後日談④
「…信じらんない。こんなのがタイプだって言うの!」
信じらんないのはあなたの方ですけどね?
なぜか仕事をしていたら、恵子さんからお呼びがかかった。
お客様ですって。
…ここは弁護士事務所であって、呼ばれるべきは弁護士先生のいけすかない従兄弟であって、事務員の私じゃないと思うのだ。
だけど、お呼びです、と言われてしまえば、出ていくほかはない。
呼びに来た恵子さんが、ご愁傷様、と言いたそうな顔をしていたので、薄々何の話かは予想できたものの、会った瞬間これとか、本当に信じらんない。
「ご用はそれだけのようですので、お引き取り下さい。」
私は丁寧にお辞儀をすると、退室を促した。
「私には用事があるのよ!」
「私にはありませんので。」
「私が良太さんのフィアンセだったのよ!」
良太。その名前は、善良の“良”に太いと書く。両親の願いはとても善良な人間に育つように、だったはずなのに、まったくその名前と真逆に育ってしまったのを、私は身をもって知っている。
良太はいけ好かない従兄弟の名前だ。
「はぁ。」
私は気の抜けた返事くらいしかできない。だからどうした。
「なのに、突然出てきてその座を奪うなんてひどいわ!」
…生まれてこの方あのいけ好かない従兄弟とは親戚業を営んでおりまして、突然出てきたわけではありませんので悪しからず。
言いたい気分ではあったけど、全く意味を成さないと理解したので、心の中に留めておく。
「はぁ。」
「何て言って良太さんを騙したのよ! ひどいわ! 良太さんを返して!」
本当に、きちんと私のこと調べてから来て欲しい。私はフィアンセでも何でもないから!
「騙してませんけど。」
私は何もしてない。
唯一したミスと言えば、あの結婚式の危機的状況に頼る先を従兄弟しか思いつかなかったと言うことかもしれない。そうでなければ、私は今、こうやって自称フィアンセと対峙してることもなかったのだ。
「騙したに決まってるわ! 嘘つき! 泥棒ネコ! 最低よあんたなんか! どうせ体で良太さんを篭絡したんでしょ!」
流石に罵倒されるのは趣味ではない。体で従姉妹を篭絡?! 誰がするか!? 証明したいぐらいだわ!
でも、言い返したいのをぐっとこらえる。
…ここまでは我慢するように言われているので、我慢はした。もうそろそろいいだろうか。
「…先日も御一人、自称フィアンセの方がいらっしゃいまして。」
へ? と自称元フィアンセがパカリと口を開く。
「同じように私のことを口汚く罵られるので、対策を取らせていただいております。」
「…対策?」
「この部屋、依頼人とのやり取りを録画・録音する仕様になっておりまして、言った言わないの問題が後々ないようになっていますので、今の発言もすべて録音されています。」
「な! 何てことするのよ! 消して! 消してよ!」
ソファーから立ち上がった女性が、いきり立つ。
「それは、所長にしか権限はありませんので。」
「…所長…って…。」
女性の顔が絶望に染まる。
「我が弁護士事務所には、一人しか弁護士はおりませんので。」
皆まで言わなくてもわかるよね?
「仕方ないわ! 今日は帰るわ!」
慌てて部屋を出ていく女性に、私は頭を深く下げる。
本当に、あんないけ好かない従兄弟を好きになって、ご愁傷様だよ。
はぁ、とため息をついたところで、ドアがトントンと叩かれた。
「お疲れ様。」
返事も待たずに入ってきたのは、諸悪の根源だった。
「…って言うか、気を持たすようなことするんじゃないわよ! こっちが迷惑かかってるんだから!」
私が怒っているって言うのに、従兄弟はニヤニヤ笑っている。
「ハイハイ。仰せのままに。」
絶対聞く気ないし!
