表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

ニャー


 モンスターに見つかっても、逃げ出すだけで良かった。


 だが、トラニャンにはそれが出来なかった。



 多くのモンスターに見つめられ、トラニャンは恐怖という感情に呑み込まれていたのだ。


 足がすくんだ。

 指一本動かすこともできなかった。



 ピギィー!!!

 ピギィーーー!!!!!



 二重防壁の再奥部にあたるこの崖の真下は、『王宮建設予定地』とされる場所だ。

 ただし『王タイプ』不在の今は、ただのさら地、何もない広場になっている。


 叫び声をききつけて、その広場に豚人ピッグピープルがどんどんが増えていく。




(に、逃げなければ……)




 トラニャンの意思とは裏腹に、その身体はピクリとも動かない。




(う、動け! 動け……!)




 動けという意思全てが心臓に飲み込まれたかのように、ただ鼓動だけが大きくなる。




 ドクン! ドクン!




 このようにトラニャンは、魔物と目があっただけで恐怖心から動けなくなってしまうような男だ。


 そんな男が今まで生き残ってこれた理由。

 それは、その身に凶悪なスキルを宿しているからである。




 ドクン! ドクン! ドクン……!!!!!




 動けずにいるトラニャン目掛けて、豚人ピッグピープルたちが投石をはじめる。


 もちろんこの高さまで届くわけはない。

 だが向けられたその敵意は、トラニャンの心を大きく揺さぶるには充分だった。






(も、もうダメだ……)



 ドクドクドクドクドクドクドクン! ドクン……!!!!!






 トラニャンの鼓動は最高潮に達した。


 限界を超えた恐怖心は、トラニャンの意識を吹き飛ばした。



 気絶、である。



 しかしそれと同時に、トラニャンの視界の隅に何かが表示される。




【スキル:狂戦士を発動します】




 スキル、狂戦士。


 通常時の何倍もの戦闘力を得られる代償に、判断力や記憶力がほぼなくなるのだ。


 トラニャンは今までに何度か、このスキルを発動させている。

 だが先に上げた理由のため、トラニャンは自分がこのスキルを所持しているとは知らないのだ。



 おもむろにトラニャンは立ち上がる。


 メキ……、メキメキメキメキメキ!!


 鍛え上げられた筋肉が、さらにはち切れんばかりに盛り上がっていく。






【狂戦士化、完了しました】






 その顎がゆっくりと開かれ、言葉にならないうめき声を発する。






 ガルルルルルルルルルルルルル!!!!!!!!!!






 身体は熱を帯び、湯気がわきあがる。

 体中の皮膚が赤く怒張する。

 周囲には、殺気よりもおぞましい何かが立ち込める……。




 次の瞬間、トラニャンは十メートルはあろうかという崖を飛び降りていた。



 奇しくもそれは、タマニャンの示した第六のプランそのものだった。

 崖の上から単騎突入し、奇襲をしかける。

 トラニャンに『情報を妄信するな、裏を取れ』と教えるため、わざと仕込んだ作戦だ。


 だがそのシナリオは、トラニャンに衝撃を与えていた。


 もしそんなことが可能なら、作戦実行における被害を一番少なくできるからだ。


 被害の話だけではない。

 トラニャンにとって、その作戦が一番魅力的だった。

 奇襲をかける部隊が、トラニャンにはヒーローに思えた。

 モンスターが苦手なトラニャンは、自分がそうなるのを夢見ていた。



 その思いが強すぎたために、トラニャンは無意識のうちにその行動をなぞっていた。






 ズシーーーーーーン!!!!!






 着地とともに、トラニャンはモンスターの数匹を踏み潰す。


 そしてすぐさま近くに居た一団を、素手でひねり潰していく。






 ザスッ! ザスッ! ザスッ!






 たまらず豚人ピッグピープルたちは騒ぎ始める。



 ピギィーーー!!!

 ピギィピギィーーーーー!!!!!!



 しかしトラニャンはそれを意に介さず、機械のように処理していく。






 ザスッ! ザスッ! ザスッ! ザスッ! ザスッ!!!






 倒されたモンスターは、次々にアイテムボックスに姿を変えていく。



 ピギーー!!

