ホームレス娘の日常。
002
日差しが猛烈に照り付ける中、知らない街を闊歩する。
知らない街、知らない場所、知らない道。
左へ曲がったり右へ曲がったり、ゆく宛もなくフラフラ。
やがて小さい公園を見つけた。そこで一休みして疲労の回復を待つことにする。
公園と言っても遊具もなにもない寂しい所だった。あるのは土管が数本。せめて日差しを防ごうとその中へ潜り込む。
もう何日走っただろうか、歩いただろうか。覚えていない。足はもちろん、空腹も限界に達しようとしている。
先ほど通りがかった電気屋のディスプレイ用テレビで見たニュースによると今日の気温は38度らしい。いらない情報だった。余計暑く感じる。
暑いと呟いても涼しくなるわけではないし、お腹がすいたと嘆いても空腹が紛れるわけでもない。
無言で俯きながら太陽が地球の裏側まで沈むのをじっと待つことにする。
ーーーどれほど時間が経っただろうか。
疲労からか、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
まだぼんやりしている意識、視界。
「……ょうぶか?」
突然聞こえた声とほぼ同時に、肩に何かが触れる感覚。
防衛本能からか、その感覚から逃げるように飛び起きる。
ゴォン!! 鈍い音が聞こえると共に頭に強烈な痛み。そうだ、土管の中にいたのだった。
「ああ…うん、大丈夫…?」
これが大丈夫に見えるのだろうか、今まで経験した中でも稀に見る痛さだった。痛いと呟いても痛みが消えるわけでもないが、思わず、痛い。と呟いていた。
頭を抑えながら声のした方を見る。制服?の男の子がのぞき込んでいた。手にはビニール袋、薄ら透けて見えるパンのパッケージ。
もう何日、何日食べ物を口にしていないだろうか。食料を目にしただけで唾が口の中いっぱいに広がった。
考える余裕はなかった、食べ物を摂取できる千載一遇のチャンス。
気が付くと私は、ビニール袋を奪い取り、パンをがむしゃらに貪っていた。
ーーー
私は再び歩いていた。ゆく宛もなく。フラフラと。
空腹は満たされた。疲労も少しは回復した。
あたりはすっかり真っ暗、昼の間地面を焼いていた太陽も今では地球の裏側にいる。
あんな失礼なことをしたのに。
あんな無礼なことをしたのに。
あんな無様な姿をみせたのに。
男の子は優しくしてくれた、私の空腹を察したのか、自らが食べるはずだったであろう食べ物を全部、見ず知らずの私に差し出してくれた。
人に優しくされるのはいつ以来だろう。嬉しさと懐かしさで自然と目が潤ってきた。
一歩、また一歩と、少しづつ進んでいく。
どれほど歩いたか。知ってる景色の所へ来た。
ショーウインドウの中にはテレビ。
昼間にニュースをみた電気屋だった。
「ここ……」
この街をぐるりと一周してしまったのか。
やっぱり……未練あるのかな。
昼間とは違った顔を見せる商店街。
あたりは閑散としていて、人の姿は見えない。
昼間に見た、昼間に通った道の記憶を呼び起こし、あの公園を探す。
フラフラと。
フラフラと。
ようやく見つけた。
ここからも見える、大きい土管。
その土管の前に人影が見えた。
さっきの男の子だった。
なにしてるの? と、話しかけると、驚いたのか男の子も昼間の私のように土管に頭をぶつけてしまった。痛みはよくわかる。経験済み。
男の子は頭を抑えながら、君こそこんな時間にどうしたの? と、自分の方が今は大変な状況だろうけど、それより先に私の心配をした。
ああ、やっぱりこの人は優しいのだろう。
だめだ、こんな優しくされたら。
私は一つ決心した。
そして、一つの嘘をついた。
ここが私の家なの。
自分を住所不定者、ホームレスだと自己紹介した。ご飯なんて残飯で充分だし、お風呂もいらない。汚い女です。と自己紹介した。
そうすればこの男の子も気味悪がってもう私に近寄ったり、話しかけたり、手を差し伸べたりしないだろう。
それでいい。私なんかに関わるべきではない。
優しくされて自分勝手に都合よく解釈して、それではだめなんだ。
私は私。私一人の力で生きなければ。
この男の子がどれだけ優しくとも、それに甘えるわけには行かない。
しかし、それは私の思惑通りには行かなかった。
男の子は、私の手を取り引っ張った。
なぜ? と聞くと私を放っておけないと言う。
なんで私なんかに優しくするんだろう。
だめだ、もう我慢出来ない。涙が頬を伝った。