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ニャー


 その戦闘のしばらく後、トラニャンがようやく目を覚ました。



(ん、あれ? 僕はいったいどうしていたんだっけ?)



 繰り返し説明するが、狂戦士スキルを発動するとその前後の記憶はなくなるのだ。

 そのためトラニャン自身、そんなスキルを持っていることを未だに自覚していない。



(ここは、どこだっけ? 見慣れない場所だな……。

 うーん、よく思い出せない)



 トラニャンはあたりを見回す。

 周囲にはアイテムボックスが散乱している。



(えーと……、そうだ!

 僕はモンスターの偵察に来ようとしていたんだ!

 おそらくここは、そのコロニーだろう。

 でもこのアイテムボックスって、豚人ピッグピープルのものだよね?

 いったい何が起こったんだ……)



 トラニャンはおそるおそる周囲の様子を伺う。


 モンスターが隠れているのではないかと、怖気付いているのだ。



 しかし物音一つ聞こえない状況や、散らばったアイテムボックスなどから安全だと判断する。



(うーむ。

 タマニャンさんが全て倒してしまったと考えるのが自然かな。

 昨晩、僕が寝ていた隙に実行したとすれば説明がつく。

 何せタマニャンさんは、Aランクの冒険者だからね。

 ひょっとして、情報の裏をとる大切さを教えるために、僕をここへくるよう仕向けたとか?

 いや、それだとつじつまが合わないような……。

 でもそれ以外説明がつかない……)



 トラニャンは混乱していた。

 着古した着衣に傷が増えていることを気づけないほどだ。

 タマニャンから預かった大切なレポートが数枚紛失していることにさえ、意識が回らなかった。



「迷っていても仕方がない。ひとまずアイテムを回収して帰ろう」



 そう独り言をつぶやくと、トラニャンは地道な回収作業をはじめたのだった。






 ※ この一行は、肉球マークに脳内変換してもらえると助かります。しばらく時間が過ぎました。






 ギルド最奥の部屋では、ギールマッシュが一人で茶を飲んでいた。


 そこへトラニャンが入ってくる。



「ギルド長、今よろしいですか? ちょっとお話ししたいことがあるのです」



 トラニャンはそう呼びかける。


 だがギルド長ギールマッシュは、不機嫌そうにため息をついた。



「ん、どうした?

 口出しはしないという約束だったから、仕事の話はできんぞ。

 どうしても助言が欲しいというならしてやらんでもないが、今はダメだ。

 言い出したら、多分止まらん」


「はあ」



 ギルド長は、しかめっ面で茶を飲み干す。

 そしてわざとらしくもう一度ため息をついてから話を続ける。



「ワシは仕事が遅いのが嫌いでな。

 だからお前さんが昨日資料を取りに来たときは、心底嬉しかったものだ。

 やはりワシの目に曇りはなかった。そう思ったんだ。

 だが今日は……。

 ああいや、このくらいでやめておこう。

 これ以上は愚痴になりそうだ」



 そこまで早口でまくし立てると、ギルド長はむくれた顔で頭を抱えた。

 どうやらトラニャンの仕事が遅いことで、いらだちを感じているようだ。



「あの、実はですね。

 さきほどまでコロニーの様子を確認しに行っていたんです。

 そうしたら、何と申しますか、既に壊滅していて……」


「だから仕事の話をする気はないと……。

 うん!? なんだと?!」


「ですから、モンスターは一匹もいませんでした。

 アイテムボックスが散乱しているだけで、ほかには何も……」


「あり得ぬ!

 あの規模のコロニーを壊滅させるには、最低でも三つのパーティが動かねばならぬ。

 いや、魔術師タイプが出現する頃合だから、五つは必要だ!

 だが名だたるパーティは、ギルドで今日一日ずっと待機していたのだ!

 つまりどう考えても物理的に不可能なのだ!

 それに用意した資金も手付かずだ!

