられると困るな。」


 楽しそうな声に、困ってないくせに、と思う。


「山の上に何かあるの?」

「いや、何もないよ。」

「…何で上に向かってるの?」

「僕がこの車を欲しかったのはさ、この車で佳織とドライブしたいと思ったからなんだよね。子供が生まれたら、なかなか二人きりでってわけにも行かないでしょ?」

「だったら、何でこのタイミングでこの車を買ったわけ?」

「何でも何も、僕が佳織とドライブに行きたいと思った車がこれしかなくて、この車の発売が結構最近で、納車が先月になってしまったってだけなんだけどね。」

「確かにその話は聞いた気がするけど…。」

「それに、佳織が産休に入っても生活できる余裕がないと困るでしょ?この車は余剰金で買ったから、それは安心して。」

「な…んでそんなこと知ってるの?」

「だからリサーチはきちんとしたよって。」


 女友達と結婚の話をしてると、現実的な話はいくらでも出る。

 私も清春も変に無駄遣いをするようなことはなかったから、それはあんまり心配してないけど、と言ったのはこの車が来るより1ヶ月前の話だったっけ?


「そもそもスポーツカーって言っても、国産車だからそんなに高くはないんだよ。」

「…そんなの知らないし。」


 車に興味があるわけでもなく、自分で車を買おうと思うようなこともなかったから、この車がいくらぐらいするのかなんて、知りもしなかった。 …清春が自分のお金をどう使おうと、清春の勝手だからって、心に生まれたモヤモヤを押し込んだのも、この車がいくらなのか知りたくないと思った理由だったけど。


「ほら、到着。」


 車が止まったのは、展望台がある場所の前だった。

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