不毛な恋の行く末は③
「ねえ、レイ。マスターがレイに会ってみたいって」
帰り支度をしていると、アランが私の顔を覗き込んだ。
「えーっと、マスターって……」
「うん。俺の契約主だよ」
ニコリと笑うアランに、私はドキリとして、首をかしげる。
「どうして?」
「俺が良くレイの話をするからだろうね」
「えーっと、いやでも……」
アランのマスターに会う理由が、私にはなかった。
会えばアランと恋ができるって言われれば、会うかもしれない。けど、そんな可能性はゼロだし、お金持ちのヒトの暇潰しみたいで嫌だな、と思ったのは、ちょっとあった。
「マスターは、純粋にレイに会いたがってるだけだよ? 俺とレイのレポートも読んでて、レイの考え方が面白いから、一度話してみたいって、前にも言ってたんだよ?」
それはちょっと嬉しいかもしれない。
「……どこかでお茶くらいなら」
さすがに、どこの誰とも知れない相手と、会うのには躊躇する。
「いいよ。マスターがOKだって。行こうか?」
即座に話がまとまったことに驚く。……この会話が筒抜けだったのかな、と思うと、ちょっと居たたまれない。
「あ、レイ。この会話は、マスターに筒抜けにはならないから。俺が、レイがお茶ならOKだって伝えたら、すぐに返事があっただけだからね?」
どうやら私が気まずい顔をしたのがばれたらしい。
……でも、筒抜けではなかったことにほっとする。
「そっか。……あんまり返事が早いから、筒抜けなのかなって」
「さすがに、会話が筒抜けはないよ。禁止されてるし」
確かにそうだ。アンドロイドをスパイとして使わないために、筒抜けの仕様は許されていないんだった。
「じゃあ、行こうか?」
「ええ」
アランと一緒に立ち上がると、女性たちの視線が向けられる。
でもそれに、嫉妬の感情は含まれない。
皆、アランと恋愛ができないと知っているからだ。
*
「ああ、アラン。ヴァイスが奥の部屋で待ってるよ」
品のよい喫茶店にたどり着くと、アランが店のヒトからそう声をかけられていた。
どうやらアランのマスターはヴァイスというヒトらしい。
「どうぞ、レイ」
アランが奥の部屋のドアを開ける。
私は入口で固まる。
その先には、アランがいたからだ。
「レイ、入ってくれるかな?」
後ろからアランに声を掛けられて、私はアランを振り向く。
「えーっと、アランが……二人?」
クスリと笑ったのは、アランと、奥に座るヒト。
全く同じタイミングだった。
「俺は、ヴァイス。アランのマスターであり、姿と知能と感情のコピー元」
「コピー元……」
私は、まばたきをした。
聞いたことはあった。とてつもなく金持ちなヒトのなかには、自分の姿と知能と感情をそのままコピーしたアンドロイドを作るヒトもいるって。
「アランの反応は、ほとんど俺の反応だと思ってくれていいよ? 週に1度は同期しているから」
それって、どういうことなんだろう。
「残念ながら気づかれなかったけど、レポートの打ち合わせの時、時々アランと入れ替わっていたんだよ?」
微笑むヴァイスに、私はアランを振り向いた。
「……えーっと?」
「さすがに大学へは行けないって悔しがっていたけどね。光彩はさすがに同じものではないから」
「今日の教授は、素晴らしいことを言ったみたいだね」
私はヴァイスの声に視線を向ける。
「恋は素晴らしいものだよって。あいにくアランには理解できないけど。どういうことか説明してくれって言うから、言ったんだよ。俺がレイに会いたがっているのを知ってるだろうって」
瞬時に何を言われたのか理解して、顔が熱くなる。
「俺に恋をするチャンスをくれないかな、レイ」
それでも、ヴァイスの言葉は、あまりにも唐突だった。
「えーっと、いえ、あの……正直戸惑っていて」
私が好きなのは、アラン、だったはずだ。
「マスターも、恋がわかってないんじゃないかな」
私のとなりにいるアランが、肩をすくめる。
「仕方ないだろ。俺だってヒトを好きになったのは初めてなんだ。……でも、回りくどいことなんてしたくないから」
アランと同じように見える瞳が、アランとは違う熱っぽい瞳で私を見ている。
「えーっと、あの……」
私はアランを好きだったはずだ。
でもヴァイスにドキドキするのは、ヴァイスの顔がアランと瓜二つだから?
それとも?
「……えーっと、出直してきます!」
私は立ち上がった。
「あ、ちょっと待って! 俺の連絡先!」
ヴァイスも立ち上がる。でもその前に、アランが私にメモをくれる。
「これ、マスターの連絡先だから」
何だかショックを受けたのは、やっぱりアランのことが好きだからだよね?
……とりあえず、今日は逃げます!