4話 調査【4】
「それで、まずは何処を調査するんだ?」
「それはこれから考えます。」
「はぁ?そんな行き当たりばったりで見つかるわけねぇだろ。計画性ってもんはないのか?」
「闇雲に探してもそれこそ運頼みです。まずは聞き込みをして、周辺情報を固めます。」
「そうかよ。じゃ、捜索先にアタリが付いたら、まずここに連絡をくれ。」
そう言って仲介業者の依頼人、アドニス・ウォーカーは1枚の札を渡し、立ち上がった。
この札は連絡先なのか…なるほど、ルーシアさんにもこれで念話出来るってことか。
残り472,500ゴルド。
ここからが本番だ。この金を使って必ず「娘」を見つけ出さなければならない。
俺は資料に目を通すふりをして、アドニスがギルドを出るのを待った。
────
あえて時間を置いてから、俺は応接室を出、受付嬢に話をした。
「話は付けた。手続きを頼む。」
初対面の時とは大分態度が違うが、ここは演技でも舐められない態度を取るしかない。
「畏まりました。こちらにサインして下さい。」
「…なぁ、今の時間、受付はあんた1人か?」
俺はサインを書きながら尋ねた。
「えぇ。まだ客入りの少ないお昼ですから。」
「…この依頼って、1週間前から張り出されてるよな。他に受けた奴は居ないのか?」
「居ますよ、何人か。」
「その冒険者の情報を教えてくれ。」
「顧客情報を流すことは出来ません。」
だろうな。
俺は軽く周囲に人がいないか見回してから、懐から金を取り出した。
「……10万で売ってくれ。」
「…ナンパですか?」
「ちげぇよ!依頼を受けた冒険者の情報だよ…!」
俺は小声のまま声を荒らげた。
「いや、しかし…」
「大丈夫。いきなり連絡したりしない。住所から近くの酒場でたまたま会った体を装う。あんたの事はバレたりしない。」
「…………。」
「あんた、昨日も一人で切り盛りしてただろ?」
「………」
「この貧困区じゃ無理もない。俺も困窮してるから気持ちは分かるつもりだ。」
「これで美味いもんでも食ってくれ。」
受付嬢は暫し悩んだ後、顧客情報が書かれた紙に左手を、白紙に右手をかざして複写し、3枚ほど折りたたんで俺に差し出した。
「ありがとう。依頼達成したら、一緒に美味いもん食いに行こう」
「…………。」
俺は10万ゴルドを差し出し、その場を後にした。
残り372,500ゴルド
金の使いどころはここで合ってるはず。
これまでも何人かこの依頼を受けているのに、未だ達成されていない。
それを俺が0から調査したところで、あと8日以内に娘が見つかる確率はかなり低い。
だから、依頼を受けたことのある人から調査結果を聞き、その続きから調査する。これしかない。
──────
ギルドを出て、受け取った顧客情報を確認する。
Aランク、Bランク、Cランクの冒険者が一人づつ…
しかし、このBランク冒険者には期待できない。依頼に従事していた期間があまりに短い。恐らく直ぐに匙を投げたのだろう。
Aランクと、Cランクの冒険者に話を聞こう。
Aランク冒険者、名前はアーシス・セネット…女性。
Cランク冒険者、名前はフィル・ドーランド…男性。
彼女らの情報を頭に入れ、俺は資料を焼却処分した。
彼女らが酒場に来るとしたら夜だろう。
今日中に二軒回るのは厳しそうだが…何にせよ彼女らの住居近くには行く必要がある。
まずはAランク冒険者の方だ。
俺は地図を見ながら、タルダー区に向かった。
────
案内標識を頼りに、歩いて約30分程度。
目的のタルダー区に着いた。
元いたストルブ区よりは幾分栄えてるように見える。
まだ日が落ちるまで時間はある。その間に調べられることは調べておこう。
俺は下調べも兼ねて、酒場に足を運んだ。
──────
カランコロン
まだ昼間だと言うのに、仕事終わりのテンションで酒を囲って大声で談笑している中年が3人。
この中に割って入るのは勇気がいるが…躊躇している暇はない。
「すみません。」
「んぁあ?どうしたにいちゃん、一緒に飲むか?」
「やめとけって、まだガキじゃねぇか!ガハハ」
「お聞きしたいことがありまして。」
「なんだよ、言ってみ?おっちゃんが知ってることなら答えてあげるよ。」
「アーシス・セネットという冒険者をご存知ですか?」
「あぁん?たりめぇだろ、この辺じゃ知らねぇ奴は居ねぇ、剣聖の嬢ちゃんじゃねぇか。」
剣聖……そんな大仰な肩書きが付けられる程腕の立つ冒険者なのか。
「その人は今何処へ?」
「さぁな、まあでも、今日もどこかで剣を振るって人助けじゃねぇか?」
「なんだお前、アーシスちゃんに用があるのか?口説くのは辞めといた方がいいぜ、近寄った下衆の骨が折られる所をもう何度見たことか、ガハハ!」
「そんなに気難しい方なんですか…?」
「いやぁ、普段は真面目な良い子なんだけどな。酒好きの癖に酒が入ると人が変わっちまう。」
「それをお前が言うか?ガハハ」
「…分かりました。」
普段は真面目で人助けが日課の剣の達人だが、酒好きで酒が入ると気性が荒くなる女冒険者…って、会う前からものすごい強烈なキャラ付けがされてるんだが。
聞き込みをするなら酒が入る前がいい…骨折られたくない…!
