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恋愛短編集【過去作品】  作者: 三谷朱花
忘れたい記憶も忘れていた過去も、全部海の中に置いてきた。【切ない・日常・ホームドラマ・シリアス・男主人公・現代】
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奇跡の雪

忘れたい記憶も忘れていた過去も、全部海の中に置いてきた。番外編

 外に出ると、珍しく空気が凍っていた。

 渉は首を縮める。首に巻いたマフラーの隙間から、予想以上に冷たい空気が入ってきた。

 もしかしたら、そう思って、渉は空を見上げる。空は雲に覆われていた。

 もしかしたら。


 渉が期待するのは、雪だ。

 でも、東京でクリスマスイブに雪が降ることなど、ない。少なくとも渉の記憶にある限り、19の今になるまで、雪が降ったことはなかった。

 でも、毎年、この日になると、雪が降らないかと願ってしまう。

 9年前に交わした会話のせいだ。


「降らねーかな」

 凍った空気を、渉の吐息が溶かしていく。

 渉の願いが、凍った空気に伝わって行くような気がした。

 2年前にあった奇跡。その奇跡をもう一度、と思うのは、欲張りなんだろうか。

 

 2年前の夏、渉は、死んでしまったはずの義理の妹に会った。

 10才の時に一つ下の妹として家族になった春佳。

 だけど、渉にとっては春佳は妹以上の存在だった。初恋だった。


 でも、渉が13才の時、海で離岸流に流され、そのまま亡くなってしまった。

 春佳が離岸流に流される直前まで、渉は春佳と手をつないでいた。だから、現実として、受けとめたくなかった。

 それは、渉以外の家族もそうで、そのことが家族の形をぎくしゃくさせた。そして、結局再婚同士だった両親は、1年前の夏に離婚した。


 両親が離婚を決めても、渉は「とうとう」という言葉しか浮かばなかった。いつか、あるものだとはどこかで感じていた。だけど、実際にそうなってみると、何とか家族の形を維持しようとしていた自分自身が空しくなった。

 家に居るのが嫌で、逃げるように母方の祖父の家がある伊野島に行った。


 その伊野島の海で、渉は春佳に再会した。12才で亡くなったはずの春佳は、16才になっていた。

 ただ、その時には、春佳本人だと確信は出来なかった。でも、もしかしたらとどこかで思っていた。

 渉はあの事故の後、海を怖いと思っていた。だけど、春佳のおかげでようやく海を受け入れられるようになった。


 だけど、渉が伊野島を離れる前日に、春佳の姿を見たのが最後になった。

 奇跡で出来上がった数日間だと、今でも思う。

 手をつないで、一緒に泳いだ。そして、一緒に海に飛び込んだ。それから、キスをした。

 たしかに春佳は温かかった。生きていた。

 でも、もう春佳はいないのだ。本当に、いないのだ。


 初めて家族になった時のクリスマスイブの日、春佳が言った。

「本当にサンタがいるなら、雪を降らしてほしいって私の願いを、かなえてくれると思うんだよね」

 その時の春佳は9才で、サンタクロースの存在を疑い始めている時だった。

 かく言う渉は10才で、まだサンタクロースの存在を信じていた。

 だから、当然喧嘩になった。


「だって、雪が溶ける間だけ、会いに来るって、お母さんが言ったんだもん」

 春佳の実の母親は、2年前、春佳が7才の時に病気で亡くなっていた。どうやらその時に言われたらしい。

「何で雪が溶ける間だけなんだよ」

 渉が首をひねる。

「クリスマスの時だけ、雪の結晶に魂が映るんだって」

 

 その話を、春佳の母親がどんな気持ちで作ったのかはわからない。

 でも、春佳は、それを信じていた。11才のクリスマスイブにも、ぼそりと呟いていたから間違いない。

 そしてその時には、二人はサンタクロースがいないのを知っていた。

 だけど、春佳は願うように空を眺めていた。


 そして、春佳が亡くなってから、渉は毎年、クリスマスの時期になると、雪を願った。

 春佳に、ほんの少しだけでもいいから、会いたかった。

 2年前の夏、1週間近く一緒に過ごした記憶は、まだしっかりと渉に残っている。あれは奇跡の時間だったんだと思う。


 だけど、まだ会いたかった。

 渉は、言い忘れたことがあった。

 だから、ほんの少しでいいから、会いたかった。


 *


 バイトが終わって、外に出ると、空気が更に凍っているように思えた。

 空を見上げる。闇に覆われた空には、星も月も見えなかった。

「降ってくんねーかなー」

 渉の願いは、クリスマスソングの喧騒に紛れていく。


 叶うはずがない。

 サンタクロースがいるはずがない。

 そんなことは分かっている。それでも、渉は願いたかった。


 渉はため息をつくと、ぐるりと巻いたマフラーに顔をうずめる。

 イルミネーションとクリスマスソングに背を向けるように、駅に向かって歩いていく。

 

 黙々と人を避けながら歩く渉の頬に、冷たいものが触れる。

 渉はパッと空を見上げる。

 白いものが、ひらひらと夜空に舞っていた。


「雪だ」

 渉の周りの人たちも、騒ぎだす。

 渉は体を道の脇に寄せると、降ってくる雪をじっと見つめる。


「キレー」

 どこかで、声がした。

 2年前の夏聞いた、春佳の声だった。

  

「好きだ」

 小さく、呟く。

 雪がひらひらと舞っている。


 渉は手のひらで、雪を受けとめた。

 手のひらに、雪が溶ける。

 

 その上に、水滴が零れ落ちた。


 完  

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