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季節の神殿

北の国の山奥深くに、この国の季節を司る神殿…、『季節の神殿』が在りました。

神殿には、春・夏・秋・冬の4人の女神が住んで居ます。


4人の女神の力により

3月から5月は、春。

6月から8月は、夏。

9月から11月は、秋。

12月から2月は、冬。

と、規則正しく季節が廻っていました。


しかし、今年は3月になっても雪が降り止みません。

3日が過ぎ…、5日が過ぎ…、一向に止まない雪。

辺りは、1面雪に覆われたまま、このままでは作物も育ちません。


北の国の王様は、季節の神殿に何か重大な問題が起きているのではないかと、20人の兵士を使者として神殿へ差し向けました。

神殿に問題があっても力で解決できると考えたのです。

1週間もあれば戻って来られる筈ですが、誰も戻って来ぬまま10日が過ぎました。


城では、王様と大臣達が連日会議を開いています。

もう暫く様子を見るか…、残った兵士と共に神殿へ向うか…、国を捨てるか…。

このまま手をこまねいていても、いずれ食料が尽きてしまいます。


その時、1人の兵士が、立ち上がりました。

2m近い長身、岩のような筋肉に数えきれない傷跡、栗色をした短髪が似合う精悍な顔つきの青年。

この国一番の騎士であり、親衛隊の総隊長でもあるエドガーです。


「王様! 私を使者につかわせて下さい!!

兵士達への命令は、問題の解決でした。

なので、今も問題解決へ向け、行動している事が考えられます。

私が神殿へおもむき、その様子を報告したいと思います。」


「うーむ…。」


王様は、しばらく考えるとエドガーに命令しました。


「よし! エドガー卿に使者の役目を与える。

そうそうに出発するように。」


「はっ! 御命令承りました!!」


エドガーは、王様に敬礼すると会議室を出て行こうとします。

その背中に王様が声を掛けます。


「エドガー卿!

もし、1週間経って卿が戻って来ぬ場合、我らは国を捨て南へ向う。

だから必ず戻って来るのだぞ!!」


エドガーは、振り向くと再度、王様に敬礼します。


「はっ! 必ずや!!」


会議室を出ると扉の横の壁にもたれかかっている男が…。

エドガーは、笑顔で話しかけます。


「リューン、盗み聞きか? 趣味が悪いぞ。」


リューンと呼ばれた男は、城お抱えの吟遊詩人、エドガーの幼馴染で親友です。

身長165cm、黒髪の短髪、色白で少し痩せ気味、エドガーと同い年の28歳の青年。

リューンも笑顔で返答します。


「所要で『季節の神殿』へ行くことになってね。

出発前に、お前にだけは、挨拶しとこうと思ったんだが…。」


「おいおい、そんな嘘で、お前を神殿に連れて行くわけにはいかないよ。

これは、俺の仕事だからな。」


「いや、実は俺にしか出来ない大事な仕事があるんだ…。

どんな仕事かは、教えられないがな…。」


意味深なリューンの言葉に、エドガーは、諦めた様子で…。


「わかったよ…。 じゃあ一緒に行こう。

直ぐに旅支度をして…。」


「言ったろう、出発の挨拶に来たって。

俺の方はもう済んでる。

手伝ってやるから早く準備しな。」


そう言ってリューンは、兵舎へ向います。


「はぁ…。」


エドガーは、溜め息をつくと笑みを浮かべ、リューンの後を追うのでした。


30分後、2人は城を出発しました。

振り返り、城を見ると3階の窓から王妃様と8歳になる姫様が手を振って見送ってくれています。

エドガーは、敬礼をリューンは、大きく手を振って見送りに答えると歩みを速めます。


「ところで、その背中のハープは必要なのか?」


エドガーが、リューン愛用の小さなハープを見て文句をつけます。


「お前、楽器を持ってない吟遊詩人を見たことがあるのか?

ハープは俺の体の一部だよ。

お前だって剣と盾を持っているじゃないか。」


「当たり前だろ!

道中、獣に襲われたらどうするつもりだ。

丸腰では戦えないだろ。」


「俺は、剣はからっきしだからな。

獣が出たら、よろしく頼むよ。」


「はぁ…。」


エドガーは、溜め息をつくと…、


「今日中にオック村へ行くぞ。

ついて来られないようなら置いていくからそのつもりでいろよ。」


と、気持ちを入れ替え気合を入れます。

オック村は、神殿の山の麓にある村で、雪が積もっていない状態で1日の距離…。

ひざ下まで積もった雪道では困難が予想されます。


「見くびるなよ!

