その5「おしごと」
「ふう、またはじまったよう」
幼女クオンが肩をすくめた。
「いつものことだから気にしないでね」
「いつも、なのか」
脱力する俺に、彼女は微笑んだ。
「すこし力がぬけたみたいね?」
「力がぬけたと言うか……馬鹿馬鹿しくなったと言うか……」
「この世界のことはこれから少しずつ教えてあげるね、でも今はいいでしょ。トキワくん、目が覚めてからずっとかたい顔だったもん、今の方がいいよ」
俺は屋上に腰を下ろした。乾いた笑いが出てくる。本当に何がなんだかわからないのである。一つ言えるのはすぐに家には戻れそうにもないと言うことか。
「俺はどうすればいい? 当面ここにいればいいのか?」
「そっ。ここでの生活は私がさぽうとするよ」
「それはさっきも聞いたな。治療ならそっちのアンドロイドがやるんじゃないのか?」
アンドロイドが頭を振った。
「体の治療は私の担当だが、精神的なサポートは私の専門範囲外なのだ。人間の考えることは、私にはいまいちわかっていないようだからな」
確かにそのようではあったな。
「つまり君と私は、体だけの関係というわけだ」
「語弊がある」
くすくすとクオンが笑った。
「そういうことだよ、心のことは私の担当。あらためてよろしくね」
病室にいったん戻った俺に、クオンが服を運んで来た。
「これは……?」
「それに着がえてね。パジャマじゃ仕事はできないでしょ?」
「仕事……何かやることがあるのか?」
「まずはお掃除からだね」
俺は服を手に取る。水色のつなぎだった。仕事、か。苦い言葉ではあるが、掃除くらいならばたいしたことはないだろう。
「言っておくけど、大変だよ〜」
本当に大変だとは思っていなかった。廊下はなぜか泥まみれであちらこちらに水たまりがあり、病室内は病室内で、あっちやこっちのシーツや枕が吹き飛んでいるし、一番ひどいのは診察室内だ、どの医者も盛大にちらかしており、足の踏み場も無くなっている部屋すらあった。病院じゃないのかここは?
「病院じゃないのかここは?」
「うん、違うよ」
俺の疑問は、クオンにあっさりと肯定されてしまった。
「病院じゃないのかここは?!」
「見たらわかんね? どこにも病人がいないでしょ」
どこを向いても幼女が遊んでいるだけであり確かにそうなんだが……それじゃあ本当に、俺はなんでこんなところにいるのか、ということになりはしないか……?
「とにかく手を動かさないと片付かないぞ〜。完璧が無理でも、形だけは片そうじゃないか」
「だとしても先の長い話だな。5階建だろ、このビルは」
まあ1階は水没しているようだが。
「そうだなー」
割烹着に着がえたクオンが、俺に雑巾を手渡しながら、陽気に言った。
「あいだをとって、唄をうたいながらやろうか」
だから何の間なんだそれは、そう思ったがはじまってしまった。
小人のこどもが遊びにでたよ
後ろの道にはびょーきの小人
お薬いっぱいびょーきの小人
チューブもいっぱいびょーきの小人
病院で歌う歌ではないだろうと思った俺だったが、そういえばここは病院ではないと聞いたばかりであったが、それを考え始めるとやはり俺がここにいるのはおかしいという気がしてならないのだが……。




