1 福は外
世の中、誕生日に一人で豆まき用の大豆の袋を開けてる30才が、どれくらいいるものだろうか。
「まずは、一つ目」
私は陽気な鬼の絵が描かれた袋から、一つ大豆をつまんだ。
口のなかに放り込めば、懐かしい味がした。
豆まきの豆を食べたのなんて、それこそ12才の時ぶりだ。
あのときも、ちょうど年女だからって地域の行事に無理やり駆り出されて、憮然とした表情で豆を食べていた。
写真が残っているから、間違いない。
きっと今も、同じ顔をして豆を食べているだろう。
それでも、30才の誕生日に豆まき用の豆を食べることを選んだのは、年の数だけ豆を食べたら健康に過ごせると言ってたのを思い出したからだ。
思い通りにいかない人生に、せめて健康くらいは約束されたいと思う。
30になる頃には、結婚して子供がいるんだと、それこそ12才くらいの時には漠然と思っていたのに。
私の人生に、結婚の言葉も、誰かと共に生きる人生も、見つかりはしない。
だから、誕生日に一人、カサカサの心のまま、カサカサの大豆を一人かじっている。
誕生日を前に、5年付き合ってきた彼氏にふられた。
夢を叶えたいから、と目を輝かせた元彼は、独立して自分で会社を立ち上げるらしい。
その夢を叶える隣に、私は立ちたいと願った。
だけど、隣に立つことを必要とはされなかった。
忙しい。
そう言われたから、連絡をしたくても、グッと我慢した。
夢を応援したかったから。
辛いことがあって、話を聞いて欲しいときにも、一人で夜を耐えた。
私の愚痴で、邪魔をしたくなかったから。
大変なんだ。
だから、今誰かに時間を使うのは難しい。
この年になって、待たせるのは悪いから、別れよう。
待って、待って、待って。
ようやく来た連絡に喜んだ直後に、そう言われた。
30になる私を気遣って言われた言葉。
でも、結局、私は要らないんだって、そういうことでしかない。
私にとって大切な元彼との5年間は、必要のないものとして切り捨てられた。
元彼と結婚を望んでいなかったかと言えば、嘘になる。
5年だ。
望んだっておかしくはない……はずだ。
でも、元彼にはその気配すらも重荷だったのかもしれない。
私がふんわりと描いていた元彼との夢は、誕生日を前に塗りつぶされた。
涙は出なかった。
ただ、心はカサカサになった。
自分の誕生日にケーキを買わずに、豆まき用の豆を買うくらいには。
自分の誕生日を祝う気持ちになんて、全然なれなかった。