 ピギーーーーー!!!






 だが第六プランの実現には、別部隊の協力が必要不可欠だった。


 崖の上からの奇襲で気をそらし、同時に正面から別部隊で挟み撃ちにする。

 それにより敵を混乱させ、被害を最小限に抑えるのだ。


 それが第六のプランのコアである。




 そうなのだ。

 騒ぎを聞きつけ、別の集団が現れたのだ。



 ピギィーッ!!!

 ピギピギィーーッ!!!

 ピギーーッ!!!!!




 どうやらこの集団が魔術師タイプらしい。

 遠巻きにトラニャンを取り囲むと、一斉に氷の魔法を打ち込む。



 ピギィーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!



 十体近くのモンスターから放たれた魔法は、避けるすべなくトラニャンに命中する。



 バキバキバキバキバキン!!!!!




 霧が発生した。


 急激な温度変化により、大気中の水分が氷結したのだ。


 しかし魔術師たちはさらに追い討ちをかける。

 幾重にも幾重にも魔法を放ち続ける。



 ピギィーーーーーッ!!!!!



 バキン! バキバキン!!



 魔法は止まらなかった。



 ピギィーーーーーーーーッ!!!!!



 バキバキバキン!!!



 どの豚人ピッグピープルも、魔力が尽きるまで魔法を放ち続けた。



 ピギィーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!



 バキバキバキバキバキン!!!!!



 それだけモンスターたちは、狂戦士となったトラニャンに恐怖していたのだ。





 やがて魔法によって発生した霧が晴れる。

 するとそこには、巨大な氷像ができあがっていた。


 氷像より氷柱とでもいうべきか。

 その氷の塊は高くそびえたっていた。

 五メートル近くあるだろう。



 ピギィ!

 ピギィー!!



 豚人ピッグピープルたちは歓喜の声を上げる。



 対象は完全に氷漬けとなり、息をすることができない。

 動くこともままならない。

 時間とともに体温が低下して、体力を奪われる。


 いわゆる詰みの状態だ。


 この状況から逃げ出すのは不可能なはずだ。



 豚人ピッグピープルたちは、そう確信した。






 だが、それも束の間の出来事。


 パキン!


 かすかな音を立て、氷像に小さなヒビが入る。



 ピギ?



 一匹の豚人ピッグピープルがそれに気がつき、近寄っていく。



 パキンパキン!!



 今度は続けざまに二度、それもかなり大きな音だ。

 他の豚人ピッグピープルたち数匹も、それに気が付く。



 ピギィ!

 ピギィ!!






 氷は確かに固い物質ではある。

 だが固いだけであり、非常にもろい。


 どれくらいもろいのか。


 それは水に氷を浮べてみればわかる。

 ピキンピキンと音をたてて、ヒビが入るだろう。


 表面と内部の熱膨張差によるひずみだけで、氷は簡単に割れてしまうのだ。






 今、それと似たようなことが起きている。

 狂戦士と化したトラニャンが、もてあましたエネルギーを熱量として発散している。


 内部の氷は温められて膨張し、表面の氷との間にゆがみが生じる。






 パキン! パキン! パキン!





 ゆがみはヒビを生じる。

 そして一度入ってしまった小さなヒビは、連鎖的につながっていく。






 パキパキパキパキパキーン!





 大きなヒビがはいる音が、周囲に響き渡る。

 どの豚人ピッグピープルも、異常事態に気が付き、黙り込む。




 ここで追加の魔法を放てば、この事態も収まったかもしれない。

 だがトラニャンの迫力に気圧されて、全員魔力を使い果たしてしまっていたのだ。


 魔法を放てる豚人ピッグピープルは一匹も残っていなかった。


 もし崖上からでなく真正面からトラニャンが突撃していたら、こんなことにはならなかっただろう。

 その場合前衛となる豚人ピッグピープルがいるからだ。

 前衛が存在すれば恐怖心はいくぶんか減り、魔力を使い尽くすことはなかったのだ。


 しかし今回、その前衛がいない。

 いや、前衛も少しばかり集まっていたのだが、あっという間に狩りつくされてしまった。


 だから豚人ピッグピープルたちは後先を考えずに魔法を放った。


 その結果が、この有様である。




 一匹の豚人ピッグピープルが後ずさりする。

 すると、恐怖心が伝染するかのように全員が退いていく。






 パッキーン! ドッシャーン!