俺が、城お抱えになる前、どれだけ諸国を巡ってきたと思っているんだ!!」


リューンは、ニヤリと笑うとエドガーに遅れないようついて行きます。

2人は、ザクザクと雪を踏みしめながら急ぎ足でオック村へ向いました。


日が沈んでから2時間後、エドガーとリューンはオック村に到着しました。

疲れ切った様子の2人は宿屋へ…。


「こんばんは、2人泊めて欲しいんだけど、部屋は空いているかい?」


旅慣れているリューンが、宿屋の主人に尋ねます。


「こんな雪の中、旅しようなんて変わり者は、あんた達ぐらいなもんさ。

好きな部屋に泊まってくれて良いよ。」


宿は、1階がロビーと食堂。

2階が客室になっています。

2人は神殿の山が見える2階の角部屋を指定しました。


「晩飯は、食えるかい?」


リューンが尋ねると。


「食料が不足していてね…。

黒パンと豆のスープしか出せないよ。」


主人は、すまなそうに答えます。

2人は料理を注文するとテーブルに着きました。


「で、お前にしか出来ない大事な仕事ってのをそろそろ教えてくれないか?」


エドガーが尋ねると…。


「実は俺にしか出来ない仕事ってのは…。

今回の出来事を詩にして後世に伝えると言う重大な役目だ!!」


リューンは、悪戯っ子な笑顔で言い放ちます。


「おまえな~…。」


エドガーは、呆れ顔。

と、料理が運ばれてきました。

エドガーは、会話を止め宿屋の主人に質問します。


「ご主人、ここ最近、何か変わった事は無いか?

もちろん、止まない雪以外でだが…。」


「そうさね…、先月から頻繁に地震が起きるようになった…。

村の人間は、冬が終わらないのは、その地震が関係しているんじゃないかと言ってるよ。」


「地震…。」


エドガーは、腕組みして考えます。


(王都で、地震は観測されていない…。

震源は、この辺りと言うことか?

地殻変動のせいで、春が来ない?

うーん…。)


