終わりの世界のValentine
企画 鬼は外、チョコは内 に提出した作品です。
許可貰って転載。
本家 http://ncode.syosetu.com/n7377by/43/
「ねえねえ」
「ん? なんだい?」
「今日って、 二月十四日だよね?」
「うん、そうだけど?」
いきなり彼女が聞いてきた。
二月十四日……何かあった気がする。
……思い出せない。
もう、失った記憶となってしまったのだろうか。
「えっと……何かあったっけ?」
「あれ? もう忘れていたんだ。バレンタインだよバレンタイン」
「ああ、そうだったね」
けれどもすっかり忘れていたようで、その言葉を聞いても思い出すことはなかった。
「……で、どんな行事だっけ?」
「もう、忘れちゃったの? えっと……二月十四日にね、女の子が男の子にチョコレートを渡す行事なの」
「ふーん……そうなんだ。……ごめん、思い出せないや」
「え~」
彼女はぷぅとふくれてぽこぽことこちらを叩いてきた。
「よしよし」
軽く頭を撫でてあげる。
「えへへ」
彼女も機嫌を取り戻したようで満足そうな笑みを浮かべている。
「それにしても誰もいないね」
唐突な話題転換。
「最後に他の人に会ったのっていつだっけ?」
「わかんない」
もう覚えていないや。
周りは見渡す限り一面の草原。
「でも、それでもいいよね。君がいるもの」
「二人でずっといたいね」
この世界には「ぼく(かれ)」と「彼女」さえいればそれでいい。
見渡す限りの一面の草原。
昔はどこか大きな街などだったのかもしれない。村だったのかもしれない。
ただ、忘れ去られた(うしなわれた)だけで。
「うん、そうだね」
僕はうなずいた。
「ああ、そうだ」
ごそごそ 彼女は鞄の中の中を漁る。
「あっ……」
少し残念そうな表情をしたあと、「はい、これ」
満面の笑みを浮かべて差し出してきたのは、
「……チョコレート?」
「うん…… 二つあったんだけど……一つはダメだったみたい」
「いいのか? 今となってはこんな甘味貴重だろうに」
「いいの!」
「ならいいんだけど……」
彼女は強引に押し付けようとする。
「なら、半分食べるか?」
久しぶりの甘味なのだからもったいない。
「ほんと!?」
「うん」
「ホントのホント?」
「うん、もちろん」
さらに言い募ろうとする彼女を押しとどめ深くうなづく。
「わーい、やったー!」
よっぽど嬉しかったのかぴょこぴょこ跳ね回っている。
パキん
二つに割った板チョコの半分を彼女に渡す。
「ありがと」
はむっ
彼女が大きく頬張る。
「あまーい」
ポキン
同じようにかぶりついて食べる。
確かに甘い。
「ねぇ……
一陣の風が吹いた。
周りの草木がざわっと騒ぐ。
何かを悼むかのように。
何かを惜しむかのように。
ふと、涙が流れていることに気づく。
また、大勢なものを失ったようだ。
今度は何を忘れた(うしなった)のだろうか?
手に持っていったチョコレートを見つめしばし思案する。
それでも、失って(わすれて)しまったものは取り戻せ(おもいだせ)ないわけで。
口の中に残ったチョコレートの味はやけに苦く感じた。