6話 真相【6】
「なんだと?」
「だから、「娘」を見つけたんですって。もっと喜んでくれてもいいんじゃないですか?これでアドニスさんも仲介料ゲットですよ。」
「………」
「とりあえず、ストルブ区の商店跡地に来てくださいよ。娘さんと待ってますから。」
「わーったよ。待ってろ。」
──────
俺は商店跡地でアドニスさんを待った。
この場所も過去に放棄された廃施設で、薄暗く殺風景な空間に、石壁の隙間から幾ばくかの光が射し込むのみである。
ぐしゃり
「来たぞ。」
瓦礫を踏みしめる音と共に、アドニスさんは現れた。
「わざわざありがとうございます。……あれ、左腕の傷はどうしたんですか?」
「…あの程度の傷すぐに治る。…で、娘はどこだ?」
「それはこっちの台詞ですよ。」
「あぁ…?」
「僕はアドニスさんが娘を誘拐した犯人なんじゃないかと思ってるんです。」
「なんだよ藪から棒に。依頼者の俺が誘拐って、何の意味があるんだよそれ。」
「僕の想定しているシナリオはこうです。」
「アドニスさんが王都から領主の娘を誘拐して来る。領主は大慌てで王都内を探すも、見つからない。」
「しばらくして、領主は娘が遠い地方に誘拐された可能性を考え、各地に捜索依頼を出す。」
「そしてアドニスさんは、ストルブ区の捜索依頼の仲介人として名乗り出る。この寂れた町じゃ競合相手が居ないから、特に実績がなくても仲介人になれる。」
「そして自らが仲介人になるメリットは三つ。」
「一つ、調査情報のコントロール。依頼を受けた冒険者からの調査報告のうち、何を上に伝えるかは仲介人の裁量に一任される。誘拐者本人が仲介人になれば、不都合な調査情報を揉み消せる。」
「二つ、調査状況のコントロール。調査の進み具合は仲介人の積極性も関係する。娘が見つかって欲しくない誘拐犯が仲介人をやれば、捜索を遅らせることも可能。」
「三つ。調査情報の把握。誰がどこを捜索するか分かれば、先回りして娘を見つからないように逃がすことも出来る。」
「そうやって娘を隠しながら時間を稼いで、領主の提示する報酬が納得の金額まで釣り上がったところで、身内が依頼を受けて娘を発見。領主に娘を献上して報酬金と仲介料を獲得。つまりマッチポンプということです。」
「…終わりか?」
「はい。如何ですか?」
「ガキが考えたお話にしちゃよく出来てるな。」
「…で?まさかそんな妄想を自慢する為だけに呼び出したんじゃないだろうな?」
「アーシスさんはここに似た廃施設で、娘が居た痕跡を見つけたらしいですね。」
俺は彼の発言を無視して証拠提示を始めた。
「しかし犯人は、直前で娘の匿い場所を移動させていた。」
「そして、アーシスさんからの調査報告で『娘が居た痕跡だけ残っていた』と言われた犯人は、証拠を残してしまっていた事を反省し、今度は証拠を残さぬよう、仲間に後始末をさせていた…。」
「あのモップの男はそういうことでしょう?」
「モップ?なんの話だ?偶然にかこつけて俺を犯人に仕立て上げようって魂胆か?そんなことをしてお前に何のメリットがある。」
「偶然?いやいや、明らかにタイミングが良すぎますよ。まるでアーシスさんがその廃施設を捜索すると、事前に知っていたみたいに。」
アドニスさんは顔色一つ変えず至極冷静に、じっとこちらを見ている。
しかし真相を確信してる俺には、内心焦りながら平静を装っている様に見えていた。
「アンタは必ず、どこを捜索するつもりか事前に聞き出そうとしていた。考えてみれば、そんな事する必要ないだろ?」
「さらに、突如解雇されたCランク冒険者…任期が極端に短かったBランク冒険者。」
「彼らの事前申告してきた捜索場所が娘の隠し場所を見事に当てていた。しかし退散が間に合わないから、彼らを解雇した。違いますか?」
「…どこを捜索するか事前に聞くのは、他の依頼従事者と担当場所が被ったら非効率だから、それを管理する為だ。」
「悪くない言い訳思い付きますね。でもこれで終わりじゃないんですよ。」
「……お前はどうしても俺を犯人にしたいみたいだな。」