 資金的にも不可能だ!」


「ですから、そう言われると思いまして、アイテムボックスを回収してきたのです」


「な、何……!?」


「とりあえずギルドの換金カウンターにおさめておきました。

 そちらを見てもらえれ……」



 話の途中にもかかわらず、ギルド長は部屋を飛び出して換金カウンターへと向かう。



 換金カウンターには、どういうわけか暇をもてあました冒険者たちがごった返している。



「どけ! おぉい! どかんか!」



 ギルド長が叫ぶと、ざわめきとともに人の山が割れていく。



 するとそこには、トラニャンの言葉どおり、アイテムボックスが山積みにされていた。



「あ、ギルド長! 凄いでしょう?

 これ全部、トラニャンさんが運んできたんですよ。

 でもこれ、どうしたらよろしいでしょうか? ちょっと扱いに困ってるんです。

 高ランクのものもいくつかあって、開封作業には時間がかかりそうですし……」



 ギルドの係員が、助けを求めるようにそう告げる。



(本当だったのか!?)



 ギルド長は戸惑う。

 だが、すぐさま次にやるべきことに思い至り、振り返って叫ぶ。



「おい! 誰かコロニーへ偵察に! 状況を確認……」



 その時、ギルドの入り口から一人の男が駆け込んできた。

 有力パーティの偵察担当として名を馳せている男だ。


 ギールマッシュも、この男のことは見知っていた。



「ちょうど良いところに、お前に頼みが……」とギルド長が呼びかける。



 しかし、その呼びかけに気づく前に、男は話し始める。



「た、たいへんです!

 豚人ピッグピープルのコロニーが壊滅しています!」


「なっ!?」



 ギールマッシュは男に駆け寄り、その両肩をつかんで揺さぶりながら問いかける。



「なんだと!? 本当か?! 本当なのか!!」


「え、え、ええ、ええ、間違いありません!

 わた、わたしの信用にかけて誓います!!

 コロニーは、壊滅しました!!!」



 ギールマッシュの顔が驚愕の色に染まり、その両腕の力を抜く。


 ようやく拘束をとかれた男は、ギルド長から詰問されて消耗したのか、床にはいつくばるように倒れこむ。




(ワシが指示を出すまでもなく、既に確認に行かせていただと……?

 でも誰が……? もしやトラニャンか?

 しかしトラニャンは今帰ってきたばかりなのに、何故だ!?

 こうなることは計算済みだったのか?

 これほどまでのことを成し遂げた男だ。むしろそう考えるのが自然か……)




 人は誰でも、理解できないことに直面したとき、相手を過大評価するものだ。

 その昔、英雄ともてはやされたギールマッシュでさえも、その枠組みから外れることはなかった。



 もちろん事実は違う。

 先ほどの偵察担当の男は、トラニャンの指示を受けたのではない。

 彼の所属するパーティの意思でそれを行ったのだ。


 だがたとえそのことをトラニャン本人から訂正されたとしても、そんなことはギールマッシュにとってもはやどうでもよいことだった。



 ギールマッシュは、トラニャンの男ぶりを認めてしまった。

 自分と対等か、それ以上の潜在能力を持つ男だと、心に刻んでしまった。

 この男が成長すれば、いつか自分を追い越してくれると、期待してしまった。


 途端に、ギールマッシュの胸の奥底から、喜びに似た熱い想いが沸き起こってきた。


 その感情は、ギールマッシュにとって、生まれて初めて感じたものだった。




 ギルド長ギールマッシュは、突然大声で笑い出した。



「ふ……ふははははははは!!!」


「あ、あの……、ギールマッシュさん……?」


「やられたよ。まさかこのギールマッシュが出し抜かれるとは思わなかったわ!」


「えっ!? ギルド長の指示ではなかったのですか?」



 ズシン……、ズシン……、ズシン……、ズシン……、ズシン……。



 そこへトラニャンが遅れて現れる。


 その地響きに冒険者全員が顔をひきしめる。

 だがただ一人ギールマッシュだけは、晴れ晴れとした表情を浮かべている。



「えーと、あの……」



 トラニャンが困惑気味に何か言おうとするが、それをギールマッシュがさえぎる。



「さすが俺の見込んだ男だ!

 まさか金に一銭も手をつけず、事を成し遂げるとはな!」



 その言葉に、冒険者たちが反応する。



「やはりか……」

「本当にコロニーをつぶしちまったのか」

「そんな事、あり得ないだろう!

