[05.首都の街(Part5)]
見上げた先には、果ての見えない大きな人工物。
「間近で見るとこれまた圧巻だな……」
回りの建築物とは一線を成す『塔』。まるで青空を貫くかのようにそびえ立つ。
そんな高層建築物を眺めながら、俺はその麓あたりまで来ていた。
「で、まわりもこれまたお祭り騒ぎみたいだな」
木々や草花と言った緑が目立ち、場違いな人工物が遺跡としてアクセントをつける風景。その真ん中に整備された街道が通っているのだが、まるで縁日を思わせるように露天商が道の端で商品を広げている。
おそらく彼らの目当ては、迷宮行きの冒険者たちだろう。どの店の品揃えも、薬品やら刃物などそういった関連のものが目立つ。
試しに、俺はその露店の一つへ寄ってみる。置かれている商品は薬品なのだろうか、不思議文字のラベルが貼られた試験管のような小瓶を一つ手にとって吟味ていると、ふと横から声。
「なにしてるの?」
「ん……? ―――リリィ?」
聞き覚えのある声だと思ったら、すぐ横に軽装の鎧を纏ったリリィがいた。
見覚えのある儀礼服の上―――胸部のプレートアーマーや、華奢な首鎧、節々を守るプロテクターが軽い金属光沢を輝かせる。防御よりも動きやすさを重視した格好とも言える。
見た感じ、鎧を着ているのでは無く鎧もその服の一部といった装いは、清潔さと気品の高さを覗わせて、この場では少し浮いていると言えよう。
……もっとも無難な布服だけの俺のほうが場違いのように思えるが。
「パトロール中か?」
「そ。けど、ちょうど終わった所かな。……で、さっきから気になってたんだけど鱗人の人はともかく、そっちの子は君の趣味じゃないよね?」
リリィはどこか疑わしそうな目つきで、ルゥに視線を向ける。対する見られたルゥは身をすくめて縮こまってしまう。どうやら彼女の視線が怖い様子だ。
「違うぞ。兎族は耳がいいって教えて貰ったんで買ったんだ。迷宮ならその能力をいかせそうだし」
「兎族……? それにしては髪が白じゃ無くて黒いけど………?」
ルゥの前に屈み込んで、不思議そうに見つめるリリィ。その一方、ルゥは己の髪を隠すかのように頭を抱え俯いてしまった。
「……なんか僕、嫌われてるのかな………?」
「安心しろ。俺に対してもそうだから」
感傷的になっているリリィに、俺は慰めにもなっていない言葉をかけた。
気を取り直した彼女は立ち上がると、俺を見やる。
「まぁ、君がそれなり迷宮に対して考えていることは分かったけど………まさかその装備だけで迷宮に挑むわけじゃないよね?」
俺の格好を見回して、リリィが尋ねる。
そんな彼女に逆に俺は何がおかしいのか疑問を抱きながら応えた。
「……? そのつもりだけど?」
「………………」
リリィは呆れ果てた表情で俺を見ると、思いっきりため息をついた。
―――そして、いきなり俺の手を取ると迷宮とは真逆の方向に歩き出す。
「ちょ、なにっ!?」
「いいからついてきて」
俺は慌てるが、どことなく怒気を含んだその声に従えざる得なかった。
逆らったら、後が怖そうで………。
リリィに連れられ、ついた先は地下へと続く階段。気づかずに見過ごしてしまいそうな看板が軒先につるされているだけで、それ以外特徴と言った特徴が無い。
そんないかにも怪しげな地下のお店へと降りていくリリィ。俺も半信半疑でその後に続いた。
「こんにちわー。フーカさんいますかー」
「いるぞー。……なんだリィ坊。ぬしが尋ねてくるとは珍しいの」
橙色の淡い明かりが店いっぱいに広がる一室。至るところに武器やら道具やらが積み重ねてある光景はとても店とは思えない。そんな一室で和服にも似た着物を纏う一人の女性が机の下から顔を出した。
身長は俺よりも低いだろうか。えらく古風なしゃべり方をするが、見た感じ年齢が分からない。
「お久しぶりですね、フーカさん。水掛祀り以来です」
「相変わらず、リィ坊はあ叔父に似て堅苦しいのう。まぁ、それはさておき………そちの若人たちは、ぬしの知り合いか?」
「そ。ヤクモに………えー、とそっちの人は名前って………」
「でっかいのがリザドで、ちっこいのがルゥ・リラ」
俺が応えると、フーカと言われた少女? は『ほう』と感心した声を漏らす。
「英雄に異端児のう……。随分変わった名前をしてるの、ぬしの奴隷は」
「………そうなのか?」
「え……ちょっと、わからないかな…………」
気まずそうに目を背けるリリィさん。そんな雰囲気を吹き飛ばすかのように軽快な笑い声が室内に響いた。
「か、か、か。リィ坊がわからないのも無理はない。なんせ、どちらも少数民族の言葉だからのう」
「へぇ……で、名前の意味は」
「それは言えん」
店主はきっぱりと言い切った。
フーカと呼ばれた女性は、手にしていた煙管をカンッ―――と音立て、中の葉を灰皿へと捨てる。三人の間に妙な沈黙が訪れた。
「…………どうして?」
沈黙を破ったのは俺だった。一方、フーカさんは目を瞑り、煙管に新しい葉を詰めながら言葉を紡ぐ。
「ぬしに言ってもわかるか知らぬが、そういう少数民族にとって『名前』というのは深い意味を持つ。それこそ、そのものの生涯を左右してしまうほどにの。……事実、そちの子はすでに縛られておる」
フーカが煙管で指さす先に―――ルゥがいた。
「……………」
「ぬしもわかっておろう。その子がなんなのか。……知らぬとは言わせぬぞ」
黒曜石の瞳で俺を見つめたフーカは、口元を歪めて言った。
「―――のう、『愚者』よ」
「―――ッ!?」
全身の毛が総毛立つ感覚が身体を走る。
瞬間―――俺は身構えていた。
「ちょっ、ヤクモ!?」
横でリリィが騒ぐが関係ない。俺は目の前―――フーカと名乗る誰かを一心に見る。
いつ、どこでこいつは俺を『愚者』だと知った。リリィから漏れた線は薄い―――なんせ彼女は最初の言葉で『久しぶり』と言ったのだから。
だからこそ、目の前の存在はどうやって俺が『愚者』だと知り得た。
「………あんた、何者だ」
「別に大したものではない」
つまらなそうに、あるいは気だるそうに煙管をいじり、彼女は言う。
「あるものは『魔女』と言い、あるものは『聖女』と呼んだ。だが、あえて名乗るなら『観測者』。―――歓迎するぞ、同郷の者よ」
最後の言葉を聞いた瞬間、俺は言葉を失った。
「……な…………」
言葉が詰まる。思わず握る手が緩み、呆けた。
黒髪黒目、特有の淡い肌色―――なんで気づかなかった。
「―――この世界にようこそ」
フーカと呼ばれる女性―――いや、日本人は意地悪げに笑った。
……ギブい。




