古本屋
インターネットで広まった都市伝説、心霊写真、凶悪犯の写真などを集めて作った本がある。
名前は本当のホラー画像。
でも一般的なホラーだけじゃなく、カルト的なものも載っているため面白いと噂が流れていた。
しかし同時に、余りにも危険すぎて出版社が本の倍の値を出してまで回収しているという噂も流れていた。
読みたいとは思うが僕の自宅周辺の本屋はボケかけた親父が切り盛りするような店しかない。そんな本を見る機会はないと思っていた。
それは突然だった。
いつも立ち寄っている古本屋にあったのだ。
昨日までは確かになかったから、最近売られたものだろう。
僕は手にとる。
表紙からいかにも嫌な雰囲気がたちこめる。
なんとなく詳しく読む気持ちにはなれなかった。
ゆっくりではあるがパラパラと目を通す。
ページを開いただけで肩がすくむような写真があったり、逮捕後なのに不気味な笑顔で写る連続殺人鬼がいたり。
覚悟が出来ていたらもう少し普通に読めただろうが僕には無理だった。
最後のページまでめくり終えたらそのまま本を閉じ、棚にしまった。
翌日、僕はまたもあの本の前に立っていた。
覚悟を決めたのだ。
ただ隅々まで読むのではなく、興味をそそられたものだけ読む。
結局僕がビビりなのを隠して妥協したように見せかけただけだ。
なんの念か分からないが、念のためにMP3で音楽をかけながら。プレーヤーにはジャケットが写り、最近有名になってきた女性スリーピースバンドの曲がかかっている事を示していた。
手にとる。
見ると死ぬCMや、恐怖のブラクラは見ない。
あくまで興味があるのは凶悪犯や、ストーカーが送ったビデオ映像など現実的な人間の恐怖だ。
それっぽいページを開いて読む。
力みながら読んでいるからか少ししか読んでいないのにすごく疲れた。
5ページ程しか読んでないがこれ以上読む気が失せて、その日も帰った。
今日は全てを詳しく読むつもりでいた。
心霊ものが好きな友人を連れて本屋に行く。
仮に友人はAと書いておこう。
この本が世に出た話はAも知っていたから、見つけたと言っただけでついて来てくれた。
僕もAを連れて来たら読まない訳にはいかないとおもったからだ。
なぜそうしてまで読みたいと思ったのかは分からない。
興味があるのに恐怖心で読めないのが悔しかったからかもしれない。
これだよ、と本をAに出す。
マジだよー!すげぇ!!と嬉しそうに本を受け取る。
表紙から1ページずつめくっていく。
この本を手にとるのは3回目だというのに、見たことない写真が沢山あった。
Aは面白ぇなぁとページをめくっていく。
半分程読み進めた時、あの絵はでた。
Aが特になにも思う事なく次のページをめくった為にはっきりとは覚えてないが、緑の壁で手前に椅子と生首があったように思う。
『3回見ると死ぬ絵画』
そんなタイトルだった。
僕がこの絵を知ったのは今だけど、この本を手にとったのは3回目だ。
知らない間に3回見てないだろうか。
見ている可能性は五分五分くらいだとおもう……。
Aは読みつづけたが、僕は他の本を見てるから、とその場を離れ、店内をうろうろしながらも頭の中はさっきの絵画の事でいっぱいだった。
そんな噂話を信じるのは馬鹿らしいが、嘘だとしても言われた方は気分が悪い。
でも気にするほどの事じゃない。
自分に言い聞かせた。
15分程、紛らわすために普段読まないスポーツ漫画をよんだ。
すげー、この卓球部。
そうするとAが本を読み終えたらしく、満足そうに来た。
本屋を出ると、いきなりAと別れて帰ることになる。
まだしっかりと読めたわけじゃねえから、またこの店に来るときは誘えよ!
