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[03.襲撃の後(Part3)]

「……ん………」

 目が覚めた。なぜか、首回りが妙に凝っている。椅子に座って寝たか……と考え、そしてふと思い直した。

 俺は眠たい眼を擦り、数回シパシパと瞬きをすると、上体を起こして思いっきり背伸びする。

「ん~~~……あー……」

 気の抜いた声が口からこぼれる。

 まだぼーっとする頭で、俺は周りを見回した。そして目に入ったのはいつもの自室ではなく、簡素な部屋。

「ログアウトできず……」

 うむ、と顎に手を当て、考える人のポーズ。心は縁側で日向ぼっこする老人のような心境だ。

「しかたないよなぁ………」

 まるで、何度も受験に失敗している浪人生のような感じに言い訳を呟いて、俺はベットのすぐ脇にそえたしっかりとした質感の革靴(ブーツ)を履く。

 何度か足先でトントン―――と床を突き、履き心地を確かめた後、木の床を踏み締める音を静かに響かせながら、俺は窓際へと近づいた。

 窓―――といってもガラスがはめ込んであるようなものではなく、木戸で塞いだ代物。

 現代の防犯水準では考えられない安直な鍵止めを外し、大きく外へと木戸を開く。すると、眠気を覚してくれそうなさわやかな外気の元、柔らかな日の光が部屋の中に差した。

 空は果てしない青空。まだ朝の早い時間帯なのか、村民の姿は見えない。

 普通、この世界の設定からして日が昇らないうちから働くものではないかと俺は疑問に思ったが、昨日の出来事を思い出して考え直した。

「―――よし」

 俺は一人頷くと窓際とは反対に、出入り口の方へと足音を響かせながら歩いて行く。味のある木を踏み締める音聞きながら、なんの装飾も施されていないシンプルな扉を開く。廊下もまだ薄暗く、様子を伺いながらなるべく音を立てないように俺はくり出した。

 静かな廊下を新鮮に感じつつ、見える程度に薄暗い通路を歩む。

 ふと暗闇に目を凝らせば、中世の民家を思わせる品々が壁に飾られていた。俺はそれを興味深く流し見ながら、突き当たりの階段を降りていく。

 軽快に軋む木造りの階段を降りた先、一階部分となる客間には、質素でありながらも飾られているが、今は人気のなさが俺には神妙に感じられた。

「……なんか、一人だけ取り残されたみたいだな………」

 独り言を呟いて、ちょうど手の当たる高さにある机を流れるようにさする。ひんやりと滑らかな肌触りを感じながら、俺はその場を後にした。

 外に出ると、早朝ということもあり、浅い日光に目を瞬かせつつも一歩を踏み出す。

「お―――」

 少し歩いた先、村の中央部の辺りに井戸を見つけ、俺は近づいて行く。屋根はなく、木桶を投げて汲み取る式のものらしく、『滑車』という文明の利器はない。かわりに樽にも似たデザインの縄付き木桶がポツンと、石造りの井戸の脇に備えてあった。

 俺はそれを手に取り、井戸へと投げ入れる。すると、数秒の内に水飛沫の音が井戸の底から響いた。

 井戸を覗き込み、木桶に水がしっかりと溜まったことを確認すると、俺はそれを汲み上げる。木桶が井戸の壁にぶつかり、擦れる音を聞きながら麻縄を引いた。

「透明度抜群だな」

 汲み上げた水を見下ろし、それにゆっくりと手をつける。ひんやりとした液体の冷たさを感じつつ、水をすくって、顔を洗った。

「―――ふぅ……」

 さっぱりとした清涼感を感じつつ、水を流した木桶を元の定位置に戻しておく。タオルがないので、袖で顔を軽く拭った。

 そして、一回部屋に戻ろうと思ったとき、人気の無い村の中でかすかながらに風切り音が聞こえるのに気づいた。

「こっち、か………?」

 音のする方へと歩んでいくと、そこにいたのは細い剣を持った騎士―――。

 ―――たしか………。

「リリィ……だっけ?」

 そんな彼は、こちらに気づく様子もなく、細剣を持って何もない空間を突き刺したり、斬りつけたりしている。

 その光景に俺はしばし見とれていた。

 率直に見事な物だと思う。技のキレもそうだが、無いより彼女の切り返しと足の持ち運び。おそらく、複数人を相手に取った際の、持ち運びをイメージトレーニングしている所だろう。

 銀髪の柔らかな髪が舞い、海のように深く青い瞳が虚空の敵を射貫く。その目は真剣そのもので、まるで本当に斬り合っているかのように錯覚させられる。

「―――せぃやああああ!!」

 気合いの入った掛け声とともに、強く一歩を踏み締めた。そして、首横に構えた細剣が、虚空を貫くように解き放たれ、顔を伝う汗が飛んだ。

 

