長谷川君は聖人に違いない②
「増見さん」
呼び掛けられた名前に振り向くと、長谷川君がいた。
「何?」
「今日、木村君が休みなんだけど、増見さんのノート貸してあげてくれない?」
予想外の提案に、私は首をかしげる。
まだ同じクラスになってから1週間しかたってないのと、その木村君と長谷川君が仲が良かった記憶がないからだ。
むしろ、その木村君は長谷川君の名前を初日に揶揄ったグループの一人だ。
「どうして?」
「いや、木村君の友達、ノートとってる感じがしないから」
なるほどそれは納得かもしれない。あのグループの人たちは、真面目に授業受けてる印象がない。たった1週間で既にそう感じるのもすごい話だと思うけど。
「貸してあげる義理もなさそうなんだけど?」
友達でもなく、単なるクラスメイトなだけだし、普段からノート取ってなさそうな人に貸す意味も見いだせない。
「そんなこと言わないで上げてよ。クラスメイトなんだし」
どうやら私には意味がないと思われたカテゴリーは、長谷川君には重要な意味を持つようだ。
…どれだけ思考が聖人なんだ、長谷川君。
「でも、そんなに気にしてるなら、長谷川君がノート貸してあげればいいよね?」
最大の疑問を口にすれば、長谷川君がブンブンと首を横に振る。
「僕の字汚いし、ノートもきれいにまとめられてなくて! 僕のノート貸すより、字がきれいな人のノートの方が木村君も助かるだろうと思って! 増見さん黒板に書く字がきれいだから!」
何気に誉められて、なんだかじわりと恥ずかしくなる。
「そんなことないし! もっと字がきれいな子もノート上手にまとめてる子もいるよ?」
「でも、増見さんみたいに誰かのために声をあげようって思える人は少ないから。増見さんなら協力してくれるかなって」
「いや、あれはちょっと見逃せなかっただけだし」
「協力してはもらえない?」
ちょっと哀しそうに首をかしげる長谷川君に、私の良心が刺激される。
「長谷川君が木村君に聞いて、それで必要だって言われればね!」
だって、貸したあげくに要らないって言われたら、すごく腹立つし! 実際に言われそうだし!
でも、私の言葉にホッとした様子の長谷川君に、私の良心がそれで良かったんだって納得する。
「ありがとう! やっぱり、増見さんいい人だね! じゃあ、木村君が学校来たら聞いてみるね」
本当に嬉しそうに笑う長谷川君に、私の頭の中に浮かんだ言葉はだた一つ。
いい人なのは君の方だよ、長谷川君。
さすが聖人。
自分がどれ程すごいとかきっと自覚はないんだろうなぁ。