カタカタカタ……。


突然、テーブルの上の食器が震え始めました。


「ほれ、これが今言った地震だよ。

大した揺れじゃないから生活に支障は無いんだが…。

どうにも気持ち悪くてね…。」


しばらくすると、地震は収まりました。


「ああ、そう言えば10日程前にも同じ話をしたな。

兵隊さん達が遣って来て『何か変わった事は無いか?』って聞かれたよ。」


「それで、兵隊達は…。」


「少し先の広場で野営して、朝早くに出発したよ。

神殿の山へ向ったみたいだけど…。

まだ、帰って来ないねえ。

何してんだか?」


食事が終わり2人は部屋へ。

お互いのベッドに腰掛けるとエドガーが話しかけてきました。


「…で、本当の目的は何だ?」


「んっ?」


「とぼけるなよ。

詩を作るにしても春が来てから関係者に話を聞けば済む事だろ。

お前が神殿に行く必要は無いだろ。」


リューンは、ポリポリと頭を掻くと逆にエドガーに尋ねます。


「お前、王様にちゃんと話さなかったろう?」


「何の事だ!?」


「兵士達もバカじゃない、神殿で対応に時間が掛かりそうな時、当然、何名かを報告に戻らせる。

その事を王様に話さなかったなと言っているんだ。」


「…」


しばらくの沈黙の後、エドガーが話し始めます。


「使者の部隊長は、俺の右腕、ランガートだ。

神殿へ行く前日、彼とは様々なケースを考え、対応策を練った。

お前の言う通り、直ぐに対応できない場合、足の速いケインとキンドルの2名が報告に戻って来るはずだった。

誰も戻ってこないケース…。

この場合、1週間待った後、王に国を捨てるよう進言する事になっていた…。」


「何で、そうしなかった?」


「生まれ育った国は、簡単に捨てられるもんじゃない。

…だろ? だから、自分の目で確認したかったんだ…。」


「…」


しばらくの沈黙の後、こんどはリューンが話し始めます。


「姫様の家庭教師…。

歴史学者の爺さん、アインさんの事は知ってるよな?」


エドガーは、軽く頷きます。


「知っての通り、吟遊詩人は詩で歴史を伝える一面が有る。

だから爺さんとは気が合ってね。

終わらぬ冬についても色々と話し合っていたんだ。

で、兵士達が戻って来なかった事で、俺と爺さんは解決不可能な事が起きているとの結論に達した。

当然、このままでは国が滅ぶ…、国を捨てる事になるだろうって話をしてたんだよ…。

この話を姫様に聞かれちゃってね…。」


リューンは、バツが悪そうな顔を見せます。


「姫様、怖がって泣いちゃって…、泣きやまなくって…。

つい嘘をついちまったんだ…。」


「どんな嘘だ。」


「季節の神殿に、この世界の歴史全てが記された『女神の書』と呼ばれる書物があって、これを読めば助かる方法が必ず見つかるはずだってね…。」


「それで、どうなった?」


「姫様は信じてくれた…。

で、俺が神殿へ行って『女神の書』を見てくるって話になったんだ。」


エドガーは、思い出します。


「あの見送りは、偶然じゃなかったんだな…。

お前は、そんな嘘で命がけの旅に出たのか?」


「姫様を泣かせた責任ってのもあるが…。

俺も、このまま何もしないで国を捨てるのが嫌だったんだよ…。」


「ふっ…。」


エドガーが、笑みを浮かべます。


「明日は、夜明け前に宿を出るぞ、寝坊するなよ!」


そう言ってエドガーは、ベッドに横になります。


「寝坊したら起こしてくれよ…。

あっ! 起こすときは、軍隊式じゃなく優しくな…。」


リューンも、ベッドに横になり、2人は就寝しました。


早朝、夜明け前。

小雪の舞う中、2人は宿を出発、急ぎ足で神殿の山を目指します。


「今日は、どこまで行くつもりなんだ?」


「神殿の山の中腹にある洞穴までだな…。

洞穴から神殿まで5時間程だから何も無ければ明日の昼前には神殿へ着くはずだ。」


「何も無ければか…。

エドガー、お前は何で兵士が戻ってこないと思う?」


エドガーは、しばらく考えると…。


「本来、立ち入りを禁止されている神殿の山に武器を持った兵士が集団で遣って来た…。

この事が女神様の怒りに触れたとも考えたが、伝え聞く女神様の話とは、かけ離れているんだ。」


「どう言うことだ。」


「過去に何人か神殿を訪ねた人間が居る…。

その人たちが語る女神様の印象は、美しく、優しく、慈悲深く…。

とても怒りに任せて人を罰するような神様ではないと言う事さ…。」


「しかし、神殿の女神様は4人だ…。

その内の1人が、恐ろしい神様なのかもしれんぞ。」


「行けば、分かるさ…。」


エドガーとリューンは、会話を止め、歩みを進めることに集中します。


夕方、神殿の山の洞穴が見えてきました。


「2日続けての強行軍は、さすがに疲れたよ…。

飯と野営の準備は隊長さんに任せるから、ヨロシクな。」


「お前な~…。 俺だって疲れてるんだ。

まあ、野営の準備はしてやるから飯頼むわ。」


無事に辿りつけそうな安心感から会話も弾みます。


「んっ! 何だ!?」


2人が進んで行く先…。

雪の中にキラリと光る物をエドガーが見つけました。


近付いてみると、それは盾の一部でした。

急いで掘り起こします。

盾の右隅に大きな傷跡…、訓練中にエドガーが付けた傷跡…。

部隊の中でも足が速いことで知られるケインの盾です。


