第5話 シンデレラは恋をする【出会い】
(もうダメだ)
絶望を感じながらも、わずかな生の望みにすがり、少女は都会の闇を走っていた。
どれだけ走ったのだろう。
足は言うことをきかず、どれだけ呼吸しても、体が酸素を欲していた。
少女は追われていた。
これまでも何度か危険な目にはあってはいたが、今回はとびきり危険であった。
ただ、そこにあるだけでも尋常ではない魔力を放っているのを少女は視ていた。
今の少女では勝てない、それがわかっていたから逃げた。
だが、その逃走劇もやがて幕を下ろす。
彼女の足がもつれ、転倒したのだ。
あわてて立ち上がろうとするが、足首に激痛を感じ、少女は座り込んだ。
おそらく転倒した時に足首を捻ったのだろう。
なんとか歩くことぐらいはできるだろうが、この足では逃げ切ることは不可能であった。
少女は後ろを振り返った。
「無駄に、走らせやがって」
そこには、身長が2メートルはありそうな上半身裸の巨漢がいた。
眼が血走り、その額から角を生やしている。
『鬼』であった。
ここは裏通りの一角、誰も通らないとみて、本性を露にしたのだ。
少女を、彼女を喰らうために。
「ああ……」
彼女は死を覚悟し、自分の姿を見た。
深夜、近所のコンビニによるためだけに外出したのでスウェット姿であった。
しかも、路地裏の汚物やごみが散乱している場所で転倒したため、かなり汚れていた。
(死ぬ時なのに、こんな格好なんて)
どうせ死ぬのなら、もっと綺麗な服を来て死にたかった。
『香流子よ、町へ行き生きよ、そうすれば、きっと運命の人に会えるぞい』
別れ際の祖父の言葉を思い出す。
少女は夢見ていた。
半端者である私を幸せにしてくれる王子様の登場を……
……だけど現実には王子様はいない
それに今の少女は、灰まみれの眼鏡美少女
パーティドレスを着て、ガラスの靴をはかなくちゃ、王子様だって気付くはずがない
鬼が右腕を振り上げるのを見て少女は安心した。
どうやらこの鬼は少女を殺してからその肉体を喰らうつもりのようだ。
生きながら食べられることはないようだった。
少女が死を覚悟した刹那、鬼の体が真横に吹き飛んだ。
「え」
少女は驚きの声をあげる。
今まで鬼がいた位置には、長身の少年の姿があった。
その手には、純白の刀身の剣が握られている。
おそらく、彼がその剣で、己よりも遥かに体格のまさる鬼を吹き飛ばしたのだろう。
「大丈夫か?」
少年は少女に尋ねる。
その時、少女は幻視する……
紅の聖剣を構え、黄金の甲冑をまとい、聖剣を構えた少年の姿を。
その姿は清冽であり、神々しく、そして猛々しい。
例えるならば、それは太陽であった。
「陽光の王権」
少女は思わず呟いていた。
少女は少年の顔を見る。
鋭く闇を見つめ、敵を探し、滅する強い意志の宿った瞳
その額には、黄金の額冠が装着されて………
「おい、大丈夫か」
少年の言葉に少女は我に返った。
そこには鎧をまとった少年の姿はない。
ブレザーの制服を着た少年がいるだけであった。
その手に持つ剣も、紅く輝く鋼ではない、その刀身は金属ではなくプラスチックでできているようだった。
「なんだてめえは!」
起き上がった鬼が怒鳴り声をあげる。
その顔の左頬が赤く腫れ上がっていた。
だが、それだけであった。
少年のもつ剣には刃がついていないのだ。
彼の持つ偽物の剣では打撃は与えても切断することできない。
剣の形をしているとはいえ、ただ硬いだけの棒であった。
「なんだ、そのまがい物は? そうかお前が………」
鬼はさらに言葉を続けるが 、少女には聞いていなかった。
(綺麗で、強い瞳)
なぜなら彼女は少年の顔を、その強き意志を宿った瞳を見つめていたからだ。
(覚えている)
少女のなかで囁く声がする。
彼女は再び幻視する。
だが、それは先ほど見た王の姿ではない。それとは正反対の……
「おい貴様ら、聞いているのか!」
鬼が叫ぶ。
だが、少女は少年を見つめたままであった。
そして、少年もまたじっと彼女を見つめていた。
その瞳は、少女を、眼鏡越しでもはっきりわかる彼女の美しい漆黒の瞳を見つめていた。
互いの視線が絡み合う。
言葉にできない思いが絡み合う。
「なめてんのか!」
激昂した鬼が少年に近づき、その巨碗を振るう。
だが
「邪魔だ」
まさしく鎧袖一触
鬼の爪が触れようとする刹那 、鬼に向かって迅雷の速さで剣が横一文字に繰り出される。
先ほどとは異なる
鬼の体が瞬く間に塵にかえった。
「もう大丈夫だ」
鬼よりも険しい少年の口もとに、微かだが笑みが零れる。
厚い雲の切れ目から不意に現れる月のような柔らかさのある輝き
その笑みに少女は一瞬見惚れて……
恥ずかしくて俯いた。
彼から視線を外したのに、心臓の鼓動は早いまま
貌は紅潮し、少女は何も言えなかった。
そう、彼女は今……
……恋に落ちた。
【作者からのワンポイント解説!】
★パイロット版の初デートの1週間前、2人が出会ったころの話です。
★鬼はモブです。
★陽光の王権とは何か、簒奪された王権との関係は……
★書きためていないので次回は未定
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