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それから、少し間をおいてから、少年もとい、神様は口を開いた。
「君は他の天使とは違うようだから言っておくとね、ボクの力では人を生き返らせることは出来ないんだ」
「それならなんで」
「うん、分かってるさ。出来ないなら出来ないと言ってもいいかもしれない。だけどボクは仮にも神様だ。あらゆる事象を超越した存在であるこのボクがそう簡単に出来ませんとは言えないんだよね」
理解できなくはない話だ。
例えば一国の運命を預かる長が、自らの能力を以てして、出来ない、と言ってしまうのは簡単だが、それについていく民衆などいないように、神様には神様として曲げることのできない領分があるということだ。
「それなら、こんなに列を作って並ばせるのをやめさせたほうがいいんじゃない? ……カンバンを作るとか」
「それは実に合理的かもしれないね」
と、神様は私から目線を外し、ふと悲しげな表情を見せた。
この天国において唯一といってもいいほど、この神様は様々な表情を私に見せる、と思った。
「でもボクは、何が天使たちにとって一番いいかなんて考えられるほど、頭が良いわけじゃないから、こうするしかないんだよ」
と言うと、神様は元の快活そうな表情に戻る。
「悪いけど、まだまだ天使の相手は続くから、そろそろ願い事があるなら、そろそろ言ってくれるかな?」
「……記憶を取り戻すことは出来ますか?」
私は、再び長い長い階段を歩いていた。
降りていくほうが気持ち的に楽なはずなのに、気分は重かった。
結果から言うと、私は記憶を取り戻すことは出来なかった。
いや、正確に言えば、自ら取り下げたのだ。
神様にお願いしたあの後、神様は随分とばつの悪そうな顔をしながら、
「記憶ねぇ……。取り戻したところで、良いことがあるとは限らないんだけどな」
などと一人勝手に思案していた。
私の記憶を勝手に覗き見した上で、横槍を入れてくるのだから、なかなか質が悪い。とはいえ、私の過去に一体何があったのか、自分自身では一切思い出すことはできなかったが。
それから結局、神様に記憶を取り戻してもらうことは、やめた。
生き返ることが出来ないのが確定した時点で、自分の記憶を思い出す事に何か意味があるかと自問したら、答えは簡単に出た。
生き返ることは出来ない。と言われ半ば絶望に近い天使たちと階段を下る度に思った。私は記憶がないから、あまり悲観せずに済んでいるのだと。
それならこのまま何も知らないまま、この世界に漂い続けるのも悪くはないのではないか。今はそう思える。