序 冬の訪れ
冬の章、はじめます。
年の瀬から立春まで、昭和初期の昔懐かしい暮らしと共に、少し奇妙で怖い話をお届けできれば。
「え? スミちゃん、正月は帰らないのかい?」
栗ごはんの三杯目のお代わりを受け取りながら、先生は目を丸くした。
綺麗な形の目は、醤油風味の甘めの出汁で炊き上げたご飯の中にある、大きな栗のように丸くなっている。
艶やかな大きな栗は、近所のおばあさんから貰ったものだ。ほくほくと甘く、上手に炊けたとスミは自画自賛した。
自分の茶碗に入った栗を見ながら、スミは頷く。
「はい。夏に帰らせていただきましたし」
「でも、お正月だよ。ご家族も楽しみに待っているだろうに」
「去年帰らせてもらった時、線路が大雪で埋もれて、汽車が止まって大変だったんです。なので、今度からは夏に帰るようにすると家族にも伝えてあります」
そう、先生の家で女中奉公を始めたばかりの昨年は、年の暮れに実家に帰らせてもらったが、汽車は大幅に遅れ、駅から村までの道のりも大変だった。
その経験を踏まえて、夏の藪入りで帰った時に母と相談し、雪の少ない時期に帰ることにしたのだ。弟妹達は残念がっていたが仕方ない。
「そっかあ……」
先生はどこかソワソワとした様子で、栗を箸でつつく。
「あの、先生、もしかして年の暮れはご実家に帰られるとか……」
「まさか! あんな堅苦しい家で年越しなんてしたくないよ。親族への挨拶でちっともゆっくりできないし、そもそも勘当された身だし、帰ったところで追い返されるだけだし」
先生は首をぶんぶんと横に振る。そして、大きな栗ごとご飯を頬張った。もぐもぐと咀嚼して飲み込んだ後、頬を緩ませる。
「うん、おいしい」
「それはようございました」
栗ご飯のおかげか、普段はお菓子ばかり食べる先生も、今日は箸が進み、鯖の塩焼きも小松菜のお浸しもしっかりと食べている。しかもご飯は三杯もお代わりした。
食べ過ぎて腹をさする先生に、熱いほうじ茶を出せば嬉しそうに受け取る。
ふうふうと吹き冷ましながら、「そっかあ」とまた口に出して一人で何度か頷いた。
「どうされましたか、先生」
「いや……誰かと一緒に年越しをするのが、久しぶりなもので」
何だかとても楽しみだよ、と先生ははにかんだ。
湯呑を両手で子供のように持つ先生をスミは目を丸くして見た後、どんと己の胸を叩く。
「先生! それなら、とても良い年越しにしましょう!」
「え、どうしたの、スミちゃん。急に張り切って……」
「良い年を迎えられるよう、精一杯頑張らせていただきます! このスミに準備は任せて下さい」
「そこまで頑張らなくてもいいのだけど……ええと、じゃあ、程々によろしく」
「はい! 楽しみですね、先生」
スミの勢いに押されながらも、先生は目を細める。
「うん、楽しみだね」
ほうじ茶の白い湯気が、二人の間に温かく流れた。




