ニャー
(んー、早速後をつけられてるニャー。
尾行は五人か。
偵察の邪魔されても困るし、さっさと撒くかニャー。
でも結構な手練の連中みたいだから、てこずりそうだニャー。
着いて早々こんなだと、この街もそんなに長居出来ないのかも……)
「消えた?! まさか!?」
「腕が鈍っているようだな。俺も人のことは言えんが……」
「くっ……、まさか一年目のルーキーに撒かれるとはな。確実に俺の負けだ……」
(ごめんニャー! さて、まだ二人ついてこれてるみたいだニャー。
どこまでついてこれるかニャ? ちょっと楽しくなってきたニャ)
「まさか俺が付いていくのがやっとだと!?」
「あのスピード、間違いなく疾走系のスキル持ちですね」
「ああ、それもかなり鍛えてあるようだな」
「ここまでか……、もう追いつけない。俺たちの負けです」
「だが行く先は見当がついた。おそらく例の場所だ」
「まさか、コロニーですか?! ほぼ反対方向ですよ!
いや、むしろ逆だからそうなのか……!
くっ! 先回りして待ち受けますか?!」
「やめておけ」
「ですが……」
「今ここで引けば、軽い手合わせということで、すませてもらえる。
しかしその手合わせで、俺たちは敗北したのだ。
この上しつこく邪魔をするなら、それは敵対行動と取られかねん。
逆の立場で考えてみろ。
見知らぬ素人が分をわきまえず、人気のない戦場まで後をつけてきたらどう思う?
得体の知れない輩が背後にいるとすれば、お前ならどうする?
もちろんお前は一人、相手は複数だ」
「……十中八九、素人を装った物取りか何かでしょうね。
俺なら警告なしでぶちかますでしょう。
危険地帯で悠長なことやっていたら、命がいくつあっても足りませんからね。
……なるほど、納得しました。
これ以上追うのは、言い訳が立ちません。
格下ばかり相手にしてきたせいで、格上の者に対する礼儀を忘れておりました。
反省いたします」
「分かればいい。
それにあのお嬢さんは、トラニャン様とつながりがある。
いくら後輩の冒険者とはいえ、これ以上の挑発は控えるべきだ」
「そうですね。
それにしても目的は何でしょう。
もしや一人でコロニーを潰す気でしょうか?」
「いや、いくらなんでも、それはあり得ぬだろう。
今回はおそらく様子見だろうな。
装備からしても、偵察が主目的のはずだ。
だが、生半可な者達を連れて行っては、その偵察が台無しになりかねん。
だから撒いた。ついでに俺たちの実力を探った。
そんなところだ」
「フ……、俺たちが半人前扱いってことですか。
強力な商売敵のご登場ってわけですね。商売あがったりです」
「そう悲観するな。
偵察の仕事はなくならんさ。
いくらでもやることは残っている。
むしろ負担が減ったと喜ぶべきだ。
それより報告に戻るぞ。
ランクAって実力は、やはり本物のようだ」
※ この一行は、肉球マークに脳内変換してもらえると助かります。場面変更です。
ニャンニャンニャンと戸を叩く音がする。
「トラニャン、居る? 入るわよ?」
「あ、タマニャンさん、お帰りなさい。ご無事で何よりです。
お疲れでしょう。どうぞおくつろぎください」
「うん、ありがとう。
早速で悪いけど、何か食べさせてもらえる? もうおなかペコペコ。
それから机かりるわね。情報まとめなきゃ」
「はい、では何か食事を頼んできます」
「ありがとう。悪いわね」
「いえ、これが僕の仕事ですから」
「じゃあ、しばらくわたしは集中するね。
食事ができたら声をかけてもらえるかしら」
「分かりました。では行ってきます」
数十分後、トラニャンはキャリーカートに山盛りの食事を載せて戻ってきた。
その背中には、大きなテーブルを背負っている。
トラニャンはそっとドアをあけ、中へ入る。
するとタマニャンが、真剣な顔で書類と格闘している姿が見えた。
テーブルの上は、書類でいっぱいだ。
(念のためにと、別のテーブルを借りてきて良かった)
部屋の片隅にテーブルを置き、物音を立てないように食事を並べていくトラニャン。
そして全てを並べ終わると、そっとタマニャンに近寄り声をかける。
「タマニャンさん、食事の用意ができましたよ。
キリのいいところで中断してください」
「ニャッ!? ああ、ごめん、気が付かなかったニャ。
うーん! よし、じゃあここで一休みするわ。
片付けるからちょっと待ってて」
「食事用のテーブルをあちらに用意しましたので、ここはそのままで大丈夫ですよ。
ではどうぞ、温かいオシボリです」
「ありがとう! 助かるニャー!」
二人は温かな食事を楽しむ。
ぐるるにゃーん、ゴロロロロロ。
五人前はあろうかという量だ。
それがあっという間に二人のお腹におさまった。
「ところでさ、ここ、二人部屋みたいだけど、ほかに誰か泊まる予定あるの?」
「いえ、僕一人だけです。
今一人部屋に空室がないそうなので、サービスで貸してくれたんです。
こんないい部屋を一人前の料金で貸してもらえて、助かります」
実際のところは、当然ながら違っている。
トラニャンの容姿におびえた宿主が、最高の部屋を最低の宿賃で貸し出しただけなのだ。
「そうなんだ、ラッキーだったね。
それじゃ今晩、わたしもここに泊めてもらっていい?
お金節約したいのよ。
情報をもうちょっと分析しなきゃいけないし、宿を探す時間ももったいないわ。
というわけで、どうかしら?
大丈夫、変なことをするつもりもないし、されるつもりもないわ。
わたし、トラニャンのこと信じてるし」
その申し出をどうするか、トラニャンは迷った。
(そういえばお金に困ってるって言っていたな)
「僕はかまいません。
ですが、一つだけ気がかりなことがあります。
タマニャンさんを泊めることで、新たに変な噂が立つかもしれないということです。
そうなったら、困りませんか?」
「うーん、それに関してはなんとも言えないわね。
もう既に色々と変な噂が立ってるし……。
でも、デメリットだけじゃないのよ。
言い寄ってくる変な男が減るっていうメリットがあるわね。
あ!
でも、それは逆にトラニャンにとってデメリットになっちゃうね。
言い寄ってくる女の子が減っちゃうもの」
「いえいえ、僕はさっぱりモテないのでその心配は不要です」
「本当? そうは見えないけど……。
じゃ、じゃあ、今夜はあまえちゃっていいかな?」
「もちろんです。
では食器を下げてきます。
何か手伝えることがありましたら、何でも言ってください」
「じゃあ、テーブル置いていってもらっていい?
作業スペースがもう少し欲しいの」
「ええ、もちろんです」
トラニャンが部屋を出ると、タマニャンは作業を再開する。
数分後、トラニャンが部屋に戻ってくる。
だがタマニャンは、それに気が付かないほど集中していた。
トラニャンは、さらにもう一脚借りてきたテーブルを置き、その上に飲み物と夜食を用意する。
『何か手伝えることはありませんか』
トラニャンはそう声をかけようとしたが、それを思いとどまる。
(集中しているようだし、声をかけたら邪魔になりそうだ。
おそらく僕が手を出すより、一人のほうが効率良いだろう)
トラニャンは『中級ギルド職員への道しるべ』と題された本を取り出す。
そして邪魔にならない場所を探し、部屋の隅のベッドに横たわる。
(何も手助けできない自分が不甲斐ない。もっとたくさんのことを学ばねば……)