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② 『氷の国のアマリリス』/松山 剛



行太が目の前に立っても茜さんは視線を動かさない。大体掃除の時間になった辺りだと、ほとんど読んでいる本は終盤にかかっていて、それを切り上げるタイミングがないのだろうとなんとなく予想した。

 下を向いた彼女のまつげは長くて、今日は赤いめがねをかけていた。黒い髪と瞬きで揺れる長いまつげが綺麗で、七月の風で流れる薄い色のカーテンとのコントラストが行太の胸の奥の方をドキドキさせた。

「すみません茜さん。時間です」

「……」

「茜さーん」

「……」

 掃除が始まる時は、促せば前の机が前に寄せられるのに合わせて前にゆっくり進むのだけど、終わる時のタイミングでは固まっていた。行太が教えてあげないと一向に後ろに進まなかった。

 やがて読み終わると青一色のシンプルなブックカバーをゆっくりと閉じて、ふうと一息吐いた。唇の形が少しとがって艶っぽい。かすかに笑顔。うんかわいい。

「いやーこう上から見ると良く見えますね。茜さんはやっぱりその辺の雑魚とは違うな!」

「……?」

 声にようやく気づき、上を見上げる。しゅっとした顎のラインから鎖骨へと流れる身体のラインを行太が見ようとしている事に気づき、あわてて立ち上がる。

「今日は君だったのね、迂闊だった……本当に訴えるわよ」

「俺もクラスの会で問題提起してもいいんですよ。〈意図的に掃除の妨害を働こうとしている人がいるんですが〉って」

「そんな、意図的じゃないわよ……」

 茜さんは片手で椅子、片手で机をガラガラと引きずり、警戒するように行太をじっと見つめている。厳しい目で見られるとなんだか背筋を背徳感が駆け抜けて……やばいんじゃなかろうか。

 行太はゆっくりと椅子だけ持って近づくと、茜さんが椅子と机を元の位置にセットして椅子に座った瞬間に本をとった。

「あ……ちっ」

 回収をはかろうとした茜さんの露骨な舌打ちが入るが気にしない。気にしたら負けなのだ。そうアドバイスされた。

「今日は何を読んでたんですか……うん、今日もかわいい女の子ですね。なんかこの前のより時代がかってる。それになんていうか、冬だ」

 表紙には青い髪の女の子が氷の結晶形の髪留めをつけていて、防寒の服も全体的に青で統一されていた。寄りかかっているのはどでかいバイクのようだ。どことなく軍隊チックだった。女の子のほっぺたはぷにっとして柔らかい絵で、どことなく絵本チック。

「『氷の国のアマリリス』……アマリリスってエッチな悪魔でしたよね。この子かわいい顔してやるな……」

「なによそれ……普通アマリリスって花よ」

 え、花? 行太はスマホを取り出して確認すると確かに赤く大きな花が出てきた。

「頭の中何で出来てるの……」

「昼の弁当の中身とエロい事ですね。あ、安心してください茜さんはちゃんと分けてっ」

 机の中にあった教科書(数1)で思い切りぶん殴られた。

「帰る」

「嘘です! 冗談です! 感想をお聞かせください!」

「嫌」

「聞いてからじゃないと部活行く気にならないんですよ!」

 行太の身振り手振りのアピールに哀れみを感じたのか、少し睨んで来たけれど、茜さんは椅子を払ってから座った。やっぱりいつもは表情が固まっているからクラスの皆は怖いイメージがあるみたいだけど優しいじゃないか。どうだ、と一人勝手に悦に入っていた。

