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ニャー


 夜の時間がゆっくりと流れていく。


 酒場で騒いでいた客たちも、ようやく家路についたようだ。

 最後の喧騒が遠ざかると、静寂があたりを包み込む。


 やわらかな肉球で物音を立てないはずの猫の足音さえも、聞こえてきそうなくらい静かな夜だ。



 そんな折、ニャン、と本が落ちる音がした。




 タマニャンはその音で、ふと我に返る。



(うーん、おなかがすいたニャー)



 タマニャンは背伸びをしながら、辺りを見回す。



 トラニャンがベッドで本を読んだまま眠りこけている。


 タマニャンは毛布を取り出し、そっとトラニャンにかける。



 そしてタマニャンが振り返ると、新たなテーブルが置いてあるのをみつけた。

 テーブルには猫柄のフードカバーが置かれ、メモ書きがはりつけてある。



『夜食を置いておきます。

 無理はしないでください。

 トラニャンより』



 そのメモを手に取り、タマニャンがはにかむ。


 サンドイッチ。温野菜のサラダ。香草たっぷりのパスタ。

 冷めても香りの良いお茶と甘いお菓子。


 タマニャンはトラニャンの寝顔を見つめながら、夜食で腹を満たす。




 にゃんのかんのと言って、タマニャンはトラニャンに惚れていた。

 頼りがいのある巨体がタイプだったし、にじみでるやさしい雰囲気も好きだった。

 余計なことを言わずに話をきいてくれるところや、底知れぬ存在感にも惹かれていた。


 だから、トラニャンとつりあう女性になりたかった。

 トラニャンからも、自分に好意を抱いてもらいたかった。



「よっしゃ、もう少しがんばるニャー!」



 その思いを、レポートにぶつけた。

 自分の力を、少しでも示したかった。



 結果、レポートは二十ページを越える力作となった。











 翌朝。



 トラニャンが目を覚ますと、既に食事の準備が出来ていた。

 タマニャンが運んでくれたようだ。



「おはようトラニャン。よく眠れた?

 昨日は夜食ありがとう。おかげで助かったわ。

 さあ、朝食を運んでおいたわよ。一緒に食べましょう」


「おはようございます、タマニャンさん。

 すみません、本を読んでいたら先に眠ってしまったみたいで」


「いいのよ。

 トラニャンはむしろたっぷり寝ておいてくれないとダメなの。

 だって、今日は仕事がいっぱい待っているんだからね」



 タマニャンはそう言って、一冊のレポートをトラニャンに手渡す。


 そこには『コロニー掃討計画(素案) タマニャン作』と記されていた。



(ん? あれ? 情報の下調べのはずだったのでは?)



 トラニャンが混乱しながらレポートを見つめていると、タマニャンがうれしそうに語りかける。



「素人なりにちょっとがんばってみたの。良かったら参考にしてね」


「ありがとうございます。拝見させていただいてもよろしいですか?」


「ええ、もちろん。でも、ご飯が冷めちゃうから、ちょっとだけね」


「はい」




 トラニャンはページをめくる。



『目次

 1.調査日時点でのコロニー総勢力

 2.コロニー内の建物配置と戦力分布図

 3.一日毎の勢力増強予測

 4.制圧プラン 六案

 5.ドロップボックス予測

 6.報酬分配に関する素案

 7.不測の事態が発生した場合の対処マニュアル』




「こ、これは……」



 トラニャンはさらにページをめくる。

 敵戦力、周辺地図などが詳細に分かりやすくまとめられている。



(僕がどれだけがんばっても、こんな緻密な計画は立てられないぞ。

 仮に時間を一ヶ月もらえたとしても、この水準の半分のものしかできないだろう)



 ページをめくるたびに、トラニャンは驚愕する。圧倒される。

 トラニャンの想像の範疇を、ことごとくこえているからだ。



(簡単な情報収集をお願いしたはずが、いつの間にか完璧な計画が出来上がっているなんて!)



 そんな事態の飛躍に驚きながらも、トラニャンはようやく口を開く。




「す……、すごいです。一晩でこれを?

 もしや寝ていないのですか?」


「ううん、さすがに一度仮眠を取らせてもらったわ。

 それよりごめんね、余計なおまけまで勝手に作っちゃって。

 でも、計画を立てることとそれを実行することは、まったく別物のはずなの。

 だから許してね」


「いえいえ、とんでもありません。

 今回、僕は手順を覚えるのが目的です。

 ですから、これはとても参考になります。

 非常に大きな助けになります。すごいですトラニャンさん、尊敬します!