「おい! こっちにも落ちているぞ!!」


リューンの声に、エドガーが向います。

そこには、1組の剣と盾が…。

伝令としてケインとペアを組んでいるキンドルの物と思われました。

エドガーは、その剣と盾をリューンに手渡すと自らも剣を手にします。


「気を付けろ! 何か居るぞ!!」

辺りは、シーンと静まり返り、何の気配も感じませんが、2人は警戒の色を強めたまま洞穴へ向いました。


無事、洞穴に到着した2人でしたが、安心は出来ません。

慎重に辺りを調べます。


洞穴は、大きな一枚岩が屋根のように張り出した岩場の奥に在り、普段は猟師が狩り小屋として使っています。

もともと有った自然の洞穴を拡張する形で造られ、大きさは3人の大人が寝られる程の広さです。

この洞穴が、立ち入り禁止の境界線になっていて、これより先へ行くには王様の許可が必要になります。


一枚岩の下は、テニスコート位の広さがあり、兵士達が野営した形跡がありました。

洞穴の奥に、薪が積まれています。

どうやら神殿へ持って行く必要の無い物をここに置いていったようです。

エドガーは、洞穴入口に薪を積み上げると火を点けました。


「これで、獣は洞穴に入って来れないだろう。」


「兵士が、獣に襲われたって言うのか?」


「ああ、それも相当頭の良い奴だ。」


「頭の良い奴?」


「あそこに有ったのは、ケインの盾だ。

と言う事は、もう一組の剣と盾はキンドルの物だろう。

他に何も見当たらなかった事から伝令の2人が襲われたことになる。

このことから、20人の時は襲わなかった。

仲間が救出に来られないほど神殿から離れた場所を選んでいる。

そして、食事の邪魔が入らないよう遺体をねぐらに持ち帰ったと思われる。

まあ、20人の時、襲わなかったのは、襲撃の準備が間に合わなかった事も考えられるが…。」


エドガーの声は怒りに震えています。


「で、お前の考える獣の正体は何なんだ?」


リューンの問いに、エドガーは冷静に頭を廻らせます。


「キンドルの剣に血は付いていない…。

これは応戦することなく、いきなり襲撃されたと言うことだ。

いくら急いでいても獣が近付いてくれば戦闘体勢は取る。

キンドルは部隊でも5本の指に入る使い手、一太刀も与えずにやられたという事は考えられない…。」


「つまり、どう言うことだ?」


「襲われる寸前まで、敵が見えなかった…。」


「??」


リューンは首を傾げます。


「多分、雪オオカミにやられたんだと思う…。」


「雪オオカミって、あの冬だけ活動すると言う、幻の白オオカミのことか?」


「ああ、奴らは雪と同化してジッと待ち続け、一撃で仕留められる距離に獲物が近付いて来た時、一気に飛びかかる。

明日、神殿までの間に何匹か隠れているはずだ。」


「どうする?

伝令がやられていた事を伝えに城へ戻るか?」


「いや! 伝令が何を伝えようとしていたのかが分からない。

城へ戻り兵を編成して再び戻って来るのは時間がかかりすぎる。

それに帰り道、雪オオカミが潜んでいることも考えられる。」


「…」


リューンは、不安で一杯です。


「心配するな、神殿まで行けば兵士達と合流できる。

そうすれば一度、全員で城へ戻り、ふたたび必要な兵力をひきいて戻って来る事も可能だ。」


「神殿まで行ければか…。」


「大丈夫!

潜んでいることが分かっている敵に遅れを取る事はない。

俺に任せておけ。」


「どうするつもりだ?」


エドガーの作戦…、それは……。


翌朝、日の出の時刻。

神殿の山は、日の光を浴びてキラキラと輝いています。

昨日より、降る雪も少なく視界も良好、山頂に建つ季節の神殿が良く見えます。

とても雪オオカミが隠れているようには見えません。


エドガーが、洞穴から出てきました。

両手に剣を持ち、首元や手足には細く切った毛布を包帯のようにグルグル巻いています。

背中には盾が2枚並べて吊るされ、広範囲をカバーしています。


エドガーの作戦とは、急所をカバーした格好で、1人神殿を目指し、襲ってくる雪オオカミを全て撃退すると言うものでした。

そんな無謀な作戦、リューンは、もちろん反対しましたが、他に対案も無かったことから、仕方なく協力しました。


「エドガー!

無理だと思ったら直ぐに戻れよ!!」


「ああ、分かってる!

神殿に着いたら兵士達をよこすから、それまで洞穴に隠れて、火を絶やさないようにしていろよ。」


エドガーが神殿を目指し歩き始めました。

リューンは、洞穴からその様子をうかがいます。


ピリピリと張り詰めた空気の中、エドガーはゆったりとした足取りで歩みを進めます。

洞穴から50m程進んだところで、エドガーの右後方の雪が舞い上がりました。

その瞬間、右手が一閃、雪オオカミを両断します。


雪オオカミは、カメレオンのような擬態能力を持っていたみたいで、両断された雪オオカミの真っ白な体は、濃い灰色に変わっていきます。

体長は1.5m程でしょうか、ガリガリに痩せた体に鋭い爪と大きな口を持っています。


「ふーっ…。」


エドガーは大きく息を吐くと、視線をジッと神殿に向けたまま、再び歩みを進めます。


100m程進む間に4回の襲撃を受けたエドガーですが、全てを退けていました。

すると、


ワオーーーン!オン!オン!


