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「そーですか」
完全におもちゃにされていたことに多少憤りを感じるがそれもすぐに収まった。
この世界では、人間のときほど感情が昂ぶらない。
この世界は平凡だが、ここに居る天使たちもまた、取るに足らないほど平凡なのだ。
「すっかりこっちの世界に慣れてしまったみたいね」
「そうですか?」
「来たばかりの貴方の反応ときたら、あんなに騒がしくキャッキャしてたのにねぇ……」
まるで遥か遠い昔を思い出すかの様に、サトミさんは天(この表現は果たして適切なのか)を仰ぎ見る。
「私達、会ってからそんなに経ってないでしょ?」
「そうねぇ……。貴方の後、私が知りうる限り300人ほどの天使をからかったから……」
さらっととんでもない事を言い出すあたり、やはりこの人は侮れない……。
「あっちの世界で言うと、1年くらいかしら」
「1年!?」
私は驚愕したあまり、身体が跳ね上がりそうになった。が、そのまま身を乗り出すと小窓から落っこちると思い、焦って身を引いた。
「何かの間違いないじゃないですか? せいぜい3日くらいなんじゃ……」
私が驚いたのも無理はない。こうして小窓からぼっーとしていただけで、体感的にもそう長くないと思っていた。
それが、三日ではなく一年?
認識違いにしても、軽く100倍以上あることになる。
「いえ、間違いないわよ。正確さには欠けるかもしれないけど、天使がここに来る人数で、大体の見当をつけることはできるもの」
確かに、大規模災害のようなものがない限り、多分天使の来る人数が大きく変化したりすることはないだろう。
それに、統計学的なデータは、この何も無い平坦な世界では唯一信頼できるもののように思えた。
「そういえば……私は……誰だっけ? 私の名前は……」
この世界に来てから、あまり他者と会話もする事なく、小窓から見える景色を眺めていただけの私は、私が何者かを確認する術を持っていなかった。
「名前が分からないのは少し不便ねぇ……」
サトミさんは困ったような声をあげる。
「名前どころか……、私は何者で、何が好きで、親はどんな人だったのかも何ひとつ……思い出せない」