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ニャー


「ガーッハッハッハッハッハッ」



(あれ? 僕、何か笑われるようなこと言ったのかな?)


 トラニャンは自分の発言を思い返す。



「ん、どうした?

 まさか自分で言ったことの意味を分かっていなかったのか。

 要するに、お前さんがその『偉大な冒険者』の代役をやるんだよ。

 さしずめ『偉大なギルド職員』てところか。

 ガーハッハッハッ!!」


「あ……」



 トラニャンは恥ずかしそうに頭をかいた。



「ふぅ……。さて、他に質問はあるか?」


「いえ、ありません」


「うむ。では以上だ。

 旅の疲れもあるだろう。

 今日のところはもう帰ってもよい。

 買い物を済ませるも良し、休むも良しだ。

 動くのは明日からでも、かまわん」



(明日からでいいのか。今日一晩ゆっくり考えてみよう)


 トラニャンはそう考え、ほっと安堵する。



「ありがとうございます。では、これにて失礼させていただきます」


「そ、そうか……。では金は預かっておく。いつでも必要な分だけ取りに来い」



 ギールマッシュは少しばかり残念そうにそうつぶやいた。

 だがトラニャンは、その声色の変化に気づくことはなかった。



「はい、その時はお願いします」



 そしてトラニャンは、ギルドの裏口から外へと静かに出て行った。






 ※ この一行は、肉球マークに脳内変換してもらえると助かります。場面変更です。






「おい、お前の持ってきた情報、間違ってるじゃねーか!

 合格者一名ってのは合ってるが、冒険者じゃなくて職員の方だろ!」


「しかも名前まで間違えやがって!

 タマニャン様じゃなくてトラニャン様だったじゃないか!」




 新人ギルド職員ふぜいに『様』がついた。

 ギルド長を呼ぶ時でさえ『さん』付けなのに、この扱いである。




 だが彼ら冒険者の事情を考えれば、それも当然のことだ。


 目上の者に間違った態度を取れば、何が起こるかわからない。

 そんな世界で彼らは生きている。


 そして、そんな世界ゆえの知恵というものが存在する。


 その知恵とは、『日ごろから敬称をつけて慣らしておかないと、とっさの時ヘマをする』ということだ。

 彼らはそれを熟知している。


 酒に酔ったとき、あるいは疲れてほうけているとき、つい、慣れた呼び方を使ってしまうのだ。

 そんな失敗をして、タコ殴りにされた仲間を何人も見てきている。



 だからトラニャンへの敬意を示すため、自然と『様』がついてしまうのだ。

 彼ら冒険者たちは、それだけ圧倒されてしまったのだ。






 話を戻そう。




「いえ、その……、ちゃんと確かな筋から裏を取ってきたのですが……。

 どうにも情報が錯綜しているようです」



 まだまだ新米の冒険者ウッドベレーは、うなだれながらそう答えた。



「何が裏だ! まったくそんなんだからいつまでたってもお前は半人前なんだ!」


「すみません! 反省します!」


「しかし、なぜあれほどの男が職員なんぞになったんだろう。

 あの身体なら、冒険者としていくらでも稼げるだろうに」



 するとリーダー格の男が勝ち誇ったような顔をして立ち上がった。



「ふん……。

 知らないようだから、教えてやろう。

 ちゃんと頭を使えればの話だが、ギルド職員てのは冒険者以上に儲かるんだ。

 それも自分だけ安全な場所でな。

 だからトラニャン様は、職員になることを選んだ。

 分かるか? この理屈が」


「はあ……」



 気の無い返事を受けて、リーダー格の男はみなを馬鹿にするように「けっ」と笑った。

 そして見下ろすようにして全員の表情を確認しながら、話を続ける。



「もう一度教えてやるぞ。

 ギルド職員ってのは、儲かるんだ!

 よく考えてみろ。

 もしもそうじゃなかったら、ギールマッシュさんがギルド長なんかやるわけないだろ?」


「……ああ、なるほど!」


「確かにそうですね! 気がつきませんでした!」


「それは説得力あります! さすがです!」



 みんながリーダーの意見を賛美する中、ウッドベレーがうなだれる。



「そうなんですか? 僕も職員になれば良かった……」



 そうつぶやくウッドベレーを、リーダーがたしなめる。



「馬鹿! 何を勘違いしてやがる!

 ギルド職員として成功するには、頭がまわらないといけないんだよ!

 さらに頭だけじゃなくて、腕っぷしも必要なんだ!

 お前はどっちも足りてないだろ!

 お前じゃ無理だ!」


「そうだそうだ。お前じゃ無理だ!」



 ほかの冒険者たちも同調してウッドベレーを責めたてる。

 ウッドベレーは愛想笑いでそれをごまかす。


 どうやらそれがウッドベレーにとっての日常らしい。






 さて、そこへ一人の男が駆け寄ってきた。



「情報です!

