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買収チートで異世界改革物語【金を制する者は異世界をも制する】  作者: 揺蕩もちゆさ
家出娘は鳥籠の中?
8/9

8話 温情【8】

「ぐぅ………ぐご。」


一先ずは事件を解決したという解放感と、肉体的、そして精神的疲労から、宿で泥のように眠った翌朝。

俺を眠りから目覚めさせたのは、いつもの小鳥の囀りでなく、手に伝わる柔らかい感触だった。


「………むにゃ?」


寝ぼけた頭で、ふにふにと感触を確かめる。


「……………。」


ぼやけた視界が澄んでゆくと同時に、状況を把握してゆく。


俺は隣で寝ていたセレナの胸部に手を触れていた。

いや、セレナが俺の手を自らの胸に押し当てていたという方が正しい。


「…………!?」


俺は咄嗟に飛び上がり距離を取る。


「んぅ………ロクト様、お目覚めになられたのですね…。」


セレナは眠い目を擦りながらこちらに微笑んだ。


「す、すまない…っ!寝てる間に…ていうか、これは俺がやったのか…?俺は確か床で寝てたはずで…」


「私を救ってくれた王子様を床で寝かせて、私だけ一人ベッドで眠るなんて出来ませんよ。」


あぁ…やはりセレナが…


って、じゃあセレナが俺をベッドに移動させたのか?

我ながら細身な上、筋肉もさほど付いてない貧相な身体とは言え、セレナはそんなに力持ちなのか…?


いや、魔法で移動させたのか…。

王都の力ある領主の娘さんなら、人ひとり移動させる位の魔法は使えてもおかしくない…か?


役所や冒険者ギルドで事務的に使用されていたものや、俺でも使える念話などの初級魔法。

それ以外の魔法を俺はまだ知らない。

この世界の魔法にどの程度のポテンシャルがあるのかは、ルーシアさんに聞いた話だけではイマイチ想像できていないのが現状だ。

その辺りの見識を今のうちに深めておくのも良いかもしれない。


「なぁ、セレナは魔法って使えるか?」


「一応、程度にですが…。」


「例えばどんなことができるんだ?」


「そうですね、ロクト様、こちらを向いてください。」


「うん?」

セレナが俺の胸に手を当て、目を瞑ったかと思うと、彼女の周囲の景色が僅かに歪み、そのモヤが微弱に発光し始めた。

鮮やかな紺碧(こんぺき)の髪がふわりと宙に浮く。



「《生命の力よ、今一度その身にて現出し、輝きを取り戻し給え》」


俺には理解できない言語で何らかの呪文を唱えると、セレナの周囲の光は俺に向かい、やがて全身を包んだ。


…………。


「…おぉ、少し身体が軽くなった気がする。」


寝起きで未だ取り切れていなかった疲労感と、関節の痛みと身体の気だるさがスゥ…っと身体から取り除かれる様な感覚を覚えた。


「私の血族は、回復系の生体魔法(レゾナント)を得意としています。と言っても、私の才能と実力では、高等級魔法までしか出力できませんが…。」


「今はロクト様の身体は健康なので、例としては分かりにくかったかも知れませんね。」


そこで俺は、ルーシアさんに聞いた話を思い出す

──────

「魔法には、その規模で分類する方法と、性質で分類する方法があるわぁ。」


「規模による分類は一般的に、初等級、中等級、高等級、極大級に分けられるわ。」


「初等級は、魔法の才能が欠落していても、微弱な魔力の滞留である魔力場さえあれば誰でも使える程度の魔法よ。

だから魔法適性値最低ランクのロクトくんも念話や印字なんかは使えるはずだわぁ。」


「中等級は一般人が研鑽を積めば使えるようになる程度。」


「高等級は魔法の才能に恵まれた優秀な血統の人間が使える程度。」


「極大級はその中でも特に優れた血統を持つ一握りの貴族が使える程度よ。」


「結構ざっくり分けられているでしょう?

それだけに等級が違うとその規模も桁違いなの。

一般に認知されてるのはこの極大級までよ。でも魔法には無限の可能性があるから、その上には神話級なんてのも一応定義されているわ。

その実在性や詳細については私も知らないけれどね。ふふふ…」


「そして、性質で分類する方法では…


物質や物理法則に干渉する現象魔法(フィジクス)


生命や肉体機能に干渉する生体魔法(レゾナント)


意識や記憶に干渉する精神魔法(アストール)


炎や雷などを具現する、属性を司る精霊魔法(エレメント)


大体はこの4つに分類されるわ。

例外も数多く存在するけれど、その辺の詳しいことが知りたかったら自分で調べるといいわぁ。」


──────

回復系の高等級生体魔法(レゾナント)…やはりセレナはそれなりに優れた血統の持ち主らしい。


「初めて見たけど、魔法って凄いんだな。おかげで快調だよ。セレナには魔法の才能があるんだね。」


「いえいえ、私なんてそんな……私にとってはロクト様こそ、優しくて賢い、勇敢な英雄様です。」


「………そっか、ありがとう。」


俺はもう、セレナのその認識を否定することはしなかった。



昨晩俺達は、アドニスの下っ端を買収しに行く道中で買った野菜や果物の残りを、二人で分け合ってから就寝した。

それで手持ちの食料も金も完全に底を尽きた。

兎にも角にも王都に赴き、報酬を貰わなければ何も買えない状態だ。

空腹で倒れる前に王都に着かなければならない。


「王都に向かおう。準備は出来ているか?」


「はい…!いつでも出られます。」


俺はアーシスとアドニスに連絡を取り集合場所を伝え、部屋を出た。


────

「おぉあんちゃん、ちっとは元気出たか?」


「はい。お陰様で。これから王都に向かいます。」


「そうか!なら餞別だ。持って行きな。」


ブラウンさんは大きめの紙袋を俺に手渡した。


「これは……」

中には色んな種類のパンと水筒が入っているようだ。

このタイミングで食料を恵んでくれるとは…まさに神の施し…!


