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ニャー


 街を出て、コロニーへと向かうトラニャン。


 その様子を窺っていた者たち数人が、ヒソヒソと話し合っている。




「トラニャン様、どちらへお出かけなんでしょうね」


「昨日タマニャン嬢が偵察から帰った後、打ち合わせをしていたみたいです。

 おそらく調べ切れなかった部分を確認しに行ったのではないでしょうか」


「なるほど、まあ大体そんなところだろうな。

 裏を取りに行ったということか」


「どうします? 念のため後をつけさせましょうか」


「やめとけ。邪魔をしたと思われて、心証が悪くなったらたまらん。

 しかも俺たちの背後にタマニャン嬢が潜んでいるんだぜ」


「本当ですか!? わたしには分かりませんが……」


「気配を完全に消しているな。探るのは無理だ」


「宿の中で気配が消えたからな。そこからの推測にすぎん。

 昨日の一件もあるし、ここは静観するのが安全だろう」


「なるほど……」


「さてそうなると、討伐決行の日時がいつになるか、それが問題だな。

 決行は明朝だろうか。

 緊急招集もありえるな」


「緊急招集ですか。

 ひょっとしたら今日の午後にでも招集がかかるかもしれませんね」


「その可能性は拭いきれんな。では念のため、今日は一日ギルドで待機だ」


「へへっ、またカード三昧ですか」




 そんな話をしている男たちの後ろで、タマニャンがあくびをしていた。




(うにゃー。誰もついて行かないのか。

 トラニャン一人で行かせるのは心配だから、誰かついて行って欲しかったんだけどニャー。

 心配しすぎかな?

 CAT案のとおり行ってくれるなら安全だろうから、わたしは帰って寝ようかニャー。

 さすがに眠いニャー)






 ※ この一行は、肉球マークに脳内変換してもらえると助かります。場面変更です。






 鬱蒼と茂った藪を抜けると、トラニャンの視界が不意にぱっと開けた。

 遠くの山々が目に入り、あたりの地形が一望できる。


 ようやくコロニー近くの高台に到着したのだ。


 崖下から高低差十メートルはあるだろう。

 ここからならば、安全にコロニーを見渡せるのだ。


 安全な位置からの偵察。

 それがCAT案。

 簡単な仕事だ。


 だがそれは、既にコロニーの詳細な情報が分かっているからこそ可能なことなのである。



 そしてこの高台は、タマニャンの示した制圧プラン第六のもので使う崖でもある。



(うわー、高そうだなー。確かにここから飛び降りるのは無理だ。

 それが可能ならすごくいい作戦なのに、残念だな。

 まあここから援護射撃をするだけでも、ある程度ならかく乱できるかな……)




 ドクンドクン……。




 トラニャンの鼓動が大きく音を立てる。

 それは高所にいることの恐怖心からくるものではない。


 トラニャンは本当にモンスターが苦手なのだ。





(さて、景色を楽しんでいるヒマはないぞ。

 まがりなりにも、ここは危険地帯。

 いくら安全だとはいえ、ここにモンスターがやってこないとは限らない。

 さっさと偵察をすませて帰らないと……)



 トラニャンは、崖から落ちないように腹ばいになると、ゆっくりと崖の端ににじり寄る。



(えーと……、チェック項目と注意事項を思い出さないと。

 コロニーを形成中の豚人ピッグピープルは、既に魔術師タイプまで分化しているんだったな。

 投石なんかは崖の上まで届かないけど、魔法にだけは注意しないとね。

 緊張してきたニャー。

 見るのも嫌なんだよニャー。

 もしも目が合ったらどうしよう。やっぱりこなきゃ良かった)



 頭をかかえ、弱気になるトラニャン。



(ダメだダメだ!

 いつまでもこうしていては、徹夜してまで時間を節約してくれたタマニャンさんに申し訳が立たない!

 おいトラニャン、今こそ男を見せるときだぞ!

 まずは対象物の目視確認だ!)




 ドクンドクンドクンドクンドクン……!!!




 胸が張り裂けんばかりに、トラニャンの鼓動が激しさを増す。

 トラニャンは勇気を振り絞って、ゆっくりと崖から頭を出す。




 泥を塗り固めて作ったような、原始的な建造物が目に入る。


 不ぞろいな大きさで並ぶいくつもの小屋。

 土を盛っただけの物見台。

 二重に張られた分厚い防壁。


 タマニャンレポートに記された建物配置図の通りである。

 建設中とされたいくつかの小屋は、既に完成しているようだ。



 そして、それらの建物の周囲で、もぞもぞと動くいくつもの影。



(モンスターだ! やっぱり怖い!)



 反射的に顔をしかめるようにして、トラニャンは目をつむった。



(ダメだダメだ! 怖いからって目を閉じてはいけない!

 開け! 目を開け!

 タマニャンさんにつりあう男になるためには、こんなところで立ち止まっている暇はないぞ!)



 そうなのだ。

 実はトラニャンも、タマニャンに淡い恋心を抱いていたのだ。


 トラニャンの巨体にひるまず、気さくに接してくれるタマニャン。

 トラニャンよりも博学で、職員の仕事にとても詳しいタマニャン。

 さらに冒険者としても一流で、すでにランクAになったタマニャン。


 トラニャンから見れば、完全無欠のヒロインである。

 憧れの存在である。雲の上の存在である。


 接点があるとすれば、同じ試験を受けて、お互いに一人だけの合格者であること。



(だけどそのつながりも、僕が仕事に失敗したら、断ち切られてしまうかもしれない。

 僕の臆病さにあきれて、また違う街へ行ってしまうかもしれない。

 ダメだ!

 そんなのは嫌だ!

 タマニャンさん! どうか僕に勇気を!)



 タマニャンの顔を思い浮かべながら、トラニャンはゆっくりと目を開く。



(やった! できましたよ! タマニャンさん!)



 キィ!



 何の偶然か、その時、近くを飛んでいた鳥が高い声で鳴いた。


 その声につられ、一匹の豚人ピッグピープルが空を見上げる。


 そしてとても運の悪いことに、豚人ピッグピープルとトラニャンの目が合ってしまう。






 ピギィーーーーー!!!!!!!






 一匹の豚人ピッグピープルがトラニャンを指差して、叫び声を上げる。

 途端に周囲の豚人ピッグピープル全てが、トラニャンへと振り向く。




 だけど大丈夫。



『万が一見つかってしまったら、すぐに走って逃げること。

 地形が入り組んでいるから、ゆっくり逃げても追いつかれることはないはずよ』



 タマニャンのレポートには、そう記されていた。

 トラニャンもそれを重々承知していた。


 だから、その指示通りに走り出せばよかった。


 それだけのことだったのだ。




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