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信/シン/慎

「はぁ、はぁ、はぁっ!」


 ひたすら走る。がむしゃらに走る。

 背後から迫ってきている追っ手に捕まれば、未来は無い。


 お嬢様の、未来が。


 ◇


 わたくしは、三年前から、ユエリスお嬢様のメイドをしておりました。


 あの夜も、わたくしはいつも通り、お嬢様を寝かしつけたところでした。


 お部屋を出ようと立ち上がった時、ふと、お嬢様の目から零れたモノに目が止まりました。おそらく、アクビをした時のものでしょう。


 突然、静電気が迸ったように、なにか特別なものを感じたのです。


 ゆっくりとしゃがみ、舌を伸ばし、ソレを一口。

 正気に戻ったわたくしは猛烈な罪悪感とともに、思い出しました。


「この世界の住人は、一度でも好きな人の涙を舐めると、それ以降その人の涙でしか栄養を摂ることができなくなってしまう」という昔からの言い伝えを。


「……え?」


 わたくしは、お嬢様が幼い頃から、傍に仕えておりました。

 わたくしが、お嬢様のことを、好き……?


「あ、あぁぁぁ…………」


 そう自覚した瞬間、わたくしはお屋敷を飛び出しました。


 もしも、わたくしがお嬢様の涙を摂取しなければ死んでしまうと知ったら、どう思うのでしょうか。

 怒るのでしょうか。

 泣き出すのでしょうか。

 軽蔑するのでしょうか。

 どちらにしろ、こんな体になってしまった以上、もうお嬢様のお傍にはいられません。


 お嬢様に、ご迷惑をおかけするわけにはいきません。


 ですから、わたくしはお嬢様が知らないくらい遠くまで行って、そこで、誰にも迷惑をかけないところで静かに死んでいこうと、思ったのです。


 それが正しいと、信じて。


 ◇


「待ちなさい、カジリ!」

「!?」


 聞き慣れた声を驚き、思わず足を止めました。


 立ち止まったわたくしの目の前に現れた馬車。そこから降りてきたのは……。


「ユエリスお嬢様!?」

「なにをしているのカジリ。あたしの世話はどうしたの?」

「……それは……」


 わたくしは言葉に詰まり、返答に困りました。


「……まあ、その訳はあとでじっくり聞かせてもらうわ。とにかく今は、屋敷に帰りましょ」

「で、ですがお嬢様……」

「……カジリに死なれては、困るのよ」

「……え?」

「気づいていなかったの? カジリがあたしの涙を舐めたとき、あたしが起きてしまったことに」

「そ、そんな……」


 まさか、わたくしが起こしてしまっていたなんて……。

 ……お嬢様に、ご迷惑をおかけしてしまいました。


「うっ、うっ……。申し訳ございません、お嬢様……」


 わたくしの中で、罪悪感と、絶望感とが入り交じった感情が込み上げました。


 すると、左の目元に温かく湿ったものが這いました。


「……お嬢……様?」

「……これで、あたしもカジリと一緒よ。さぁ、あたしを死なせないために、帰ってきなさい」

「は…………は、はい! 承知しました!」

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