18話
「司書はいるか?」
「そりゃまあ、私たち司書ですけど。」
そりゃそうだ。図書館で仕事している人だいたい司書だ。
まずあいつの名前を知らないからどうやって彼を特定するかに悩む。一瞬だけ。そう、あいつは特徴がありすぎるだから簡単に特定できるだろう。
「ひょろ長くてメガネかけてて、エァルの古代史とシュッキ神族について研究している司書ってまだ生きているか?」
「ああ、たぶんクランツ様ですね。しぶとく生き残ってますよ。」
「あの人が死ぬところは想像できませんね。」
どうやら生きているらしい。
「司書が死んだって聞いたんだが。」
「ああ、それは管理官ですね。あの方は司書じゃなくなって管理官になったんですが元から本に興味がないそうで、私腹を肥やしていたから恨みかなんかで殺されたんじゃないですか?」
「最近話題の通り魔とは関係ない?」
「容疑者も上がってますしね。」
どうやら本当に関係ないようだ。
「あ、ユニールさん一昨日ぶりですね。」
「名前聞いてなかったなクランツだっけ。」
「はい。名乗らなくてすみません。ダブリン王営図書館司書長のクランツです。」
ひょろひょろとした体を折り曲げて頭を下げた。なんともまあ頼りない体をしているが、知識は体とは対照的にとても頼りになる男だ。
「今日は酒場で話したことについてまたいろいろ話したくて来たんだ。」
「私を心配してくださったのではないのですか?」
にちゃりと口角を上げて冗談だと理解させるような笑顔をこちらに向ける。笑顔が汚い。
奥の客間に案内され、彼の従者が紅茶を入れてくれた。渋みが強い。
従者がいるということはそれなりに高貴な身分なのだろうか。
「ええ、私は一応この国の男爵にあたります。別にかしこまったりしなくていいですからね。いつも通りでよろしくお願いします。」
従者に向けていた視線から読み取ったのだろう。やはり賢い男だ。
「ウォールの丘に行った。あそこだ。」
「やはり、そうでしたか。」
ウォールの丘が史跡宝物庫であることは間違いない。ウォールの丘は何かしらの史跡であるはずなのだ。しかしあの丘を指定するような言い伝えはない。故に場所がダブリン付近とは明記されていたが、丘が多いので場所が不明とされていたフィルヴォルゴの墳丘墓ではないかという考えが正しいと考えられる。黒い人間状態の時に聞いておけばよかった。
「100%というわけではないが、あそこがフィルヴォルゴの墓と言っていいと思うぞ。」
「調査団を派遣したいところですが生憎図書館は予算が少ないですからね。スコットと領土の睨み合いしている最中な上にトップが捕まったばかりですから余計に。あと王の死が刻々と近づいているみたいですしね。調査できないのはとても残念だなあ。詳しく調べられなくてもいいから一度行って見たいなあ。」
「私費で行けば?」
「おこづかい制なんで無理です。」
貴族社会も世知辛いようだ。
「それでなんですが、ウォールの丘では何が出ましたか?」
「骨。」
「骨、骸骨ですか………。って、それってきっと。」
「フィルヴォルゴだろうな。」
「傷つけてないですよね?」
「ああ、粉砕したな。」
「ノォォォォォォォォォォォォォォォォォオ!!!」
地面に膝とも手をつけて打ちひしがれているクランツを見て少し悪いことをしたかなとも思ったが、あれぐらいしなきゃ勝てなかったのだと反省を自己完結させる。そう、俺は悪くない。
「まあ、復活したからしょうがないんだ。負ける可能性もゼロではなかった。」
「フィルヴォルゴだけじゃなかったんですか?」
復活したクランツが詳しく事情を聞こうとしてくる。
「ああ、最初に鍵を刺した時にはフィルヴォルゴと思われる骨王が1体丘の頂上にいた。黒い靄が吹き出して部下と思われる骸骨を生み出した。めちゃくちゃ多かったな。」
「黒い霧、ですか。」
「そしてまあ、粉々にしながら進んで行って頂上に待つ骨王も粉砕した。」
「ああぁ……。」