有名な冒険者というなら、酒場でたまたま会った体を装わなくても、話かけるのは不自然じゃない。
ここは、彼女の住居から最寄りの酒場にヤマを張って、早めに待ち伏せさせて頂こう…
────
酒場で待つこと3時間くらい。
そろそろ日が落ちてくる頃だ。アーシスさんは現れるだろうか…
カランコロン
「おっ!アーシスちゃんいらっしゃーい!」
キターー!アーシスちゃん来た!!
「どうする?今日は何から行く?」
「取り敢えず銀ウォッカ、お願いします。」
あの人か…
黒髪ロングでストレート、凛々しい顔立ちに高めの身長。腰には長剣を携えている。冒険者というより、一人の完成された騎士の様な出で立ちだ。
立ち振る舞いも洗練された騎士そのもの、この人が酒に乱れる姿なんて想像も付かないが……いかん、酒が入る前に聞き込みだ。
「すみません、アーシス・セネットさんですか?」
「如何にも、私の事だが。君は?」
「僕はロクト、ただのFランク冒険者です。」
「実はとあるクエストの事についてお聞きしたくて…」
「ほう?」
「『家出娘の捜索』、以前お受けになりましたよね?」
「あぁ。あったなそんな依頼。」
「娘さんについて何か情報を知っていれば教えて頂けませんか?」
「なんだ、君も受けているのか?」
「はい。」
「そうか。確かに、報酬100万ゴルドには私も目が眩んだ。しかし、これは私の仕事ではないと気づいた。」
「と、言うと?」
「私は剣士だからな。人を探してあちこち駆け回るような真似は性に合わないと気づいて、依頼を降りた。やはり私は剣を振るってこそ私なのだ。」
「それまでに何か収穫はありませんでしたか?」
「そうだな、娘が居ただろう痕跡は掴めた。が、それだけだ。」
「痕跡?」
「あぁ。とある廃施設に捜索に行った時、最近使われたと思われる薪が落ちていた。」
廃施設で、薪…?
「それは不自然ですね…。でもそれだけじゃ、娘さんが居たかどうかは」
「その通りだ。そして私は気になって周辺を調べるうちに、青い髪が数本落ちているのを見つけた。」
青い髪……なるほど。『娘』が居た証拠か。
「この辺りに青髪の者が居るなんて話は聞かない。恐らく娘さんは一時、そこに居たのだろう。それはつまり──」
「誘拐…ですね。」
「あぁ。恐らくな。」
しかも、犯人は拠点を定期的に移動するタイプらしい。
「しかし、薪の件からしてつい最近まで娘はそこに幽閉されていたのでしょう?あと少し早ければ見つけられていたと思うと…」
「あぁ、時の運がなかったな。少しタイミングがズレただけで100万を逃したと思うと、もどかしい。」
「はいよ、銀ウォッカ一丁!」
酒場の店主が大きなジョッキに入った灰色の飲み物をアーシスさんに振舞った。
アーシスさんはぐび…ぐび…と喉を鳴らし、一気飲みしている。
大丈夫かな…。ていうか銀ウォッカってなんだ、あの銀色の液体は飲んでも大丈夫なものなのか?
「…しかし安心しましたよ。この区に居ない可能性もありましたから。この辺りに居たって分かっただけでも──」
「っあーーーー!!」
「アーシスさん…?」
「くそ……やってらんねぇよ、なぁ?だから俺は降りたんだよ、あんなクソ運ゲークエスト誰がやってやるかってんだしょうもない…マスター!銀ウォッカ追加ぁ!」
俺…!?
流石に一瞬でキャラ変わりすぎじゃない!?
「ロクトっつったか?あんたも辞めときな?人探しなんて下らない、人間なんて剣が振れればそれでいいんだよ、なぁ?……うっぷ…」
「そ、そうですね…情報提供ありがとうございました、それじゃあ僕はこの辺で──」
「待ちなって、そらないでしょあんた。」
肩を掴まれた、しかもめちゃくちゃ力が強い…!
俺は渋々席に着き直した。
「この俺に吐かせるだけ吐かせて帰ろうとするなんて、アンタ中々度胸あるな?おん?ひっく。」
「いや、はは、冗談ですよ、ははは…」
「気に入った!あんたも飲みな!しばらく付き合え。」
この世界じゃ16歳は成人してるらしいし、飲んでも法的には問題ないんだろう。
しかし、今酒に飲まれて記憶が飛んだら、聞き込みが水の泡に…!
「飲むよな?」
アーシスさんはニコッと笑いながら俺の肩を掴んだ。
「…………はい。」
「マスター!銀もう一丁!!」
Aランク冒険者に凄まれたら断れる訳もなく、俺は渋々アルハラを受け入れたのだった。
──────
「うぷ……吐きそ…マジでもう無理……吐く吐く………」
「あ?もう一杯?マスター追加ー!」
あれからどれくらい時間が経ち、何杯飲んだかもう記憶にない。
今はただ、胃と喉が焼けるような感覚と、頭の鈍い痛みと、今にもリバースしてしまいそうな吐き気しか僕の中には存在してない。
焦点が定まらず視界がぐわんぐわんする…真っ直ぐ座っていることもままならない…
もう、このまま倒れ込んでしまおう……
バタリ
そして俺は、二度目の記憶喪失になった。