 ―――ヒュンっと、大気を貫く音が響く。


 静寂が落ちた。

 彼は姿勢をとくと、慣れた手つきで細剣を鞘に収める。

 そこで、俺は拍手をした。パチパチという音に気づき、こちらに振り返るリリィ。

「君か」

 途端、呆れ返った目つきになる彼。

「お見事」

 素直に俺は感想を口にする。

 すると、微妙な顔つきになるリリィ。

「ありがとう……だけど、君に言われても、妙に褒められた感じがしないな………」

「ん、なんで? 俺は素直にすごいと思ったけど?」

 鮮烈なほどの技のキレ、まるで舞うようにくり出される優美な姿勢は、それは美しく俺の目に焼き付いている。思わず魅せられたのは、何年ぶりだろう……。

 だが、本人は納得してないご様子だ。

「アレを見せた君が言う? 嫌みにしか聞こえないけど?」

 不満げに、こちらを覗き込む瞳に気圧されながら、思わず退く俺。妙に威圧感というか……迫力がある。

「いやいや、ほんと見事だって。あれ、たぶん六人を相手にとった時の想定練習だろ? 的確に首元とか心臓を穿ってたし、切り返しからの追撃も早い。素直にすごいと思うぞ?」

 俺、熱中しちゃうと周り見えなくなっちゃうしと、小さく呟いた。それに比べて、彼女は冷静に、的確に、そして作業ではなく技として(・・・・・・・・・・)繰り広げていた。

 俺ではああにならない。俺の戦闘はどんなことをしてもいかに勝つかという、野蛮気ままり無いなんでも戦法だ。そこに技もキレもないし、ましてや魅せられる美しさもない。

 あるのはただひたすら『勝つ』という理念に基づいた戦い。武器はなんでもいい。あるものは木の棒だろうが、石ころだろうが武器にするし、最終的―――己の拳一つだけになろうと。

 ゆえに俺の戦いには、優美なものがひとつも無い。当然、技も技術もあったものではない。

 その場しのぎの即興でアドリブもいいところ。直感と、培った経験に基づき、本能のままに繰り広げるのが俺の戦い方だ。

 彼の研ぎ澄まされた剣技とは訳が違う。

「………」

 疑わしそうな視線でジーッと見つめてくる騎士。なぜか妙にドキドキする俺は、ふいに視線を逸らした。

「…………なんで目を逸らすの?」

「いやぁ、その……ですね…………」

 単純に言ってしまうと、そんなに見つめられたことがないからです。

 人とまともに会話したのも、思い起こせば久しぶりだった。

「……………はぁ。ま、いいわ」

 ため息ついて、視線を外すリリィに、俺はほっと胸を撫で下ろす。

「で、君はこんな朝早くから何をしているのかな? ……え~と、あー……」

 そこで何か思い出すように悩むリリィに、俺は首を傾げる。

「どうした?」

「…………」

 視線を下ろし、気まずそうにこちらを伺う彼は、しぶしぶといった感じに切り出した。

「―――君の名前、なんていうの?」

 申し訳なさそうにそういう彼が、あまりにも凜とした姿からは似つかわしくなくて、俺は思わず噴き出した。

「君……普通笑う?」

 冷めた目つきで、こちらを睨み付けるリリィ。だけど、本人も恥ずかしいのか、冷静な口調ではあるが、ほのかに頬が赤く染まっている。

「笑ッテナイヨ。全然、笑ッテナイヨ」

「肩震わせて、口抑えて言われても説得力ないわよ」

「いや、ははは……。まぁ、冗談は置いといて、俺は『ヤクモ』。年は十六で、ご存じの通り戦闘狂だ」

 そんな俺の自己紹介を胡散臭そうに見るリリィ。

「自分からそれを言う辺り、更生の仕様が無いわね。リリィ・ディア・ファルツァ―――『黄昏の騎士団』所属の『暁の騎士』の一人よ」

 胸張って答える彼。そんなリリィにジョークのつもりで俺はあることを聞いた。

「ふ~ん、偽名?」

「えっ………」

 が、思っていた反応とは違い、あきらかに狼狽したリリィ。

「「………」」 

 両者に沈黙が落ちる。

「え……あの………ジョークのつもり、だったのですが………」

「え、あ、そうようね。ジョークだよね………」

「「…………」」

 再び沈黙が落ちた。

 やべぇ、へんなこと聞いちゃったよ、と取り返しのつかない気まずい雰囲気に、俺は、というかリリィも互いに顔を逸らした。

 そんな空気を打破すべく、俺は足りない頭で必死に言葉を探すが、思いついた言葉は、

「あー……リリィ、さん? 好きな食べ物とか、は………」

 こんな台詞しか思いつかない自分の頭を呪ってやりたい。 

 再び沈黙かと思われた―――。

「…………鹿の角亭の『ハニーパイ』」

「えっ、あ―――何ソレうまそう!!」

 言葉詰まりそうになりながらも、俺はなんとか切り返して持ち直す。言葉がオーバーリアクションになってしまったのは、目を瞑っていただきたい。

「琥珀色のほんのり甘いハチミツがあふれ出すほど詰まってて、色々とミックスされた果肉と、サクサクとしたパイ生地にすっごくあうよ。冷めたのもいいけどできたては、それはもうおいしいよ。温まったハチミツと、パイ生地のサクサク感が出てて、果肉は焼きリンゴのように合うの」

