その49「こども達の星⑤決意」
柔らかかった。
ずいぶん長いこと落下していたような気がする。このクッションで助かったらしい。このクッションが何なのかは暗くてよくわからない。
「母さん! 櫻宮先生! 生きてるか⁈ 近くにいるのか⁉︎」
返事がない。反響音すらない。暗闇だけが広がっている。目が慣れてくる感じもない。完全な暗闇なのか。
「なんなんだここは?」
気味の悪さに、思わず口に出てしまった。
「一人ではないぞ」
すぐ近くで声がした。例のアンドロイド……リオン?の声のようだ。
「いたなら答えて欲しかった……」
「ボクは母さんでも櫻宮先生でもなかったからな。ボクの名はリオン。LO-426RE、リオン・トゥインクルだ」
「さっきも聞いたが……LO-426とトゥインクルの関係者なのか?」
「その二人はボクのママだ」
あっ、と小さくリオンが言った。しばらくの沈黙。
「……お母様だ。恥ずかしいな、そんな顔でボクを見ないでくれ……」
「いや見えてないが……」
「ボクは修復されたLOお母様のボディを素体に、トゥインクルお母様の人格データの一部を移植されて足して二で割った感じのアンドロイドなんだ……」
「面影はあるな……」
いろいろな意味で。
「他の二人は別のところにいるのか……無事なのか……?」
「わからないけど死んではいないんじゃないかな。このトラップ、随所にかかった人への配慮みたいなものを感じたから」
「ここはどこなんだ?」
「さあ? ボクにわかるのは、ここは幼女がしきつめられてて天国みたいってことだけかな」
……幼女?
「気がつかなかった? ボクたち、幼女がクッションになって助かったんだよ?」
……このやわらかいのが……?
俺は慌てて両手を上げた。
「あらゆる方向がやわらかい……いつまでここにいても飽きないよ……」
「いや、すぐに脱出しよう。手伝ってくれ」
「え~、ボクここで幼女ってたいんだけど……」
「すぐ脱出だ」
俺の手首を不意に誰かがつかんだ。俺は思わずふりほどいた。
「いや、振りほどかないでよ。脱出するんでしょ?」
リオンだったらしい。俺の体が不意に浮かんだ感じがした。
「飛んでるのか⁉︎」
「落ちてきたからさ、上に行けばいいんじゃないかなって。あ、ここ天井だな。破ってみよう」
金属がひしゃげる音がした。薄明かりが漏れてきた。どうやらいけるらしい。部屋に明かりが入ったことで、ぼんやりと空間の様子がわかった。どこまでも続くように見えるだだっ広い部屋だった。底には金属らしき床が……
「は?」
思わず声に出た。幼女がいたんじゃないのか? 少なくとも金属の感触でなかったことだけは確かなのに。
考えがまとまる前に、俺たちは部屋を脱出した。例のパイプが張り巡らされた空間にいた。
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部屋の上の方の隙間から、夕日が差し込んでいた。
どこからか楽しげな老婆の会話が聞こえる。
「そう……今日はずいぶんいろいろなことがあったのね~トキワちゃん」
私は思わず体を起こした。声のする方を見た。チェアに座った老婆ーートキワさんの母親だ。そのすぐそばに、3Dメガネのようなゴーグルをかけた老婆が立っていた。
「あら、起きたのね~。探したんだから~もお~! ぷんぷん」
「絵恋……さん? ここは……」
「私の家よ。まあごゆっくりしていってね~。今紅茶入れるわね~」
絵恋が踵を返す。台所に向かっていった。相変わらず外骨格のようなものをまとっている。
部屋の中は……壁一面に、いくつもの設計図が貼り付けられていた。その中には、絵恋が使っていた機械の翼の図面らしきものもあった。
「さあ、入れたわよ~。紅茶にクッキー、乙女の基本よね」
「あなたは……いったい何なんですか」
「私? 名前忘れちゃった? 絵に描いたような恋って書いて」
「とぼけないでください。あの機械の翼……私たちを襲ってきたアンドロイドがつけていたものと一緒でしょう」
絵恋は微笑んだ顔を崩さなかった。
「……私の子供たちが、ずいぶん手荒なことをしちゃったみたいね。あとで叱っておかなくちゃ」
子供。絵恋の子供。私たちに手荒なことをした『子供』。