群れのボスらしき一匹が立ち上がり、遠吠えを上げました。

それを合図に、10数匹の雪オオカミが一斉に立ち上がり、エドガーへ向って駆け出します。


「エドガー!

駄目だ、数が多すぎる逃げろーっ!!」


リューンの叫びが聞こえないかのように、エドガーは落ち着いています。

立ち止まり、両刀を振りかざすと迎え撃つ体勢を取りました。


数分間の戦い…、さすがのエドガーも傷を負っていました。

巻いていた毛布は解け、背中の盾は千切れ飛び、むき出しになった手足、背中から血が滲んでいます。

雪オオカミは、残り4匹。

エドガーの周りを囲み一斉に襲い掛かる隙をうかがっています。

両者とも身動きが取れないまま、数秒が経った時…。


グラグラグラグラ…。

ぎゃがあぁぁぉぉぉーーー……。


大地が揺れ、地面から獣のような声が聞こえてきました。

エドガーの注意が一瞬足元に向けられ、揺れで体勢が崩れます。


その瞬間、4匹の雪オオカミが襲い掛かかりました。

雪オオカミの狙いは剣を握る両手、エドガーは右手の剣で1匹切り伏せましたが、残り3匹に食らいつかれます。

エドガーの膝が折れました。


「エドガーーー!!」


リューンは、火の点いた薪を手にするとエドガーの救援に向います。


リューンが、エドガーの元へ到着した時、決着は付いていました。

3匹の雪オオカミは、エドガーが隠し持っていた短剣で殺されています。

エドガーは血だらけ…、ピクリとも動きません。


「エドガー! 大丈夫か! エドガーー!!」


リューンは、エドガーを抱きかかえると声をかけます。


「…耳元で、騒ぐな…うるさい…。

あと、揺するな…痛い……。」


エドガーは生きていましたが、脇腹を食い千切られ大量の出血…。

とても助かりそうにありません。


「そうだ!

神殿へ行けば女神様が助けてくれるかもしれん!!

エドガー! ここで待ってろ!!」


そう言って駆け出そうとしたリューンの腕をエドガーが掴みます。


「エドガー…。」


「ここから、どんなに急いでも3時間ってとこだろう…。

そんなにもたねえよ…。

それより頼みを聞いてくれ…。」


「何だ! 何でも言ってくれ!!」


「部隊長のランガートに伝えてくれ…。

伝令がやられていたこと…。

次の伝令は人数を増やし、確実に城へ情報を届けること……。」


「分かった! それだけか!!」


リューンは、エドガーの手を強く握り締めます。


「俺の剣、拾ってくれ…。

こんなチンケな剣じゃ心もとなくてな…。」


リューンは、近くに落ちていた剣を拾うと右手の短剣と持ち替えさせます。


「んっ!? これは……。」


リューンは、短剣に見覚えがありました。


「ああ、俺が総隊長に任命された時、お祝いにお前がくれたやつさ…。

この短剣を持っていると戦いに出ても怪我しなかったんだがな…。

ジンクスが終わっちまった…。」


リューンは、涙が止まりません。


「リューン…。

今から、お前を総隊長代理に任命する…。

この短剣は、その証だ…。

ランガートへの伝令任務…、頼むぞ……。」


「分かった…、必ず伝える! 約束する!!」


「もう行け…。

この辺りの雪オオカミは全部片付けたと思うが…、他にも群れがいるかもしれん…。

急げよ……。」


リューンは、強く頷くと神殿へ向って駆け出します。

エドガーは、遠ざかる足音を聞きながら目を閉じます…。


(リューン…最後に、お前と旅が出来て…、楽しかったよ…。

お前と一緒で良かった…。

お前のハープ…、もう一度…聞きたかった…な……。)