「何ソレ超うまそう!!」

 思わず、その『ハニーパイ』を想像してしてしまい、思わず涎が口の中にあふれ出す。

 実は、俺は食べ物には目がない。一時期、そのせいで料理にはまったことがあるけど、それは当然、仮想(バーチャル)で。

 それもあって、特に熱中したのはお菓子作り。食べても太らないこともあり、大量に試作品を自分で造りまくり、食べに食べまくった。

 そのせいで現実での食事がおろそかになって、危うく餓死しかけたけど。

 病院の点滴は今でも言い教訓(おもいで)だ。

 そんなこともあり、俺はなかなかのグルメ通(仮想限定)。食べ物の話を聞いて、俺は目を輝かせた。

 が、それを見たリリィは、何を感じたのか思わず顔を背けて、女々しく口元を抑える。

「―――くっ……く、く……」

「なぜ笑う?」

 いきなり含み笑いする彼に、俺は首を傾げずにいられなかった。

「だって、おかしい……ぷっ……はは、あははは」

「そこまで笑わなくても………」

 俺は後頭部を掻きながら、心境は微妙に傷ついてた。そんなにおかしかったかな、俺……。

「は~、久しぶりにこんなに大笑いしたぁ」

「それはどうも……」

 満足げに笑みを浮かべるリリィに対し、俺は一仕事でも終えた後の疲れた気持ちだった。

「………機嫌悪くした?」

「ちょっと。で、その『ハニーパイ』について詳しく……」

「やっぱりおかし……い……」

 思いだし笑いですか。思いだし笑いなのですか?

 後半、完全笑い堪えてますよね。後ろ向いてるけど、肩痙攣してますよ?

「だー、笑うなよ」

「だって、おかしい……」

「なにが」

「君が」

「答えになってないぞ、それ」

 一体、何が彼のツボにはまったのか、俺は頭に疑問符を浮かべて、首を傾げるしかなかった。

 

 リリィが彼に最初に抱いた感情は、恐怖すら甘く感じる畏怖。

 死と隣り合わせの戦闘で、平気で笑っている姿は、寒気すら感じる。

 ―――自分とはまるで違う。リリィはそう思った。

 だが、その考えはすぐに改められた。

 はじめは、こっそり人の稽古を盗み見て、いけ好かない奴だとリリィは思ったが、本人は本心から言っているらしい。

 今、目の前にいるなんとも言えない表情で、リリィを見る彼は、あの戦闘を繰り広げた人物と思えず、リリィ自身込み上げてくる笑いを必死に堪えていた。

 例えば、強面のいい年した将軍が極度のスイーツ好きであり、女子しか行かないようなお店に平然と居座っているようなギャップ。

 ―――おかしくないハズがない。

 あの時は、何もためらわない戦闘狂だとリリィ自身は思っていたが、集落の後片付けをしている最中、生き延びた子ども達の遊び相手になっていたし(彼が、子どもを従えて遊んでいたようにも見えたが……)、今もスイーツの話に食いついていた辺り、差の違い(ギャップ)が激しすぎる。

 ゆえに、リリィが笑い出すのもしかたなかった。

(よかった……同じだ(・・・)

 目の前で不機嫌そうに口を尖らせる彼に、リリィは不思議な安堵感を抱いていた。



「ごめん、ごめん。笑いすぎた」

 目尻に溜まった涙を拭いながら、リリィは俺に謝った。

「失礼だぞ、ほんと」

「ほんとごめん」

苦笑しながら、彼は微笑む。

「そういえば―――」

 そうリリィが言いかけ時、


 クゥ―――っと、俺の腹が鳴った。


 一瞬の間の後、リリィは思いっきり顔を背け、

「く、くくく……」

 元を抑えて必死に笑いを堪えているようだが、堪えられていない。

「………もう、笑いたきゃ笑え」

 俺は諦めたように彼に向かってそう言った。

はやく もんすたー の 戦闘 が かきたい………

定番のギルドとか、ダンジョンとか、冒険とか書きたくてたまらない。

さっさと街いかないかな、この主人公………。

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