「絵恋さん、あなた……アンドロイドのことを『子供』って呼んでいるんですか」
壁の設計図に目がいく。
「あなたが……あのアンドロイドたちをつくったんですか」
「もちろん、私一人じゃないけどね」
絵恋は紅茶をテーブルの上に置いた。そして壁際まで歩いて行くと、1枚のタブレットを手に取った。
「見て見て! これが私」
タブレット画面の中の、メガネをかけた金髪の白人女性を絵恋が指差した。その周りには何人もの研究者達がいた。
「……あなたもわかっているわよね? 私たち人間はもれなく、あと何十年かでこの地球から消えちゃうの。私にいたってはもう何年もないかもね。で、私たちが考えたのは、いかにしてそのあとの世界に『子供』を残して行くかだった」
スライドをめくる。『お父様』と呼ばれていたアンドロイドの頭に、若い絵恋が手を乗せている。
「シュタイン計画……『アンドロイドを自分自身の意思で製造するアンドロイド』……その最初にして最後の成功例があの子なの。ヴィクター……正真正銘、私たちの息子よ。私たち人類の子供。まあ、あの子が研究データを根こそぎ奪っていったせいで、研究所自体が潰されたんだけど……反抗期だったのかしらね?」
私の中で、絵恋への懸念が大きくなっていく。
「なぜそれを……そんなに嬉しそうに話すんですか?」
「そんなの、決まっているわ」
絵恋は答えた。
「反抗するということは、自立しようとしている証明よ」
日がくれた。絵恋は去った。トキワさんの母親は椅子で寝ている。
とにかく、ここから脱出しなくてはならない。部屋の扉を開けようとする。思った通り、開かない。
絵恋は息子に反抗されたと言っていたが、あの言葉には嘘の匂いがあった。現にアンドロイドに絵恋の発明であろう翼が渡っている。それも盗まれたとでも言うつもりだろうか?
絵恋は確実にアンドロイド側の利益のために行動している。現に私をここに閉じ込めた。親心のなのかもしれないが、今の私はクオンを助けださなければいけないのだ。
ここから出る方法は……一つしか思い浮かばない。
私はポケットの中から、フラスコを取り出した。
「ZZZZZZZZ」
寝ている。声に出して寝ている。『幼女』も眠るのか? 声が出ているし、起きているんじゃないのか?
じっと幼女の顔を見つめる。
人間ではない存在。
生命体ですらない存在。
彼女たちは何なのだろう。人間という種そのものの子供なのか。それともあるいは……世界そのもの子供なのか。
私はまだ、幼女が怖い。底の知れない暗闇が、幼女という形を借りてこの世界のあちこちに開いている。
それに比べ人間の何とわかりやすいことか。肉体という構造、欲望という原動力。
でも……ここに来て、だんだんとわからなくなってきた。境界線が曖昧になってきた。人を模した幼女、人を模した機械。機械を子供と言う人間。幼女の器を持った人間。
心の底で声がする。全てを知りたいなら、もう一度世界の探求に挑みたいなら、今が決断の時だと。
クオンさんはきっと、私たちを守るために私にこのフラスコ幼女を投げたのだ。持っていれば自分は助かったかもしれないのに、彼女はせめて私たちを救おうとした。トキワさんや私がクオンさんを守ろうとしたように、クオンさんもまた私たちを守ろうとした。その捨て身の覚悟を、私は無駄にはしない。私の命は二人に救われたようなもの。二人を救うためならば、この命投げ打ったって惜しくない。
それでもなお、私に未練があるのだとすれば……
この世界と、幼女たちと、和解しないまま終わることだ。
知ることがないまま終わることだ。
私が私らしくいられなかったことだ。
「フラスコの中の幼女さん……起きてますか。起きてますよね」
「……あさ か?」
「私の、身勝手な願いを聞いてください。私はどうしても、あなたたちのことが知りたいのです。そしてもう一度、幼女というものを好きになりたいのです」
「なにをいっている?」
「私が何をしても……あなたという存在に危害を加えることはありませんよね?」
「とうぜんだ」
「それを聞いて、安心しました」
フラスコの中身を一思いに飲み干した。
これが私の最後の実験になるかも知れない。