「何が、『あと2、3週間も待てば』なんだ?」
「はぁ?」
「冒険者ギルドの応接室に、あんたが入室しながらしてた念話の内容だ。」
「あと2、3週間もすれば、領主が焦ってさらに懸賞金を釣り上げるはず、それまで待て。
そんな話でもしてたのか?」
「ふん、それもこじつけだな。よくある会話の内容を陰謀論に結び付けただけ、なんの証拠にもならない。」
「まだ自白してくれないのか…。」
「自白も何も、全部お前の妄想だろ?」
「なら仕方ない。決定的な証拠を突き付けるしかないようですね。」
「決定的な証拠…?」
「あぁ。それは──」
「なんでこの区に娘が居ると判明したのに、捜索依頼を受けてくれる冒険者を待つ、なんて消極的な対応を取り続けてる?」
「どういう意味だよ。」
「この区に娘が居るってことはアーシスさんが突き止めただろ。それが領主に知れれば、人員を大量投入して探し出すはず。」
「しかし実際にはそんな動き一切見られない。
まるでこの区に居るなんて露ほども思ってないみたいにな。」
「考えられる理由は一つしかない。
娘がストルブ区に居た痕跡有りって調査報告を、仲介してるアンタが握り潰したからだ。」
「つまり、容疑者はあんたしか居ない。
仲介人、アドニス・ウォーカー。」
「フッ………」
「フハ……ハハハ…」
さっきまで冷静だったアドニスは、ついに反論ではなく、笑いで返した。
「…………」
「……だとしたら、どうする?」
「…ようやく本性を現したか。」
「俺が誘拐犯だとして、お前がそれを領主に告発してどうなる?」
「娘の隠し場所を知ってるのは俺だけ。その俺を告発すれば、お前は娘の隠し場所を知る機会を完全に失う。」
「お前の言う通り、娘がストルブ区に居ると領主に知れれば、人員を大量に派兵していずれは見つけ出すだろうが…」
「それじゃ結局お前に報酬金は入らない。お前は借金を返せず、自らが結んだ契約により破滅する。」
「互いに損しかしないぞ?どうする?その身を犠牲に正義を貫くか?」
こいつ…俺の借金のことを……どこから…!?
くそ……そこを突かれたらお手上げだ……
…やりたくは無かったが、あれをやるしかない…。
フィーーーーーーッ!!!
俺は指笛を鳴らした。
「なんの真似だ…?」
くしゃり…くしゃり…
瓦礫を踏みしめる軽い音と共に現れたのは
「────リコ…?」
「パパ……。」
心配そうな表情を浮かべた、5歳程の幼女だった。
「…貴様まさか、リコを人質に取るつもりか?ブチ殺すぞ…?」
「いいや、違う。アンタの娘を探してきてやったんだ。」
「はぁ?リコはずっと家に────」
男の言葉を遮って、二人の頭上に一枚の光る紙が降りて来た。
「これは……」
「──契約だ。」
「契約…?なんでそんなもんが今…」
「俺が『娘』をアンタの前に連れてきたから、俺の契約条件が満たされたんだ。」
〜契約〜
甲:アドニス・ウォーカーは「娘」を探す依頼をし、乙:ロクトがそれを引き受けた。乙が甲の目の前に「娘」を連れて来たら依頼達成とし、甲は乙に約束の報奨金百萬ゴルドを支払う。
「あぁ?その契約の『娘』ってのは、領主の娘の事だろ?」
「いいや。この文面は客観的に見たらアンタの娘を探してくる契約としか解釈できないものだ。」
「は…はぁ…?そんな詐欺みたいな契約がまかり通るわけ──」
浮遊する契約書の纏っていた光は、アドニスの体に飛びつき、収束した。
「これであんたは100万ゴルド支払う強制力を負った。今は持ち合わせがないから影響しないだろうが、完済するまで今後、金を得る度に俺に献上する永続的な呪いだ。」
俺は気付いていた。信用を得る以外の、この権能のもう1つの使い道に──
法契約とは違う。どんな手を使ってもいい。
相手の同意さえ掠め取れれば、絶対服従させる「詐欺師」の権能。
「悪く思わないでくれ…。恨むのなら、こんな権能を創造した神を──。」
「ぐ…ぎぎ……ふざけるなぁぁあああッ!!」
アドニスは激昴し、腰からナイフを抜き、俺に襲いかかった。
ガキィンッ──!!
