その2「小人のうた」
俺を覗き込んでいた幼女は去り、俺は改めて辺りを見回した。病室、のように見える。記憶を辿り、俺は深い落胆に包まれた。
俺は生きている。生かされてしまった。
「起きたようだね」
女が言った。部屋の入り口に立っていた。褐色の肌に白衣を着た……女? 目の前のあれは女か? 背筋に冷たいものが走り、俺は震え上がった。
たしかに男と見間違うような中性的な顔立ちで、髪も短く切り揃えていたがそこではない、俺が目を止めたのはこの女の首元であり、それは明らかに人工的関節であって、つまり俺が何にここまで驚き恐怖しているかと言えば、どう見ても女は男でもなければ生きた人間ですらなかったということである。
女が俺のベッドに近づき、黒っぽい手を俺の額に伸ばそうとする。その手も人形の手であった。俺は上体を起こし、後退る。背中が壁に当たった。
お前は誰だ!
叫ぼうとする。上ずった声が出たが、言葉にはならなかった。
「急に大声が出せるもんじゃない。ずいぶん長いこと寝ていたんだ、君は」
聞いたことのある声だ。どこで聞いたんだ?
「……人間じゃ、ない……」
掠れた声をしぼった。
「私か? たしかに違うな」
俺のベッドの右隣の椅子に、それは腰をかけた。
「医療従事用アンドロイド型番LO-426、それが私だ。シリアルナンバーまで知っておくか?」
冗談めいた話だ。だが目の前にいるのが人間でないことは明らかだった。手だけなら義手で済ませることも出来なくはないが、首はありえない。
「まあ確かにシリアルナンバーはいらないな。この近辺には私と同型はいないし」
そういうことで黙っていた訳ではない。
「さて、他に質問はあるか? ないのであればこちらから何点か聞いておきたいことがある、まず君がどこまで記憶があるのかということについてなのだが」
「待ってくれよ……待ってくれ! 聞きたいことは山ほどあるんだ、まず本当にあんたはアンドロイドなのか、アンドロイドなんて本当に出来ているのか、だとしたら俺は何年間眠っていたんだ?! 今はいったいいつなんだ?!」
それは微笑んだ。
「そうだな、確かに君が眠る前には私のようなアンドロイドはいなかった。君はずいぶん長い間コールドスリープされていたんだ。驚くなよ、ここは君にとって、ちょうど……三〇年後の世界なのだ!」
「さ……三〇年?」
俺は気が抜ける思いだった。
「それだけ? アンドロイドの医者なんてそんなものが普及してるんだろう、三〇年なわけないじゃないか!」
「ないと言われても事実そうだからな、仕方がないだろう」
「そうさあ、あきらめな、あきらめな」
いつの間にか左側に別の幼女が立っていた、と思ったらその子は俺のベッドに腰掛けた、俺のベッドにである。
「というわけで、唄をうたうよ」
幼女が言った、どういうわけだ、だがはじまってしまった。
小人がうたうよ 小人のうた
いつでもうたうよ 小人のうた
小人のこどもが遊びにでたよ
右の道には小人のじいじ
小人のじいじは超じいじ
いろいろ悪くてお迎え近い
おい待て、本当に何の歌だそれは?