長谷川君は聖人に違いない⑫
その話は、唐突だった。
もうすぐ1学期の期末試験が始まる。そんな時だった。
「え? 引っ越し?」
私の聞き返しに、隣を歩く長谷川君が頷く。
「父親がイギリスに赴任することになって」
長谷川君があっさりと肯定する言葉に、何だか私の心がざわめく。
「赴任期間も長くなるらしくて。いい機会だから、向こうに行って勉強してみようと思って」
私の感情の動きなんて気付いてないように、長谷川君は決意に満ちた表情でそう言い切る。
長谷川君は、最初の実力試験で学年4位、中間試験でも学年3位だった。勉強は嫌いじゃないとも言っていた。
だから、そういう気持ちになるのも、おかしくはないのかもしれない。
おかしくはない。
おかしくはないのに、どうして私の心の中は、こんなにもざわめいてるんだろう。
あっさり、そっか頑張ってね、って言葉が出てこないんだろう。
「純さん、どうかした?」
顔を覗き込んでくる長谷川君に、私は咄嗟に首を横に振る。
そして気付く。
あ、私、長谷川君のことが好きになってたんだ、って。
そんな対象だと思ってなかったし、お兄ちゃんが、お母さんが勘違いしてるの、本当に困るなって思ってたはずだったのに。
私、いつの間にか、長谷川君が近くにいるのが当たり前になってたんだ。
だから、特別な感情なんだって、気づけてなかったんだ。
ようやく納得のいく答えにたどり着いたら、途端に絶望感に襲われる。
だって、もう長谷川君は遠く離れたところに行ってしまうから。 聖人な長谷川君には、きっとどうやっても私の気持ちは伝わらないから。
ふいに、目の前が涙で滲む。
「え? 純さん?!」
長谷川君が私の涙に気付いたみたいで慌てだす。
…いけない。ごまかさなきゃ。
だって、長谷川君はもう決めてるんだもん。
それを、泣いて困らせるわけにはいかない。
私が聖人だって認定するくらいに、長谷川君は素直でいい人だから。
私の恋心は伝わらないしどうにもならない以上、しまっておくしかない。
「いや、やっぱり、急に引っ越しって聞くと、寂しくなるもんだね!」
私は涙を軽くぬぐって、ニコリと笑って見せる。
笑顔になってる? 大丈夫?
そんな気持ちで笑って見せる。
「そうだね。僕も寂しいよ」
私を見てホッとした様子の素直な長谷川君に、私もホッとする。
うん。最後のお別れの時まで、私は長谷川君の友達として、明るく振舞おう。
そして、長谷川君を心配させないようにしよう。
だって、長谷川君のことが好きだから。
笑顔でお別れしたいから。
「遠恋になっちゃうね」
長谷川君の言葉に、え? と声が漏れる。
長谷川君は微笑んでいる。
…長谷川君は聖人に…違いない?
完
最後までお付き合いくださってありがとうございました。
楽しんでいただけたら幸いです。




