勇/ユウ/優
「ごめんなさぁい!」
私は今、超謝っている。土下座だし、額地面に擦ってるし、声を張ってるし、超絶謝っている。
「だめです」
「そんなこと言わずに! 『仏の顔も三度まで』って言うでしょ?」
「先輩が僕を怒らせたの、三度どころじゃないですよね?」
「あ、あれぇ〜? そうだったかなぁ〜?」
「……今までリハビリ中に僕の涙を舐めた回数、二年間で34,381,567回」
「いちいち数えてたの!?」
「当然ですよ。先輩の命に関わることなんですから」
「一花、恐ろしい子……」
私、小町綾は、重度の病を患っている。
それは……。
「恋の病」
「恥ずかしいこと言わないでください。失踪しますよ」
「そんなことされたら私死んじゃう!」
「死んでしまえばいいのに」
まあ、それもあながち間違いじゃないのだが。
私は、「好きな女の子の涙を定期的に舐めないと栄養失調で死んでしまう病」にかかっている。正式な病名は忘れた。
この病を発症すると、その好きな女の子に付きっきりになってもらう必要がある。当然、その相手が行方不明になったり死んだりすると、もれなく餓死する。
ここで、仮称「好きな女の子の涙を定期的に舐めないと栄養失調で死んでしまう病」がどんなものなのか、私の実際の体験談を踏まえて整理しよう。
まず、ある日突然猛烈な喉の渇きに襲われ、失神する。
病院に搬送される。
数時間後に目を覚まし、専門医の問診を受ける。好きな女の子のことについて、心当たりが無いか根掘り葉掘り聞かれる。超恥ずかしかった。
相手の女の子が専門医に呼び出され、一緒に医師の話を聞く。そういえば一花、すげぇ嫌そうな顔してたなぁ……。
そうすると、二人での生活が始まる。国で支給される住居に住み、生活費も一部支給される。私にとっては好きな人との同棲生活になるのだが、別に私のことを好いていない一花にとっては、将来に渡って自由を奪われることになる。申し訳ないとは思うが……正直嬉しい。
そして、この病気を治す今日現在の最善の治療法が「リハビリ」。一般的な食事を朝昼晩に食べて、その後に一花の涙を薄めた純水に粉末状の薬を溶かしたものを10ミリリットル飲む。薬には、元通り普通の食べ物から栄養が摂れるようにする効力があるらしい。しかしまあ、この液体がとにかくクソ不味い。おまけに症状の一種で、ご飯も紙粘土を食べているように感じる上に、食べた分が全部出ていく。体が、一花の涙しか受け付けてくれない。そんな食生活が続くわけがない。時折欲望に屈して、薬を作る時に涙を流す一花の隙を狙って舐めたり、涙を拭いたティッシュを食べてしまう。紙粘土もティッシュも私にとっては同じ。
……で、今日も一花の目尻をペロペロした罪状で怒られている。さっきも「やめてください気持ち悪いです」って言われた…………。ちなみに、私と一花は同じ大学に通っていて、私が構内で彼女とすれ違った時に一目惚れした。
「まったく……世話の焼ける先輩ですね」
怒りながらも、私のために薬を作ってくれる一花は超優しい。哺乳瓶みたいな形をした専用の容器に涙を一滴落として、そこに純水と粉薬を入れて、蓋をしてシャカシャカと振る。一花の人肌で少し温めてから、渡してくれる。そして、それを飲む。容器では一回に10回分作ることができて、残りは冷蔵保存。飲む前に少し湯煎して、それをまた人肌で温めて、飲んでいく。
「うぅ、飲みたくない……。一花の純粋な涙だけ飲みたい」
「『良薬口に苦し』ですよ先輩。早く治して、私を解放してください」
「私と結ばれるという未来は……」
「ありません」
「しょんなぁ〜……」
一花とずっと一緒にいたいけど、不味い薬は飲みたくない。
この生活が続いてほしいような、ほしくないような……。