「ありがとうございます!助かります!」


「おう。あんちゃんに倒れられちゃ、こっちも大損なんでな。しっかりやんな!」


「はい!」


ブラウンさん……なんて良い人なんだ…

貴方が居なかったら、俺はきっと何も出来ずに野垂れ死にしてたことだろう…。

この恩を返す為にも、俺はこの町を、救ってみせる…!


──────

約束の平地に着くと、アドニス、アーシス、そして領主が送迎用に遣わしたと思われる青漆(せいしつ)の飛竜が二匹、待機していた。


「やっと来たかロクト。」


「待たせて済まない。」


「なぜ私も同行しなければならないのか、その理由を聞かせて貰えるんだろうな?」


「この区にセレナが居ると突き止めたのはアーシスだ。捜索依頼としてはその時点でほとんど解決していた。

少なくとも重要参考人として、出向いた方が良いかと思ったんだが…」


「まあ、そういう事なら同行しよう。」


「ありがとう。それじゃあ──」


俺、セレナ、アーシス、アドニス

この4人が二匹の飛竜に乗るとなると、2:2に分ける必要がある。


セレナとアドニスが一緒になるのは…領主の手前避けるべきだろう。誘拐犯が娘と同じ飛竜に乗って来たら出迎える前に切られるかもしれない。

ここは総合的に考えて俺とセレナ、アーシスとアドニスの二組に分かれるのが良いだろうという話になった。


「二人とも、くれぐれも飛竜の上で喧嘩したりしないでくれよな。」


「私はそんな子供じゃない。」


「…………。」

アドニスは黙って視線を逸らした。


「じゃあ、それぞれ飛竜に騎乗してくれ。」


……と言ったものの、飛竜の背に騎乗して、俺は気づく。


「セ、セレナ…前変わってくれないか?」


「構いませんが…どうかしたのですか?」


「俺、飛竜の操縦とかどうすればいいか分からないから…」


「大丈夫ですよ。移動用飛竜は魔法による命令で制御されています。

既に目的地や経路も命令済ですので、ロクト様は手綱を握っているだけで大丈夫です。」


「魔法で…そうか。魔法って凄いな、そんなことも出来るのか。」


「えぇ。その証拠に、ちゃんと私達が来るまでお利口に待機していたでしょう?」


確かに。


「そうか、なら問題ないな。教えてくれてありがとう。」


恐らく今のはこの世界じゃ一般常識だったのだろうが…それを嘲笑ったりせず丁寧に教えてくれるセレナの優しさに救われた。


あっちの二人は既に飛び立ったようだ。


気を取り直して座り直し、俺は手綱を握った。

すると飛竜は大きな翼をはためかせ、上昇し、大空に飛び立った。


────


す、すごい…飛んでる…

落ちたら確実に死ぬ高さまで来て、俺は風と共に恐怖を感じていた。

怖いけど、楽しい…いや、楽しいけど怖い…!


「すぐに慣れますよ、頑張って下さい!」


俺の身体の震えを感じ取ってか、後ろから手を回し抱きつくセレナは、より強く俺に密着した。

あ、当たってる…!けど今そっちに気を回せる程の余裕が無いのが悔やまれる…!


そ、そうだ…!大事なことを聞き忘れていた…。この局面で思い出すとは…くそ、しかし、王都に着く前に聞いておかなくては…。


「あの、さぁ…。セレナは、アドニスのこと、どう思ってるんだ…?」


「え…?」


「それは……」


しばしの沈黙の後、セレナは語り始めた。


「分かりません…。」


「分からない…?」


「最初は、こんな酷いことをする人が居るものなのかと、絶望と憎しみを覚えました…。」


「しかし、アドニス様は、私を従わせながらも、何度も私に謝ったのです。」


「謝るくらいならこんな事しなければ良いのにと、その謝罪はむしろ私に怒りを覚えさせました。」


「しかし、石の牢獄の隙間から、あの町の様子や往来する人の表情を見て、私は気付いてしまいました。」


「王都に生まれてから何一つ不自由なく生活してきた私などには想像もつかなかった、過酷な世界があることを…。」


「それに気付いてから、食事や入浴、寝所など最低限の生活を提供しようと善処しながら、何度も謝罪の言葉を口にするアドニス様を見ていると──」


「私自身も、あの方をどう思っているのか、分からなくなりました…。」


「おかしいですよね、自分を誘拐した犯人を憎めないなんて。」

セレナは自嘲気味に笑った。


ストックホルム症候群という奴だろうか。

あるいは名家のお嬢様が、見たことも無い貧困区の生活に触れて、同情を抱いたのかも知れない。



アドニスの左腕の傷が直ぐに治っていたのは、セレナが魔法で治したからか…。


…それなら、きっと希望はある。

領主がアドニスに償いの機会を与えるかもしれない。

そして──


ストルブ区を、救ってくれるかもしれない。


しばらくの飛行の後、俺達はついに、王都・グランスワルトに降り立った───




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