長谷川君は聖人に違いない⑪
「あれ? 純さん?」
声を掛けられて振り向けば、そこには私服姿の長谷川君。
「あら、純、誰なの?」
さっきまで横にいなかったはずの人物に声を掛けられて、私はぎくりとする。
「あ、はじめまして。長谷川と言います」
「あら!」
ぺこりときれいなお辞儀をした長谷川君の名前を聞いて、声を高くしたお母さんに、私の嫌な予感はさらに高まる。
「純と付き合ってるっていう、長谷川君ね!」
あ、やっぱり。
この誤情報、お兄ちゃんからお母さんへそっくりそのまま受け渡されているらしい。
「違うから」
「ちがわないでしょ、純さん。高校に入ってからお付き合いさせて
いただいてます」
「違うって!」
「純ったら、照れちゃって!」
お母さん、つん、って頬っぺた突っつかないで。
本気で照れてないから!
「違う!」
「純さん、何でそんなこと言うの?」
「ちょっと純。ほら、長谷川君哀しそうな顔してるじゃないの!そんなこと恥ずかしくたって言わないの!」
もう私は知らない。もうどうなっても知らない。
お兄ちゃんの誤解すら解けない私が、このお母さんに巣食った誤
解を解けるわけなんてないんだ! どんかんその上、長谷川君がその聖人っぷりで、更に話をややこしくする
から!
もうきっと、このお母さんの誤解はよほどのことがない限り、解けないに違いない。
長谷川君、本当の意味を理解したら、きっと驚愕するだろうな…。
お母さんの言ってる「お付き合い」=「交際」。
長谷川君の言ってる「お付き合い」=「知り合い」。
全然違うよ! お付き合いの意味が違ってるから!
GW初日。
ショッピングモールの本屋に参考書を買いに来たはずの私は、お母さんと聖人のせいで、大きな誤解を引き受けることになった。
まだお兄ちゃんなら何とかなるよ! だって普段はこっちにいな
いんだし!
でもさ、お母さんはさ、お母さんは......。
あー。
きっとこの後、デート服を買いに行くことになるだろうなぁ。
お母さんの夢は、娘と恋バナをすること。
今の今まで、私がそんなのと無関係に空手バカやってたから、ずーーーーーーーーーーっと嘆かれてたんだよねぇ。
着ていく予定もないのにデート服。
せめて、ひらひらのピンクのスカートじゃないことだけを願う。
ああ、聖人長谷川君。人が良すぎて、お母さんと連絡先交換とかしなくていいから。
普通、同級生の親と連絡先交換とかしないから!