「ていうか君、部活に入っていたのね……」

「そうなんですよ。気になります?」

「いいえ、さっさと行ってくれないかと思って」

 がっくりである。行太が露骨に肩を落として両手と顎を机に置いてため息をつくと、う、と呻いて茜さんは眼鏡を取った。眼鏡をかけている時といない時の差はなんなんだろう。

「そ、そんな落ち込まなくてもいいじゃない」

「はぁ……別に感想くらいいいと思うんだけどな……減るもんじゃないのにな……そんなに嫌われてるんだぁ……」

「……いや、あのね、君が私にしてきた数々の」

「あーあ……これからどうやって俺は

生きていけばいいんだろうか……」

 茜さんは眼鏡拭きを取り出してせわしなくレンズを拭いてしまって、机の上に置かれた本を広げた。

「お話としてはちょっとSFチックな物よ。主人公はロボットで、ある装置の中に入って大災害から逃れた人類、ご主人様たちを守って村を作って暮らしているの」

 勝った。ガッツポーズは外には出さず、視線を上にあげる。茜さんが本を広げながら、ちら、ちらと行太の顔を伺っていた。少し焦ってるみたいで、かわいい。

「ロボットって言ってもほとんど人間よ。感情があって自分で判断して、壊れれば死んじゃう。ちょっと寿命が長い人間って感じ」

「へえー未来って感じですね」

「そう。主人公たちは装置の中で眠ってるご主人様、人間達の覚醒の時を信じて、徐々に乏しくなっていく物資の中でやりくりしながら待っているの。でもある日村長さんが人類は滅ぶべき、といい始める」

 がた、と行太は顔をあげて視線を茜さんと同じ所まで持っていく。幾分安心したように茜さんは笑った。

「何でですか」

「見つけちゃったのよ。装置の中に入ってる人類がそれはそれはひどい争いをした上で生き残った一握りの人たちだっていう記録を。自分達が守ってきた人たちが実はほかの人の命を奪って生き残っていた、その事実に村や主人公達は揺れていくの。装置は壊れ始めていて、補うために主人公達は自分のパーツを少しずつ出し合って故障しながら人間を生かしていたのに」

「なるほど、それは悲しいですね……ずっと信じていたのが裏切られたっていうのは」

 行太の言葉にそうよね、と言って茜さんは少し窓の外を見た。今日は快晴で、気持ちのいい風が流れている。

「どうしたんですか?」

「あ、いえ、何でもない……。ご主人様の命を取るか、自分達ロボットの生存を取るか。健気で誰にでも優しい主人公のロボットの苦悩と決断。犠牲と向き合う主人公の迷いが読みどころかしら。主人公の性格、全体の雰囲気はこの挿し絵ととてもあっているわね。ウブでかわいいわ」

 パラパラとめくって頷きながら茜さんは言った。自分の言っている事を確認するようでもあって、うなずく度にゆれる髪の毛をじっと行太は見ていた。本当は顔をずっと見ていたいけど、勝手に目がそれてしまう。なんだか恥ずかしかった。今更何思っているんだろう。

「で、オチはどうなるんですか?」

「それは読みなさい」

 当然行太にとって良い本を紹介してもらって読む読まないではなくて、茜さんの話を聞きたいのが目的だった。だからもし行太が本当に何か読んできて、その感想があまりにも茜さんとかけ離れていた時の事を考えると少し怖かった。今はなんとなく惰性で続いているけど、それが終わってしまうような気がして。

「何かシルバーブレッドな解決策が出てきてオッケーな感じになるとか?」

「シルバーブレッドって……そんなのないわよ。決断と犠牲。ヒントで言えば『半分こ』かしら。主人公は大災害の前は保母さんロボットだったのだけど、尊敬する園長先生が良く園児達の喧嘩を『半分こしなさい』って言って納めていたの。その回想シーンから本編はスタートするわ」

