電車が来るまであと5分
あと、5分。
時刻通りに動く電車は、その時間をずらすことはないだろう。
1時間に数本しか電車が来ない駅では、その電車に乗らなければ、乗る予定の飛行機には間に合わない。
それでもこの時間を選んだのは、会えるかもしれない可能性にかけたいから。
夏休みでも勉強に忙しい幼馴染の補習が終り、ギリギリ駅に来れる時間。
やりたいことがあるからと、恋心に蓋をして、私は遠く離れた大学に進学した。
でもその時、幼馴染にとって私は単なる二つ年上の幼馴染でしかないのだと、進学先を東京にすると伝えた時のニコニコした様子から自覚する他はなかった。
もしかしたらショックを受けるかも、とか、行かないでって言われるかも、とか、そんな妄想はあっけなく打ち砕かれた。
そっか東京に行くんだね。すごいね。
どこか他人事みたいに言われたことが、私の恋心を打ち砕いた。ある意味、あの時振られているのだ。
それでも、押し込めたはずの恋心はなくならない。
去年は、どうせ叶うことはないんだからって、実家に帰ってきても、幼馴染には会わないようにした。
同じ高校だった時だって、私がわざと用事を作らなければ会えなかったのだ。
会いたい。
たった数メートルの距離なのに、偶然すらありえなくて、私の願いは消えていく。
なら会いに行けばいいのに? 会ってもっと好きになったらどうする? 会いに来てくれることがない幼馴染に、叶うことがない気持ちだと知っているから、この恋心だけを持て余す。
この夏も、幼馴染には会うつもりはなかった。
だから、お遣いだと玄関に現れた幼馴染に驚きしかなかった。
久しぶり、と笑う顔が、幼さが抜けて男らしくなったことにドキリとして、諦めようと思っているはずの心は、ドキドキを増す。
ドキドキする気持ちは、昔みたいに私を口下手にする。
交わした会話は少しだけ。
でも私が帰る日と時間を尋ねられたのは、どう受け取ればいいんだろう。
補習が終わってから会いに来てくれる?
仄かな期待が、改札を通るのを躊躇させる。
でも時間は刻々と過ぎ、アナウンスに立ち上がらなきゃいけなくなる。
ずっと見ていた小さな駅の入り口に待ち人は来ない。
ただ共通の話題がなくて会話の糸口で聞かれただけだったんだと、わかっていても恋心が引き起こす妄想は、都合のいい夢を見せてくれるから。
幼馴染が来ることはない。ようやく夢から覚めて、現実を胸に染み込ませる。
ヒリヒリする感覚は、いつになっても慣れることはない。
右手に電車が見えてくる。
こぼれ落ちそうな涙を瞼で遮る。
ガシャン!
「七生!」
金属の耳障りな音よりもその声に振り向く。
駅舎の横のフェンスに、幼馴染がしがみついている。
「A判定出たから! 来年東京に行くから! 待ってて!」
幼馴染の手に握られた紙は、たぶん模試の結果だ。
「馬鹿七生、電車に乗れ! 飛行機ギリギリなんだろ!」
声に後押しされるように我に返って電車に乗り込んで、振り返って後悔する。
まだ好きって言ってない。