「もう、こんなの二度とごめんなんだからね!」
「…そ。もう二度と嫌なわけね?」
従兄弟の聞き返しに、私はムッとする。
「嫌に決まってるでしょ! 何で5回も自称フィアンセに突撃されるのよ!」
従兄弟のスペックは傍目にはいいかもしれないけど、そんな話聞いたこともないんだけど!
「ハイハイ。二度とないようにしますので。」
私に近づいてきた従兄弟が、私の手をつかむ。
「な、何よ。」
「はい。これは形ね。」
薬指に、指輪がはめられる。
「は? 何やってるのよ!」
「で、婚姻届け、出しに行こうな。」
つかまれた左手を振りほどこうとするのに、従兄弟によってつかまれたその手は振りほどけそうにもない。
「ちょっと!」
「だって二度とごめんだって言っただろ? 録画と録音はまだ続いてるからな。」
「は? そんな意味じゃないでしょ!」
「え? 自分じゃ歩けそうにもないから、俺に連れて行って欲しいって?」
「は?! そんなこと言ってないでしょ!」
「悪いな珠緒。俺にはお前の心の声が聞こえるんだよ。」
にやり、と笑った従兄弟の顔は、今までで一番悪い顔だった!
「そんなわけないし!」
「イヤイヤ。そんなことあるだろう?」
じっと見つめられると、何だか催眠術にかかる様な気がして目を逸らした。
「ない!」
「残念ながらうちの良太は物心ついた時から私のことを好きで好きで仕方がなかったですし、私とは両想いなんです。あなた様の出る幕は1ミリもありませんのでお引き取り下さい、だったっけ?」
その従兄弟の言葉にギクリとする。
「そんなの知らない。」
私の目が泳ぐ。どうしてそれを従兄弟が知ってるわけ?!
「自称フィアンセ1人目が来た時は、厄介なことになったな、って思ったけど、思わぬところで珠緒の本音が聞けて、ラッキーだったよ。」
…そう、その言葉を言ったのは、自称フィアンセ1人目の時だった。今日みたいに事務所に突撃!されたのだ。
「…何のこと?」
そんな証拠があるわけもないんだし、と私はしらばっくれる。
「知ってる? この部屋の録画・録音機能って、俺の机にも操作するところがあるって。」
まじですか! 今初めて知ったし! 1回目があった後、この従兄弟がここの部屋は録画・録音機能付いてるからそれを使うように言われて、まさか1回目のが録画・録音されてるとか思ってもなかった!
「…何のこと?」
いや、まだ逃げ切れるはず、と私は逃亡をもくろむ。従兄弟の急所を狙った足は、あっさりとつかまれて、そして、どうやってなのかわからないままソファーに倒されて、深いキスをされる。
「珠緒がいいなら、ここで本懐を遂げてもいいんだけどな。まだ録画されてるし、俺は別にいいけどな。」
「け、恵子さんが!」
息も絶え絶えに、私は拒否する言葉を探す。
「…ああ、あのヒトは大丈夫。もう定時になったし帰った。」
その間も、従兄弟の手は私の官能を呼び起こすように私の体を滑っていく。
「え!? ちょっと、私も帰る!」
「帰るなら、市役所寄って帰ろうな?」
「嫌だ!」
「何でだよ。」
「プ、プロポーズされてない!」
頭に霞がかかってきた私の精一杯の答えに、従兄弟がクククと笑う。
「仰せのままに。さ、食事に行くぞ。」
「へ?」
急に抱きかかえられるように引き起こされた私は、きょとんとするだけだ。
「さて、行くぞ。」
頭がまだ回り切れないままの私は、従兄弟に手を引かれて歩き出す。
…何だろう。何だか素直に喜んじゃいけないって、私の本能が告げてる気がする。
「結婚なんてしないわよ!」
「ハイハイ。プロポーズがまだだもんな。」
ニヤリと笑う従兄に、完全に負けた気がする。
完
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
楽しんでいただければ幸いです。