 計画はこれで完成と言って良いと思います」


「認めてくれて、ありがとう。

 張り切って作った甲斐があったというものだわ。

 自分で言うのもなんだけど、結構良くできてると思うの。

 でもね、そのレポートはまだ完成じゃないわ。

 とても大切なことが一つ抜けているのよ」


「これでもまだ、足りないものがあるんですか?」


「ええ、それはご飯を食べ終えてからお話ししましょう」


「分かりました。ではそれまで、ちょっと考えてみます」




 温かな琥珀色のスープ、柔らかな魚料理、香ばしく焼けたパンに真っ赤なジャム。

 いくつもの薬草がブレンドされたお茶と、甘く煮付けられたフルーツの小鉢。




「昨日もそうだったけど、ここの料理おいしいわよね」


「そうですね。特にこの魚料理が絶品です」


「うんうん、それにこのパンもモチモチッとしておいしいニャー」



 程なくして、二人は食事を食べ終える。



「さて、何が足りないか分かった?」


「うーん、恥ずかしながら思いつきませんでした。

 これ以上、何かが必要とは思えないのですが……」


「そっか。言い方が悪かったかな。

 足りないものは単純よ。

 それは裏を取る、ということ。

 つまり情報の確かさを、自分で確認するということね」


「裏、ですか?」


「ええ。

 いくらそれっぽい情報を得たからといって、全部信じちゃダメ。

 確かめもせずに情報を扱っていたら、いつか必ず失敗するわ。

 だまされたり、見落としがあったり、勘違いしたりするの。

 だから、妄信するのはダメ。

 面倒だけど、できれば自分で確かめること。これは大切な手順の一つよ」


「なるほど……。分かりました」


「それでね、どうすれば裏をとれるかっていうポイントをまとめてみたの。

 A案B案CAT案まであるわ。

 そのまま使ってもいいし、参考にするだけでもいいわよ」



 そう言ってタマニャンは、さらに別のレポートをトラニャンに手渡す。



「ここまで……、ありがとうございます」


「でもそっちは完全に蛇足だったわね。

 裏の取り方を情報提供者から教えてもらったのでは、意味がなくなっちゃうもの。

 騙してくれって言っているようなものよ。

 だから次に裏を取るときは、自分でやり方を考えてね。

 まあ今回のその蛇足は、初回ってことで大目に見てよ。

 じゃ、わたしは食器を下げてくるね」


「あ、それは僕がいきますよ」


「ううん、これはわたしの仕事。

 だって、ここからはトラニャンの時間を節約すべきなの。

 トラニャンはそのレポート二つに目を通してほしいわ。

 早速行動開始よ!」


「……分かりました! では勉強させていただきます!」



 タマニャンが部屋を出て行く。

 トラニャンは計画書を読み込む。



(すごい緻密なレポートだ。ふむふむ、なるほど……。やはり時間が勝負なのか)




 タマニャンが戻ってくると、トラニャンはレポートに没頭していた。

 それを邪魔しないように、タマニャンは借りてきたままだったテーブルを運び出す。



(なるほど、情報確認A案とB案は冒険者を雇うのか。

 CAT案は自分で調べる……のか。

 ううむ。

 これが一番確実なやり方で、時間も短縮できそうだ。

 だけど、モンスターは怖いな……)





 タマニャンが再び戻ってくるころ、トラニャンはようやくレポートを読み終えた。



「読んでくれた?」


「はい。とても参考になりました」


「良かった。

 そうそう、念のために忠告しておくわ。

 六番目の制圧プランは、冗談で書いたようなものだから本気にしないでね」


「え? 崖から飛び降りて奇襲をかけるってやつですか?

 被害も最小限におさえられるようだし、とても良い案だと思うんですが……」


「だめだめ、あんなプランを実行できる人なんているわけがないわ。

 あれはね、情報の裏を取る大切さを分かってもらうために、わざと仕込んでおいたの。

 実際に崖から見下ろせば、実現不可能な作戦だと分かるはずよ。

 でも悪乗りが過ぎたわ。

 採用される危険性が1%でもあるなら、それを計画書に載せちゃいけなかったの。

 徹夜でテンションがおかしくなっていたみたい。

 ということで、そのプランは絶対選ばないようにね! 釘を刺しておくわよ!」


「なるほど、そういうことだったんですか。

 教えていただいて、ありがとうございます。

 では、僕は出かけてきますね」


「うん、じゃあわたしはもう一眠りするね」


「分かりました。

 では合鍵をあずけておきますね」




(さて、まずはタマニャンさんの言うとおり、裏を取ることから始めるか。

 偵察専門の冒険者を雇ってもいいけれど、ここで僕ががんばらないでどうするんだ!?

 モンスターは怖いが、いずれは通らなければならない道だ。CAT案でいこう!)




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