エドガーは、静かに息を引き取りました。


リューンは、エドガーを助ける事が出来るわずかな可能性を信じて神殿まで必死に走ります。

険しい山道…、足を滑らしては転び、つまずいては転び、神殿へ辿り着くまで、何度も何度も転んだリューンの手足は傷つき血が滲んでいます。


「はぁはぁはぁ……。」


3時間後、リューンは神殿へ到着しました。

季節の神殿は、4本の大きな塔に囲まれた建物で、中央は丸いドームになっています。

4本の塔は、春の塔・夏の塔・秋の塔・冬の塔と名付けられていて、それぞれ東・南・西・北に建てられています。


リューンは、神殿の門を抜けると中央のドームに向います。

しばらく進むとリューンの目の前に大きな扉が…。

扉の前に立つと、ギギギギギ…と扉が開きました。


誰も居ません。

リューンは、恐る恐る神殿の奥へ進んで行きます。


やがてドームの中心へ…。

するとそこに一人の女性が立って居ました。

腰まで伸びた銀髪、リューンより少し背の高い色白の女性。

白銀に輝くドレスを身にまとったその姿は、氷の彫像を思わせます。

リューンは、その美しさに心を奪われ立ちすくみます。

すると…、


「季節の神殿へ、ようこそ。

私は冬の女神です。」


と話しかけてきました。

ハッ!としたリューン。

慌てて助けを求めます。


「はじめまして、女神様。

私の名はリューン。

私の友が、傷つき、死にそうなんです!

どうか、助けて下さい!!」


女神は、悲しげな顔で首を左右に振りました。


「あなたの友達の命は…。

あなたが彼の元を離れて直ぐ、感じられなくなりました…。

ごめんなさい…。

助けに行けなくって、ごめんなさい…。」


女神は泣いて…、謝ってくれました…。


「そっ…、そんな…、エドガー…。

うっううっ…。」


リューンの目から涙が溢れます。

張り詰めていた糸が切れ、ガックリと膝をついたリューンは立ち上がることが出来ません…。

覚悟は、していました…。

間に合わないんじゃないかとも思いました…。

しかし、実際にエドガーの死を告げられたショックは想像を超えるものでした…。

女神は、そんなリューンを哀しげな眼差しで見つめ、静かに話しかけます。


「あなたも…、終わらぬ冬の事でいらしたのですね…。」


リューンは、顔を上げ涙を拭うと、思い出したかのように女神に問いかけます。


「そうだ!! 女神様!

なぜ冬が終わらないのですか?

春は、いつ来るのですか?」


女神は、ゆっくりと首を左右に振ります。


「今年…、春が来る事は有りません。

夏も秋も来る事は有りません…。」


「なぜです!?

なぜ春が来ないんですか!!」


「火竜を封印するためです…。」


「…かりゅう?…」


リューンには、何のことだか全く分かりません。

女神は、静かに火竜の事を話し始めました。


昔々、この星に大地が生まれた頃、春、夏、秋、3人の女神は、天上界に住んでいました。

天上界から季節を司っていたのです。


春に命を芽吹かせ。

夏に命を育み。

秋に実りを与える。


この頃、世界に冬は有りません。

冬は必要なかったのです。


しかし、ある時、地の底から火竜が生まれます。

火竜は、世界を焼き尽くしました。

春、夏、秋、3人の女神は、火竜に焼かれた大地を冷やす為、4人目の女神を…私を創造しました。


私の…、冬の力により、寒さに弱い火竜は眠りに就きます。

その時…、焼き尽くされた星の再生の為、世界の全てを凍らせました。

氷河期と言われる時代…、今から10万年前の話です。


私達は火竜を洞窟の奥に封印し、その封印を守る為に神殿を建て地上で暮らすことにしました。

この時から季節は星全体を包むものではなくなり、この神殿に近い国だけが強く季節の力を受けることとなったのです。


それでも、封印を守るには十分では有りませんでした。

火竜の力は強大で大地が暖かくなると封印が解けそうになるのです。

その為…、大地を冷やす為…、冬が設けられました。


氷河期から1万年後の冬、再び封印が解けそうになる事態が発生します。

春を目前に火竜が、目覚めようとしたのです。

私達は1年間の冬を設ける事で、再び火竜を封印することに成功します。

しかし、近隣の国々は、全て滅んでしまいました…。


それから火竜は、1万年に1度、目覚めを迎えるようになりました。

私達は、その度に1年間の冬を設け、火竜を封印してきたのです。


女神の話は、驚くべきものでした。


「近隣の国々に警告することは、出来なかったのですか?」


「1万年に1度とは言っても誤差が有るのです。

9千9百年後だった事も、1万5百年後だった事も有ります。

私達は、いくども警告してきました。

しかし、平和な時が続くことで、人々は警告を忘れていったのです…。」


「今からでも遅くないじゃないですか!