クランツは落胆した力のない細い声を吐いた。なんだよ、しょうがないだろ骸骨なんてそれぐらいしか倒し方がないんだから。
「まあ、そこで宝物庫の中に入って宝具をゲット。中身は王の石で今はランリィっていう今回手助けしたトレジャーハンターが持ってる。」
「王の石ですか。王の石ってフィルヴォルゴがエァル島統一の際に原住魔族に対抗するために所持していた御守りって話がありますな。」
へえ、そんな話があるのかと感心。確かに史跡タイプの宝物庫では伝説に即したものが見つかるとの例が多く上がっている。
「だが、王の石は王の素質があるかどうかの検査石みたいなものだぞ?」
「王の石が認める王であれば民衆はついてきます。あと、能力がそれだけではない可能性もなきにしもあらずですよ。」
「そんなことあるのか?宝具は宝具説明書の通りの能力を持つって聞いたぞ?」
「まあ、一般的にはそうですとも。しかし例外なぞ何にでもあると敬愛する師匠が仰ってました。私はその石には真の力があると思います。」
確かに王の石に何かある可能性は高いかもしれない。だって原住魔族に太刀打ちできなさそうなぐらい骨だけのフィルヴォルゴは弱かったから。原住魔族はそれよりも弱かったのか?それとも黒い人間状態が本当の力なのだろうか。
「まあ、それはランリィに協力してもらって調べよう。そしてそのあとなんだが……。」
「その後?守護者を倒して、宝具を手に入れたその先に何かあったのですか?」
「ああ、その後フィルヴォルゴだと思われる骸骨、骨王がまた襲ってきたんだ。」
「また襲ってきたって、粉々にしたのでは?」
「そのはずだったんだが襲ってきたのは事実だ。そして靄が骨に付着していって肉を構成した。おれは黒い人間状態と呼んでいる。」
「靄で肉を構成して人間に戻るですか。わけわかりませんな。」
そうだ、わけがわからない。今自分で話していてもわけわからないのだから自分は狂っていないのだと再確認できてよかった。
「そいつは普通に攻撃しても効かなかった。マターを体に流した強撃でもノーダメージ。マターによる直接攻撃のみしか効かなかった。」
「ユニールさんってマター操作とか放出とかできるんですか?」
マターについて質問されると思ったが、それについてクランツはすでに知識を持っているようだ。なぜと聞いたら「神話を研究する上で知らなかったらそいつはモグリかただの宗教家ですよ。」とのこと。しかしマターは一般的には知られていないので今のように普通に会話に出すのはやめたほうがいいと言われた。話が通じるのはトレジャーハンターぐらいだとも。
「放出はできない。だが操作と変質はできる。」
爺にこの二つは教わった。普通のトレジャーハンターは強化をするためのマター操作までで終わる。マター変質は放出ができないので肌を固めるぐらいしか効果はないが、宝具以外の武器には有利になると教え込まれた。武器に使う金と時間があれば一つでも多く干し肉を買い、一歩でも多く旅をしろというのが爺の教えだ。
今は変質に操作を加えて体を構成する遺伝子に働きかけ、体の形を変えるというのを考えているが、全く成功する気配がない。ヘタこいて体の形が戻らなかったら最悪なので今のところ実験すらできていない。
話を元に戻そう。
「黒い靄が守護者なのか、それともフィルヴォルゴの骨が守護者なのかわからない。もしかしたら両方かもしれない。だが、それを知ってどうするという話でもないのだが、少し嫌な気がするのでこれを話した。この話を聞いてクランツ、あなたがどう思ったか聞かせてほしい。」
「私がどう思ったか、ですか。」
前に座っているひょろ長の男、クランツは少し考え込む。今まで飄々とした表情でニタニタと汚い笑顔をこちらに向けていた男が真剣な顔をして考えている。
「そうですね、なぜこの街がダブリンと呼ばれているか、ご存知ですか?」
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