Aは元気だった。
僕はろくに返事もせずにじゃぁ、とだけ言って別れた。
帰り道というのは気を紛らわす道具が無い。
MP3はBGMにしかならない。自然とあの絵が思い出される。
見たのは一瞬なのに頭から離れない。
耐え切れずにさっき別れたAに電話した。
たわいない会話だった。
さっきは楽しかったとか、なんで回収されてなかったんだろうとか。
話の中心はあの本だったが、あの絵については忘れていた。
家が見えてきた。
車が来るのが見え、僕は交差点を走って渡り、電話を切ろうとした。
「そんじゃ、家についたから切」
最後まで言ったが最後は衝撃音に掻き消された。
驚いて振り向くと、夏の晴れた夕方にもかかわらずスリップした車が僕の50cm後ろを横切りガードレールにぶつかった後、横転した。
あの時話に夢中になって交差点で走っていなかったら当たっていた。
そう思うと立っていられなくなり、その場に座り込んだ。
「はずした」
聞いたことのない女の声が携帯から聞こえた。
ぶつっ
「…ょーぶか!おい、大丈夫か!?」
通信が切れた音と共に、Aの怒号ともとれる声が耳をついた。
「あ…あぁ、大丈夫。真後ろで事故があった」
ふと気づくと左手から血が出ていた。
車がぶつかった時に飛んだ破片で切ったのだろう。
「悪い、ちょっと怪我した。切るわ」
「おぉ……分かった」
多分Aも状況が知りたかっただろうが(野次馬根性を十分に備えた奴だ)、僕の声の雰囲気で何かを感じたのか、すぐに電話を切った。
事故が起きた、というより僕がへたりこんだのがちょうど家の前だったから窓から覗いた親が驚いて飛んできた。
事故に遭ったわけじゃないと親に説明して(切り傷だけで救急車に乗りたくなかったし)父親と兄貴の肩を借りて立たせてもらった。
横転した車から出てきた人は鞭打ち程度らしく、すぐに僕に駆け寄った。
僕は大丈夫です、とだけ伝えて後の説明は母親に任せて治療の為に家に行った。
絆創膏1つだけの小さな傷だったが、精神的に動けなくなった。
事故はあの本と関係があるんじゃないのか……。
電話から聞こえた女の人の声はなんだ……。
「はずした」って……。
僕が車に当たらなかったから
「はずした」って事じゃないのか……?
インターホンがなった。
Aだった。
電話を切った後いてもたってもいられなくなったようだ。
それは僕も同じだった。
でも言えなかった。
変な心配をかけたくなかった。
ただ、少しだけ試した。
「事故に遭いかけたのはあの本のせいだったりして」
「あの本ってさっきの?……それはないな、だってそれなら俺だって似たような目に遭うはずだろ」
どうやらあの絵については覚えてないらしい。
お前はあの絵を3回見ていないからだよ……とは言えなかった。
「……そうか、そうだよな。」
「そうだよ。俺はお化けは好きだけど信じちゃいないんだ。あの本のせいじゃないさ」
ま、小さい怪我で安心した。
そういってAは立ち上がり、帰るわ、とあっさり帰った。
夜はろくに眠れなかった。
あの日以来、古本屋に寄るのを避けていた。
Aはもともと毎日放課後に予定がある奴だったから、
「都合が悪い」という言い訳は何回も通用した。
たまに
「お前と俺は予定が合わねえな」と言っていたが、僕の心を見透かした訳ではなく、合わないと思ったから正直に合わないと言っただけのようだった。
一月過ぎた辺りだった。
学校帰りにMP3プレーヤーで80年代バンドブームの先駆けともいえるバンドの曲を聞いていた。
プレーヤーに写るジャケットはそのバンドの名前が大々的に載ったやつだった。
曲に夢中になっていた。
無意識に古本屋に入り、棚の間を蛇行するように通る。
まだ気づかない。
あの本がある棚に差し掛かる。
まだ気づかない。
MP3が音とびしだす。
まだ気づかない。
「ぶつっ、ぶつつっ…こ、……k…ぶつっ」
やっと
気付いた。
「ぶつっ、ぶつつっ…kぶつっ、今度は外さない今度は外さないこんどははずさないこんどははずさないコンドハハズサナイコンドハハズサナイああああぁぁああアアアああぁぁアあぁあ」
驚きで声もでなかった。
急いでイヤホンを外す。
停止ボタンは効かない。
ジャケットはあの生首の女だ。
本能だ。
「逃げろ」
イヤホンを外しているのに叫び声が洩れている。
いつもは音洩れしないように最少限の音にしているのに……。
走って古本屋を出た。
何故だか家には向かわなかった。
少し坂になっているのも気づかない位の全速力。
呼吸が出来るリズムで走っていない。
苦しさよりも恐怖が勝った。
着いたのはAの家。
一気に呼吸できた事で込み上げる吐き気を押さえつつインターホンを押した。
珍しく家に一人でいたようで、どうした?などと聞いて出てきた。
無言で家にあがる。
僕の迫力にAも止めれなかったようだ。
安心なのはどこだ。
Aの部屋……いや、誰も居ないならリビングを借りよう。
何も言わずリビングに入った。
Aが
「今ちょうどさ……」などと言いながらリビングに入る。
握り占めたMP3を友人に投げる。
「今、何が聞こえる…?」
「え??……〇〇だよ。お前もこんなの聞くんだな」
Aが見せてきたMP3にはそのバンドのジャケットが写っていた。
分かった瞬間、僕を立たせていた何かが切れ、僕はその場にへたりこんだ。
「どうしたんだよ……」
Aはそう聞きながらもまだ答えられる状況じゃない事は分かっているらしく台所へ行ってお茶を入れてくれた。
「あの本の話だけど……」
僕はやっと落ち着いて話せるようになった。
「あの本って、ホラーなんとかってやつか?もう売ってなかっただろ??」
予想外だった。
「……はぁ?そんな訳無いよ……」
「本当だって。昨日俺が」
「昨日?!有り得ないよ!!昨日、だなんて……」
食い気味に突っ掛かってきた僕にAは少し圧されたようだった。
「……昨日遊んだついでに寄った時には無かった。誰かが買ったのか、回収されたのかは解らないけどな…」
買われた……?