しかしそのナイフは俺を傷付ける事無く、弾け飛んだ。
「な、…!?」
そのナイフを弾いたのは、一瞬の間に戦場に躍り出た、剣聖────
「アーシス…!?貴様、いつからそこに…!?」
──────
1時間前のこと。
俺は最後のピースを揃える為、念話を使ってアーシスさんに連絡を取った。
「こちらアーシス」
「ロクトです、今お時間ありますか?」
「あぁ────っ問題ない。今ちょうど熊をサクった所だ。」
「…て、それより…昨夜は済まなかった…。体調は大丈夫か?」
「なんとか。それで、アーシスさんに頼みたいことがありまして。」
「アーシスでいい。あの醜態を晒した後で敬語で話されるのも、却って変な気分になる。」
「じゃあ、アーシス。護衛を依頼したい。」
「護衛?構わないが、どこへ行くつもりだ?」
「家出娘を、見つけに行く。」
「…?分かった。それくらいお安い御用だ。」
「もちろん報酬は払う。」
「必要ない、ロクトには貸しがあるからな。」
「それは元々、情報提供でチャラだ。アーシスは記憶飛んでるかもしれないけど。」
「そ、そうか…。なら有難く頂戴する。全身全霊を以てお前を守ろう。」
──────
アドニスの犯行を暴き、契約で追い詰めたら、実力行使で俺に襲いかかって来ることは容易に想像出来た。
だからこそ必要だった、最後のピース……
Aランク冒険者の買収──100,000ゴルド。
これでジャスト50万だ────
「アドニス貴様…よくもこの私を騙してくれたな………!!」
「くそ……」
全く隙がなく、一つも無駄のない洗練された動きでアドニスに接近し、
一瞬の内に、反撃の気さえ起こさせぬほど完璧な詰みの盤面を作り上げたアーシス。
これが…Aランク冒険者……
当事者でない自分も、見てて思わず固唾を飲む。
「格上を罠にかける度胸は褒めてやるが──斬られる覚悟は出来てるんだろうな?」
「……………ッ」
「…………?斬らないのか…?」
「…あぁ。ロクトからの指示だからな。」
アーシスは渋々と言った様子で剣をさやに収めた。
「そうか、俺が死んだら、100万の支払いが出来なくなるからな。」
「違う…。俺は元々お前を殺すつもりなんてない。」
アドニス・ウォーカーは諦観した顔でこちらを見た。
「………パパ、パパ。」
「リコ……。」
幼女がアドニスに擦り寄り、アドニスが頭を撫でた。
「なあ…アドニスさん。あんたはなんで、こんなことしたんだ…?」
「なんで…だって…?」
「お前、人が悪事に手を染めるのに、必ずしも御大層な目的があると思ってるのか…?」
「それは……」
「パパ……パパ……。」
アドニスの娘──リコは、しょんぼりした顔で父に弱弱しく抱き着いた。
「お腹空いたよ……。」
「…………これが答えだ。」
「アドニス……」
ふーーーっ
…と、アドニスはため息を吐き、語り始めた。
「この町じゃあ生産性のあるスキルか戦闘の才能か、或いはコネか元手の金か…何かしら持って生まれなきゃ、職に就くことすら出来ねぇ…。」
アドニスは娘の頭を撫でながら続けた。
「妻はいつまで経っても職に就けない俺を見限って消えた…。
リコはいつも腹を空かせて泣いてた…。」
「全部、俺が何も持たずに生まれたのが悪いんだ。」
アドニスのその言葉を聞いて、俺は、ようやく、理解した。
この男のことではなく、自分の事を。
自分がしてきたことを。
自分という人間の正体を。
「どんな理由を並べても悪事が正当化されることは無いってのは分かってる。
だが、極限まで追い詰められた人間には『そうするしか無かった』…としか言えねぇ。」
「悪かったな、崇高な目的の為じゃなくて。」
「あぁ、別に、だから許してくれなんて思ってねぇ。殴りたきゃ殴れ。」
アドニスの自嘲気味な態度を見て、アーシスは胸ぐらを掴み、拳を握った。
「アーシス……!」
「…なんだ、ロクト!止めるな!私はこう言う卑怯者が一番許せないんだ…!」
「アーシス………頼む……。やめてくれ……。」
「殴るなら、俺を殴ってくれ………」
「…は?」
アーシスは拳を下げ、アドニスも怪訝な顔でこちらを見た。
「なんでお前が殴られるんだ、偽善者ぶってんのか…?」
「……………。」
偽善なんかだったら、どれだけ良かっただろうか。
「だって………俺はあんたと………」
「同類だから……」