不毛な恋の行く末は②
「授業中」
私はそのIDから目をそらして、教授に顔を向けた。
「はーい」
軽い返事をしているアランには、本当は大学での勉強など必要ないのだ。その情報を組み込んでしまえば、勉強しなくとも知識は身に付く。
だけど、時折アンドロイドに情報を組み込むことはなく、こうやって高等教育を受けさせて知識を蓄えさせるオーナーもいるらしい。
うちはアンドロイドを買えるような余裕のある家ではないから、噂レベルでしか知らなかったんだけど。
大学に入って、同じクラスにアランがいて、本当にそんなことがあるんだって知った。
アランの存在は、噂になった。だけど、いくら美形でもアンドロイドと恋をするわけにはいかないから。みんな、アランを観賞用としてしか見ていない。
美しい美術品、みたいな感じかな。
画面を通して一緒に組んでレポートを書いたりすることもあって、ヒトみたいだな、と思ったけど、その手首には紛れもないIDが刻まれていて。
だから、アランがこの授業に来ていても、話しかけるヒトはあまりいなかった。
私も、その一人。
でも私たちがひいてしまった透明な壁を、アランはいとも簡単に崩した。
……なぜか私に対してだけ。
私に対してだけ、とても……フレンドリー、なのだ。
もうね。
これが本当にヒトだったら、自分に気があるのかなー、とか思っちゃうレベルの。
勘違いしても仕方ないレベルだと思うわけ。
でもね。
手首にガッツリID書いてるわけ!
それに、登録された名前の情報も、間違いなくアランはアンドロイドだって示している。
ヒトにはないIDが名前の横に併記されているから。
アンドロイドのふりした人間だったら、まだ望みもあるのに、とか思ってる時点で、すでに私はハマってしまっていた。
望みのない恋の道へ。
会えないときには、アランのことばかり考えて。
明日この授業があると思えば、ウキウキして。何着ていこうって考えて眠れなくなって。
早く大学に来て、でもアランがいつもギリギリの時間に入ってくるから、授業始まる直前まで時間潰して、アランがいつも座る席の横に陣取って。
……まるっきり、恋する乙女な自分に、直接会ったアランが突きつけてくる。
アンドロイドなんだよって。
恋はできない相手なんだって。
なのに!
なのに、こんなやり取り繰り返されて……諦めきれもしない。
きっと、隣のアランは、私がこんなことを考えているなんて思ってもいないだろう。
隣で、不毛な恋に身もだえしている相手がいるなんて、恋という感情を持たないアンドロイドであるアランは、きっと理解できないはずだ。
そう。アンドロイドは、まるっきりヒトに見える。
だけど、恋愛感情だけは育てることができない。
そして、一方的にヒトに好かれることは往々にしてあり得る。
私みたいに。
そして、ふつうのヒトと同じように、キスしたいと思われることもある。もちろん、それ以上も。
ただし、ヒト側がそんなことをしようとしたら、アンドロイド側が防御反応を示すのだ。
電流が流れるらしい。警告の。
それで、ヒトは我にかえる……のを期待されている。
もちろんそれで怯まないヒトは、それ以上の電流が流れて気絶するらしい。同時に、警察に通報される。
ヒトとアンドロイドの恋は、あり得ないのだ。
だから、私の恋は不毛なのだ。
……だから、アランに私にだけフレンドリーにするのはやめてほしいと、いつも言おうと思ってはいるのだ。
言えたことはないけど。
「いいかね、諸君。恋というのは素晴らしいものだよ」
いつになく熱の入った教授の言葉に、私はドキリとする。
そして同時に、古典文学の授業で恋について熱弁する教授に、心のなかで苦笑する。
「私がこうやって教室で講義を開いているのは、顔を合わせて恋をする感覚を知ってほしいからなんだよ。画面を通さない出会いはひとつでも多い方がいいだろう?」
その教授の思惑通り、私は恋をしている。
……叶うことのない恋を。