表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青葉闇奇談  作者: 黒崎リク
冬の章
25/29

序 冬の訪れ


冬の章、はじめます。

年の瀬から立春まで、昭和初期の昔懐かしい暮らしと共に、少し奇妙で怖い話をお届けできれば。





「え? スミちゃん、正月は帰らないのかい?」


 栗ごはんの三杯目のお代わりを受け取りながら、先生は目を丸くした。

 綺麗な形の目は、醤油風味の甘めの出汁で炊き上げたご飯の中にある、大きな栗のように丸くなっている。

 艶やかな大きな栗は、近所のおばあさんから貰ったものだ。ほくほくと甘く、上手に炊けたとスミは自画自賛した。

 自分の茶碗に入った栗を見ながら、スミは頷く。


「はい。夏に帰らせていただきましたし」

「でも、お正月だよ。ご家族も楽しみに待っているだろうに」

「去年帰らせてもらった時、線路が大雪で埋もれて、汽車が止まって大変だったんです。なので、今度からは夏に帰るようにすると家族にも伝えてあります」


 そう、先生の家で女中奉公を始めたばかりの昨年は、年の暮れに実家に帰らせてもらったが、汽車は大幅に遅れ、駅から村までの道のりも大変だった。

 その経験を踏まえて、夏の藪入りで帰った時に母と相談し、雪の少ない時期に帰ることにしたのだ。弟妹達は残念がっていたが仕方ない。


「そっかあ……」


 先生はどこかソワソワとした様子で、栗を箸でつつく。


「あの、先生、もしかして年の暮れはご実家に帰られるとか……」

「まさか! あんな堅苦しい家で年越しなんてしたくないよ。親族への挨拶でちっともゆっくりできないし、そもそも勘当された身だし、帰ったところで追い返されるだけだし」


 先生は首をぶんぶんと横に振る。そして、大きな栗ごとご飯を頬張った。もぐもぐと咀嚼して飲み込んだ後、頬を緩ませる。


「うん、おいしい」

「それはようございました」


 栗ご飯のおかげか、普段はお菓子ばかり食べる先生も、今日は箸が進み、鯖の塩焼きも小松菜のお浸しもしっかりと食べている。しかもご飯は三杯もお代わりした。

 食べ過ぎて腹をさする先生に、熱いほうじ茶を出せば嬉しそうに受け取る。

 ふうふうと吹き冷ましながら、「そっかあ」とまた口に出して一人で何度か頷いた。


「どうされましたか、先生」

「いや……誰かと一緒に年越しをするのが、久しぶりなもので」


 何だかとても楽しみだよ、と先生ははにかんだ。

 湯呑を両手で子供のように持つ先生をスミは目を丸くして見た後、どんと己の胸を叩く。


「先生! それなら、とても良い年越しにしましょう!」

「え、どうしたの、スミちゃん。急に張り切って……」

「良い年を迎えられるよう、精一杯頑張らせていただきます! このスミに準備は任せて下さい」

「そこまで頑張らなくてもいいのだけど……ええと、じゃあ、程々によろしく」

「はい! 楽しみですね、先生」


 スミの勢いに押されながらも、先生は目を細める。


「うん、楽しみだね」


 ほうじ茶の白い湯気が、二人の間に温かく流れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