それはまずいんじゃないのか。
回収されたならいいのだが……。
でも、だったら何故さっき僕はあんな目に遭ったんだ……。
「なんなら一緒に見に行ってみるか?」
Aから誘われた。
思っていたより返事は早かった。
「…………ああ。ついて来てくれ……」
古本屋までの道は何も話さなかった。
携帯やMP3などの電子機器を全てAに託した。
古本屋に入る。
前に比べると引き付けられる感覚はない。
あの本が並んでいたカウンターにはもい無かった。
レジに向かう。
「あの、すいません。あの棚にあった心霊の本って誰か買いました??」
「え、いや、今日はそのような本を買った方はいなかっと思いますよ。でも棚にないようでしたら昨日より以前に誰かがお買いあげになったかも知れないですね」
「そうですか……」
古本屋から出てそのままAと別れた。
いろいろと混乱していた。
なんであんな目に遭ったんだ。
もうあの本はここにはないのに。
そして、この間の事故はやはりあの絵が関係しているのだろう。
……いや、もういいや。
あの本はないんだ。
忘れよう。
そもそもどうして…どうして僕は今、Aの家に行ったんだ……?
「遊んだついでに寄った時には無かった」……?
昨日は部活で遊ぶ隙なんてなかったはずだ。
じゃぁ、なんで本がないって知っていた…?
…………あ の 本 を 買 っ た の が A だ か ら……??
そんなはず……、でも繋がるところもある……。
僕はあの絵に操られてAの家に行ったとも考えられる。
僕がいつまでも用事があるってはぐらかしてきたから、部活後に自分で買いに行ったのだろう。
急いでAに電話した。
電子的な声が返ってきた。
「お客様のおかけになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめの上……」
嫌な予感。
いや、そんな予感はずっと前からあった。
僕が鈍感過ぎた。
後ろを向いてAの家に向かう。
さっきまで考え事をしていた道を通り、古本屋の前を通り、Aと何も話さなかった道を通り、Aの家に着く。
インターホンを押す。
出ない。
ドアを開ける。
開いた。
だが10cm以上開かなかった。
ドアロックだ。
これでAじゃなくとも誰かいることは分かった。
ただ、Aしかいないのだったら、Aは家族でさえ家には入れないつもりのようだ。
その10cmに賭ける。
隙間に足を置き、思い切り中に向けて叫んだ。
何て言ったか分からない。
Aに聞こえれば良いと思っただけで言葉なんて考えていなかった。
目の前が暗くなった。
酸欠かと思った。
それにしてはいやに実感的な暗さだった。
暗いと言うより、黒い何かに目を覆われた感じ。
その黒い何かはすぐに分かった。
髪の毛だ。
分かった途端、扉が閉まろうとした。
明らかに誰かが部屋の中から閉めようとしている。
すごい力だ。
さっきの髪の持ち主だろうか。
長い髪だと思ったから女の人……それにしたら力が強すぎる。
ふと頭によぎった。
Aの家族に黒くて長い髪の人っていたか……??
おばさんは茶髪だし、たしか妹はショートカットだった。
さらに力が強くなる。
このままじゃ足が挟まるどころか潰される。
瞬間的に足と手を引いた。
ドアが強風が吹いたようにバンッと閉まった。
一瞬、髪の毛の持ち主が見えた。
あの絵の女だ……!!
鍵がガチャリと鳴った。
しばらく立ちすくんでいたが、どうしようもなく、電話も繋がらず、家に帰った。
あれ以来Aを見ない。
頻繁に行くのだがAのおばさんが会わせてくれない。ただ、おばさんの髪が日に日に白くなった。
Aがどうなったかは知らないが、どうしてそうなったかは言えなかった。
Aの妹に偶然会った時、もうすぐ病院に入ると聞いた。
元はといえば僕が見つけた本だ。
Aを巻き込んでそのうえAを病院送りにした。
僕はいつものような日常を過ごしていて良いのだろうか。
そう思う半面、僕じゃなくて良かったと思っているのも事実。
僕は一生悩みながら日常を生きる。
それは他の人と何も変わらない日常だった。
自分で書いていてゾクリとしました。何故かというと、前半部は私の実体験だからです。あの本を3回読んだ直後に事故に遭いかけて、因果関係があるようにしか思えませんでした。ですから後半部に取り掛かるときに「この話を着色して物語として書いても大丈夫なのだろうか」と思い、一月近く手をつけることが出来ず、それからも少し書いては手を休め、気づけば私が体験してから3月近く経ってしまいました。もう、季節外れと言われるのかもしれませんが、拙い怪談話に付き合ってくださりありがとうございました。 ちなみに、私が見たホラー本。 ……回収されたようです……。