 氷の彫像が二つに割れ、粉々になって崩れ落ちていく。

 全員がその出来事を見守っている。



 やがて赤い鋼のような大男が姿を現す。




 狂戦士トラニャンである。




 全方位へ威嚇するように、トラニャンが雄たけびを上げる!






 ガルルルルルルルルルルルルルルルルルルル………………!!!!!!!!!!






 その声にモンスターたちの足が止まる。



 既に何匹かの豚人ピッグピープルは、完全に戦意を失ったようだ。


 トラニャンの全身から沸き起こる湯気が、底知れぬエネルギー量を想起させるのだろう。

 その姿を見て、何匹がひざまずき、大地にへたれこむ。





 ようやくそこへ、騎士タイプの豚人ピッグピープルが到着する。

 コロニーの外周部で警戒に当たっていたため、出遅れたのだ。


 騎士タイプは強い。

 それぞれがBランクの冒険者に匹敵するとも言われている。

 原始的な武器や防具で身を固め、個体差はあるもののいくつものスキルを備えている。




 ビギィーーーーー!!!!!!!

 ビギィーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!




 士気をあげようと、騎士タイプの豚人ピッグピープルが叫び声をあげる。


 スキル『鼓舞』と『威圧』を発動したのである。

 味方の恐怖心を打ち消し勇気を与え、敵に絶望感と動揺を叩き込むというものだ。


 地味ではあるが、それぞれ強力なスキルだ。

 この二つがまともに発動すれば、倍程度の戦力差をひっくり返してしまうほどだ。



 だがそれでもなお、トラニャンにより心を折られた豚人ピッグピープルたちの眼に、光は戻らない。



 ピ……、ピギ……!?



 スキル『鼓舞』で復活するはずだった味方は、茫然自失のままだ。


 それならばと、敵であるトラニャンの方に目をやる。

 やはりスキル『威圧』は、全くその効果を発揮していないようだ。


 無効化されたのか、あるいは跳ね返されたのか。


 スキルを発動した騎士はそれを理解して、眼前の敵がとてつもない強者であると悟る。



 だがそれでもなお、戦わねばならない。



 終結したおよそ二十匹の騎士は、七匹ずつで隊列を組むと、三方向からトラニャンめがけて突撃を開始する。






 だが、単純な物理戦闘は、狂戦士と化したトラニャンの最も得意とするところだ。






 ギルド長ギールマッシュの通り名の一つに、掃討前線ブレイクスルーというものがある。

 狂戦士トラニャンの戦闘は、まさにそれを体現したかのようであった。


 トラニャンが豪腕を振るうたび、敵は文字通り掃討された。

 トラニャンが健脚を示すたび、その掃討前線が移動した。


 その前線は停滞することを知らない。

 もしも一箇所にとどまれば、その後には集中豪雨のように、犠牲となったものが積みあがっていくだけだ。



 もはや陣形も戦術も戦略も無意味だった。

 戦闘は物量が全てを決めるという理論もあるが、それはあくまで両者が対等の場合だけだ。



 圧倒的戦力差の前には、理論は役に立たない。


 そしてほんの数十秒で、騎士たちは文字通り全滅した。




 残るは残党ばかりだ。


 トラニャンの双眸、両方の眼球が怪しい光を放った。






 その後の一方的な討伐譚については、記すまでもないだろう。



 一つ付け加えることがあるとすれば、それはこれだけの数のモンスターをトラニャン一人きりで討伐したということだ。


 本来ならば凄腕の冒険者数十人で戦うべき軍勢である。

 しかし、それを一人きりで倒した。

 それは数十人分の経験をひとりじめしたというのとほぼ同義である。


 しかもトラニャンは、戦闘経験自体が少ない。

 それゆえこの経験は、トラニャンにとって非常に大きな価値がある。


 つまりこれにより、トラニャンの戦闘力は本人のあずかり知らぬところで飛躍的に増大レベルアップすることとなったのだ。



 だが、それは別の物語である。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