 例の仕事、どうやらトラニャン様に任されることになったようです」


「本当か?」


「ほぼ確定です。

 いつものギルド長なら、既に討伐隊の編制をはじめているはずです」


「なるほど、疾風流星シューティングスターのギールマッシュさんなら、確かにそうするはずだ。

 ……ふむ、金の動きはどうなってる?」


「はい! 銀行から五百万ニャロンの引き出しがあったようです」


「そんなにか。予想より多いな。せいぜい三百と踏んでいたのだが」


「ふむ、読めてきたぞ。

 初仕事でAランクの討伐をこなしたとなれば箔がつく。

 そこでこの件を、新人のトラニャン様にまかせたのだろう。

 だが、初仕事は初仕事。

 何が起こるか分からない。

 ギルド長はそれを危惧した。

 だから保険として多めに金を用意した。そんなところか」


「うむ、その読みで間違いあるまい。

 派手好きのギールマッシュさんの考えそうなことだ」


「それでトラニャン様はどうされている?」


「はい、どうやら今日は早退を命じられ、市場へ買い物に出かけたようです。

 討伐の件で動くのは、明日からだとか……」






 ※ この一行は、肉球マークに脳内変換してもらえると助かります。場面変更です。






 新人職員の大男トラニャンは、日用品を買うために市場へやってきていた。


 その大きな背中を、猫耳の小柄な少女がニャンニャンと叩いて声をかける。



「ねえねえ。もしかして、トラニャンじゃない!?」


「はい、そうですが……。

 あ、タマニャンさん! お久しぶりです!

 また会えてとてもうれしいです。

 それにしても偶然ですね。驚きました」


「うん、わたしもびっくりだよ!

 この街に赴任になったの?」


「はい、先ほどギルドで挨拶をすませてきたところです。

 タマニャンさんもこの街へいらしてたんですね」


「ええ、まあ……、色々あってね。

 それより職員試験合格おめでとう! 今年一人だけだったんですってね」


「ありがとうございます。

 そしてタマニャンさんもおめでとうございます。

 冒険者試験合格者が一名だけってのは、史上二人目だそうですよ」


「ありがとう。本当は職員になりたかったんだけどね。

 それでどうしたの? 浮かない顔しちゃって……」


「分かりますか?

 実は赴任早々大きな仕事を任されちゃいまして……。

 プレッシャーに負けそうになっていたところです」


「へー、すごいじゃない。それだけ期待されてるってことよ」


「そうだといいんですが……。

 あれ、タマニャンさん、なんだか疲れているみたいですね」


「あ、うん、分かる?

 ちょっと愚痴を聞いてもらえるかな。

 お茶くらいならご馳走するわ」


「ああ、はい、僕でよければ喜んで。

 僕も色々話を聞いてほしかったんですよ。

 良ければ僕におごらせてください」




 二人は近くにあった猫耳カフェへと入っていった。


 その様子を物陰からずっと見ていた者たちが動き出す。




「おい、あの女は何者だ!? やけに親しそうに話していたな」


「見ない顔ですね。

 冒険者っぽい格好をしていましたから、流れ者か新人かのどちらかでしょう」


「よしお前、ちょっとカフェに行って探って来い」


「いや、無理ですよ! 消されちゃいますよ!

 兄貴こそ行ってきてください!」


「何お前? 俺に逆らうのか? お前俺が怖くないの!?」


「いやいや、兄貴も怖いですが、トラニャン様の方が250000倍怖いです!

 ここでこうして探るような真似してるだけでも十分危険なんですよ!?

 分かってます!?

 もし何かトラブルが起きたら、兄貴、俺を助けてくれますか?

 助けに来てくれなかったら、兄貴の名前を叫んでもいいですか?」


「う……、いや俺はただ、トラニャン様に不便がないよう見守っているだけだ。

 俺は関係ない」


「ずるいですよ! じゃあ俺もここで見守るだけにします!」


「ぐ……。まあしょうがない。そうするか」



 猫耳カフェの周辺では、そうやって様子を探る男たちが数組ウニャウニャと立ちすくんでいた。






 ※ この一行は、肉球マークに脳内変換してもらえると助かります。場面変更です。






「……で、いきなりAランクスタートなのは良いけれど、すごく困ってるの。

 わたしの手に負えないような仕事を、行く先々で押し付けられそうになってもう散々だわ」




 そこへメイドさんの格好をした猫耳の女性が、お茶を運んでくる。


 メイドさんは、タマニャンを見て愛想良く微笑む。

 だがその直後、メイドさんは隣のトラニャンを見て、借りてきた猫のように固まる。


 数十秒のフリーズの後、メイドさんはどうにかこうにかお茶を置いて去っていった。


 トラニャンとタマニャンは、それに気づかず話を続けている。

 お互いがお互いに夢中だったのだ。



「それに、なんだか身に覚えのない噂が広まってるみたいなの。

 いつの間にか通り名までつけられてて困惑してるわ。

 ダンジョン潰しだとか、デビルキラーだとか。全くありえないわよね」


「えっ!? ダンジョン潰し? タマニャンさんがですか?」


「ええ。こんなか弱い少女をつかまえて、『ダンジョン潰し』はないわよね」


「ハハハ、まったくです」



 自分のことを『か弱い』と形容した点には触れず、トラニャンはそう答える。



「そんなわけでね、詳細は省くけれど、面倒なことになる前に街を逃げるように出てきたの。

 後はその繰り返し。

 このブルーデイコンで、えーと、もう五つめの街かな?

 長くて一週間、早ければその日のうちに街を逃げ出したわ。

 もうクタクタよ」


「そうだったんですか」


「路銀も足りなくなってきたし、精神的にも疲れがたまっているわ。

 少しでもここで長居ができればいいんだけどね。

 あ!

 っていうか、トラニャンはここの職員よね?

 無理なことさせないように、うまくとりなしてもらえないかしら」


「え、ええ、もちろん。タマニャンさんにはお世話になりましたからね。

 精一杯努力させていただきます」


「ありがとう! これで少しは長く居られるかな……。

 その代わりと言ってはなんだけど、トラニャンの仕事、できる範囲で手伝うわ!

 っていうか、わたし職員の仕事にまだ未練があるのよね」


「助かります。では早速ですが、僕の話をきいてもらえませんか。実は……」




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