あなたが直接、王宮に出向き、避難を呼びかければ…。」


「春間近の時、突然火竜が唸り声を上げます…。

これが、目覚めの兆候です。

今朝も兆候がありました…。

あなたもその声を聞かれたのではないですか?」


リューンは、エドガーと雪オオカミとの戦いの最中に起こった地震と獣のような声を思い出します。


「この時から私達は封印を守るため、神殿を離れる事が出来なくなります。

春の女神は、春の塔。

夏の女神は、夏の塔。

秋の女神は、秋の塔で、祈りを捧げる必要があるのです。

私は、冬を守る神殿の主として自由に動き回る事が出来ますが、この神殿を離れることは出来ません…。」


(!!)


リューンは、エドガーの最後の言葉を…、ランガートへの伝令任務を思い出します。


「女神様に、お尋ねします。

しばらく前に、兵士達が遣って来たと思います。

兵士達は何処ですか?

兵士達に伝言が有ります!

兵士達はどこに居るんですか、直ぐに合わせてください!!」


「兵士の皆さんは、もう居ません…。」


「どう言うことですか!?」


リューンは、強い口調で問いただします。


「兵士の皆さんは…、火竜退治に行かれました…。

今まで、その様な試みをされた方は居なかったので…。

私が、御案内しました…。

でも…、誰も…戻って来ませんでした…。

私の責任です……。」


女神は、両手で顔を覆うと泣き出してしまいました。

リューンは、絶望感に包まれます。


「女神様、ここから2名が伝令として城へ向ったと思います。

彼らへの指示は何だったのでしょうか?

もし御存知なら教えてください…。」


「“18人で、火竜退治に向う。

もし、季節が変わらない時は、全戦力をもって火竜退治にあたられたし。“

との事でした。

でも、駄目です!

一瞬でした…。

彼らの命が一瞬にして感じられなくなりました…。

火竜を退治する事は絶対に出来ません…。」


リューンは考えます。


(城へ戻る…。

途中、雪オオカミに襲われるかもしれない…。

無事、戻れて今の話を伝える…。

王様は国を捨てたくないと全戦力を火竜に投入するかもしれない…。

女神様の言う通りだと、無駄に命が失われる事になる…。

そうだ! このまま報告しなければ、5日後、王様は国を捨てる…。

姫様との約束…、また姫様を泣かせてしまう…。

エドガー…、お前だったらどうする……?)


答えの出ないまま、必死の形相で尋ねます。


「何か…他に何か、火竜を封印する方法は無いのですか?」


「1つだけ有ります…。

竜の『眠り歌』…。

この曲を奏でている間、火竜が目覚めることは有りません…。」


女神は、涙を拭い呟くように教えてくれました。


「そんなものが有るんだったら、早く言って下さい。

私は、吟遊詩人です!

どんな曲でも弾きこなして見せます!!

私にその『眠り歌』を教えてください。

私が火竜を封印します!!」


リューンは、安堵した表情で声を上げます。

しかし、次に女神から発せられた言葉は、リューンを絶望に導くものでした…。


「火竜を封印する為には…、次の冬…、12月まで1日中…。

休むことなく…、眠ることなく…、『眠り歌』を弾き続けなければなりません…。」


リューンは、ガックリ肩を落とします。


「そんな事…、出来る訳ないじゃないですか…。

ちくしょーー!!」


リューンの様子を見て、女神は静かに問いかけます。


「リューン…。

あなたは、命をかけることが出来ますか?」


「えっ!」


「『眠り歌』を奏でている間、その演奏者は、食事も…、眠りも…、不要なのです…。

この曲は、食事の代わりに…、眠りの代わりに…、演奏者の魂を喰らうのです。」


(!!)


リューンは、驚きで声が出ません。


「それ故、どんなに屈強な戦士でも、1年と弾き続けることは出来ません…。

また、竜の眼前で演奏しなければなりません…。

普通の人間は、その恐怖で、心が壊れてしまうのです。」


女神の話を聞いたリューンは、考え込むようにうつむいたまま動きませんでした。


しばらくして、顔を上げると…、


「女神様!