「半分こ?……ああ、仲良くやりましょうって奴? お、なんかラストが読めてきました」

 両手を広げて行太が言うと、茜さんは小さく笑いながら顔を横にふった。

「たぶん君が考えているのとは違うわね」

「どうしてですか? ロボットを取るか人間を取るかだとダメで、両者が笑顔になれる道を選ぶ。半分こだよ、っていうラストが見えたんですけど」

「筋書きとしては間違っていないわ」

「え、じゃあなんで?」

 茜さんは手に持った本を中程のページに開き、左側を持って右側を差し出した。

「この本、半分こできる?」

「え、いや、そりゃ……」

 行太は質問の意味がわからず、首を傾げた。そして悩みつつも自分の席に戻るとハサミを取ってきた。

「ちょっと何考えてんのよ!」

「半分こにしようかと……」

「本を半分に切り割いて意味あるの?!」

「あるわけないじゃないですか。だから悩んだんですけど、何言ってるんですか茜さん?」

 ため息をつき、茜さんは額に手を当てた。

「……私が悪かったわ」

「え、アドレス教えてくれるんですか? あいたっ」

 広げていた本を閉じてぶったたかれた。この人本の扱い雑じゃなかろうか。

「出来ないわよね。もしくは、意味がない」

「……そうっ……すね」

「これがたぶん、ほんとのテーマ」

 ほんとの? と頭をさすりながら聞く行太に、茜さんは言う。

「喧嘩、争いが起きそうな時、分けあう事こそが解決の手段っていうのはよく言うけど、本当にギリギリの所でそれが起こったときは、たいていが『半分こ』になんて出来ない事ばかりじゃない? そして究極の所、『命』は分けあえない。生きているのか、死んでいるのか、その二つしかない。ギリギリの所で無理矢理分けあおうとすれば、共倒れになってしまう。そういう時は、いったいどんな選択が正しいのか」

 分けあえない時? 行太がハテナマークを浮かべながら首を傾げていると、茜さんは笑いながら立ち上がった。

「ま、気になるんだったら読む事ね」

「あ、ちょっと待ってください。読むなら貸してもらえたら……」

「買いなさい。作家のためよ」

 ひどい。家に茜さんの香りを持って帰ろうとしたのに。茜さんはどことなくいい香りがするのだ。友達に聞いたらお前の鼻がおかしいだけだと言われたがそれは全くその通り、行太は茜さんにやられているのでおかしくても不思議はない。

「じゃあまた聞かせてください。感想」

「それまた読まないって言ってるわよね……君結局ライトノベルなんて読まないって言いたいんじゃないの?」

 行太をにらみながら見下ろしてくる。腕を組んだのでちょっと胸のラインが盛り上がって眼福だったし、それを言うならどんな本もほぼ読まないから、読みやすいならライトノベルが一番可能性が高いんだけど。

「いや……茜さんが読んで、俺が感想を聞くっていう役割分担みたいな……先輩が読む、俺が聞く。あ、これ半分こじゃないですか?!」

「うまい事言ってない! 何かするの全部私じゃない!」

 ごまかしは出来なかった。頭を掻きながら笑うと、茜さんは本を閉まって、バックのファスナーを端までしっかり締める。

「私、何で君にこんなに感想言ってるのかしら……」

「そりゃあ心のどこかで本当は茜さんは俺と話すのを望んで

……いや嘘です。俺の強引さに茜さんがやれやれと思いつつもやってくださっておりますです。はい」

 目を細めた冷たい視線で見下ろされて、行太は頭を下げた。よし、と軽く呟くと出口の方へ向かう。

「あ、今日は……」

「もし読むなら、どんでん返しやあっと驚く展開は期待しないことね。王道を王の振る舞いで進んでる作品だから。それが欠点といえば欠点かもしれないわ」

 聞いてもいないのに茜さんは呟いて、それに驚いて行太は少し固まった。

「な、何よその顔……絶賛のしすぎで至高の一冊と勘違いされたら困ると思っただけよ!」

「ほお、では今度こそ至高の一冊を……」

「ないわよそんなの!」

 ドアの所で行太にかみつくように言うと、茜さんは歩いていった。


「でもさ、本は割けないんだから、読むと聞くって結構いい『半分こ』だと思うんだけどなあ」

 行太は残りの掃除をすませると、げた箱から出てきてまっすぐ進む茜さんの髪を見ながら言った。

「それにしても進展してる気がしないぞ……何か間違えているのか……?」

 惚れるなんて初めてだった。初めての事だった。こういう時はどうすればいいのかの知識はなんにも行太になかった。

「また浩臣に相談すっか」

 窓際の席を綺麗に升目に整えると、行太は静かなクラスを後にした。

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