 どのパーティが出し抜きやがったんだ!」



 皆が黙り込んでしまったが、一人の少年が顔を上げた。



「あ……、もしや……」



 その少年ウッドベレーが、自分の推測を述べる。



「僕の推理が正しければ、実行メンバーはタマニャン様です。

 彼女は冒険者になりたてのルーキーですが、そう考えるのが自然です」


「なるほど……」

「そうか、タマニャン嬢か」

「ルーキーとはいえ、彼女ならそれも可能か」



 何人かの者が、それで納得したかのようにうなずいた。



「すごいな、冒険者なりたてなのに……」

「いきなりランクAのコロニー討伐か。しかも一人きりで」

「一体どうやって……? いや、それを探るのは禁止事項に触れるか」





 事情を知らぬ者達も、周囲に流されるようにうなずいた。



 だがそんな中、うわさを知らぬ一人の冒険者が、空気を読まずに鼻で笑った。


 彼は、今日この街に来たばかりの新入りだ。

 茶髪のその男は、軽薄そうな顔つきと大げさな身振りで語り始める。



「へっ。まさか。それこそあり得ないさ。

 正論ってやつを言わせてもらうぜ。

 冒険者になりたてのルーキーが、一人でランクAのコロニーをつぶすなんて……」



 だがその反論は失敗だったようだ。

 その場にいたほとんど全ての者から、一斉に非難を浴びることになった。



「やれやれ、これだから素人はこまるぜ。

 何が正論だよ。恥ずかしくて聞いちゃいられねえぜ」

「彼女は既にAランク冒険者なんだぞ。知らんのか」

「そうだそうだ! 何も分かってないやつは黙ってろ!」



 皆がひとしきり非難を言い終えると、誰もが彼に背を向けた。

 男の近くにいた者たちも、逃げるように距離をとる。



「え? え? え?」



 賛同を得られるはずだったのに、正反対の反応を受けて茶髪の男は困惑する。



 そして追い討ちをかけるようにウッドベレーが叫ぶ。



「そうですよ! 既にタマニャン様は二つ名持ちなんです!

 それも三つも!

 『ダンジョン潰し』に『デビルキラー』、そして『ギールマッシュの再来』……」


「何だと!?」



 自分の名を出され、ギールマッシュが反応する。



「今、何と言った! どういうことだ!」



 ギールマッシュが、ウッドベレーの両肩を掴みあげる。



「いえ、あの、その……。すいません。『ギールマッシュさん・・の再来』、です」



 呼び捨てにしたのをとがめられたと勘違いしたウッドベレーが、敬称をつけて訂正する。



「そんなことを聞いているんじゃない! 二つ名持ちだと!?

 しかも何故わが名を!!!」


「あ、はい……。

 彼女は先日行われた冒険者試験で、唯一の合格者だそうでして、それで……」


「ん!? ほう……。なるほど、それでか……」


「は、はい……」




 みんなが納得している。

 トラニャンもつられて納得する。




(そうだったのか。やはりタマニャンさんがあのコロニーを壊滅させたのか……。

 記憶が定かではないけれど、きっと僕が何かヘマをしでかしたのだろう。

 だから一人でコロニーを壊滅させてくれたのかもしれない。

 いずれにしろ、あとで礼を言わねば……)




「ね、そうなんですよね? トラニャン様?」



 突然声をかけられ、トラニャンが答える。



「あ……、うん。そうなんでしょう」



 トラニャンがそう答えると、みなが歓喜する。



「ほらみろ、やっぱりそうだ!」


「すげー……! まさか一人でAランクのコロニーを壊滅させちまうとは!」


「いやいや、いくらなんででもサポートがなきゃ一人では無理だろう。

 おそらく裏方として、トラニャン様もご尽力されたはずだ!」


「そうだな。あれほどの荷物、普通はとても一人じゃ抱えて帰ってこられないですぜ!」


「すごいですぜ! トラニャン様万歳! タマニャン様万歳!」



 その賞賛は、強き者への純粋な憧れから来ているものだ。






 だが、その空気を乱すように、先ほどの茶髪の男がわざと大きな声でつぶやいた。




「でも……! でも!! 仕事がなくなっちまいましたね!!!

 おまんまの食いあげっすね!!!!!」




 そう指摘され、みんなは急に静まり返った。




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