私は、戦士ではありませんが、冬まで約8ヶ月、頑張ってみせます!

それに私は、吟遊詩人として様々な国を巡り怖い思いも沢山してきました。

ですから、どんな恐怖も乗り越えて見せます!

だから、私でも封印できます…。

いえ!封印して見せます!!」


リューンは、必死の形相でうったえます。


「分かりました。

あなたに『眠り歌』を授けましょう…。」


女神は、リューンの前に進み出ます。

そして、額に口付けしました。


(!!)


リューンは、『眠り歌』が体の中に入ってくるのを感じます。


「最後に1つだけ言っておきます。

もし、あなたの演奏が止んだ時…、再び季節を冬に戻します。

もう今年…、春・夏・秋が訪れることはないでしょう…。」


女神の言葉にリューンは軽く頷きます。


「では、女神様。 火竜のもとへ、導いて下さい。」


女神に案内されたのは、神殿の地下でした。

そこは大きな洞窟で、壁全体がぼんやりと光っています。

洞窟の奥に、地下への階段が見えます。


「この階段の先に、火竜は居ます。

階段は、地下深くまで続いています。

恐れずに進みなさい…。」


女神は、階段の入口まで案内してくれました。


「女神様、色々と有難うございました。

必ず、やり遂げて見せます!」


リューンは、背中からハープを取り外すと『眠り歌』を弾き始めます。


♪~♪♪~♪~♪~♪♪~♪~…


そして、地下深く続く階段を下りて行きました…。


(エドガー…。

伝令の約束、果たせなかったけど…、総隊長代理として、この国を救って見せる、見ててくれ…。

姫様…。

もう、お会い出来ないかもしれませんが、泣かないで下さいね…。

私は姫様の笑顔が大好きです……。)


ぼんやりとした光に照らされたリューンの姿は、段々と小さくなって行き…、やがて見えなくなりました…。


リューンが、火竜のもとへ向っている頃…。

王妃様と姫様は、城の中…、暖炉の前に居ました。


「お母様、リューンは、もう神殿についたかしら?」


「そうね、早ければ今日中には着くと思うけど…。」


「じゃあ! もう直ぐ春が来るのね!!

早く春が来ないかな~。」


姫様の楽しそうな姿とは反対に、王妃様は不安顔です…。

もし、春が来なかったら国を捨てると王様に言われていたから…。

不意に姫様がキョロキョロと辺りを見回します。


「お母様…、ハープの音…、聞こえない?」


「えっ! ハープの音!?」


王妃様が、耳を澄ませてもハープの音は聞こえません。


「何も聴こえないわよ。 空耳じゃないの?」


「そうかなあ…。」


と、姫様が窓の外を眺めると雪が止んでいます。


「お母様! 雪が止んでる!!

春が来たんだ!!

リューンが、冬を終わらせてくれたんだ!!」


姫様は満面の笑顔、大喜びです。

同じ頃、会議室でも…。


「エドガー卿が、やってくれた。

この国を救ってくれた!」

「エドガー卿…、ありがとう…。」


王様と大臣達は、口々にエドガーを称えます。


数日後、春になっても戻ってこない兵士達を心配した王様は季節の神殿へ使者を向わせます。

神殿の山に到着した使者は、山から聞こえるハープの調べに、兵士達が今だ活動中であると判断し、その旨を報告しました。


「なぜ、神殿まで行って確認しなかったのか!!」


王様の叱責に使者は、


「私達が神殿へ行くことで、女神様の怒りに触れ、再び冬が訪れることを警戒したのでございます。」


と答えました。

王様は納得し、


「ハープの調べが聴こえる間は、何者も神殿の山に立ち入ることを禁じる。」


と、お触れを出します。



春が過ぎ、夏が来てもハープは鳴り止みませんでした。

事情を知らない近隣の人々は、毎日聴こえてくるハープの調べを不思議がりましたが、冬が長かったこともあり、


「今年は、女神様達にとって特別な年なのだろう…。」


と、誰も気にしなくなりました。


秋になり、その調べは段々と弱くなっていきます…。

しかし、鳴り止むことはありません。


そして12月…。

小雪舞い散る冬の朝…。


ハープは、その調べを止めたのでした……。

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