[04.首都の街(Part1)]
のどかな草原風景を眺め、帆馬車に揺られること半日。
「………………きもちわるい」
「君、見かけによらず馬車に弱いんだね……」
げんなりと壁により掛かる俺を見て、リリィが心配そうにこちらを伺った。
たかが馬車の旅とはなめるまい。道は舗装されていたとはいえ、馬車の車輪は木製品。それを世紀末覇者を思わせる巨大な馬が引く旅は、快適とは言い難く―――慣れない揺れが俺を悩ませた。
車での快適移動に慣れた現代っ子にとっては、とても過酷な旅でしかない。
「まぁ、首都にはついたわけだが……、フリーパスで良かったのか俺?」
後ろに控える間所を眺めつつ、俺は少し不安げにリリィに問うた。
「大丈夫だよ。一応、君は賓客扱いだから」
「……気づかないうちに、そんな扱いになってたのか俺………」
「といっても、騎士団長だから、大盤振舞いはできないけど」
「それでもありがたい……」
丸っきり身元不明の不審者だからなぁ……としみじみ思いつつ、俺はリリィに向き直り、その先が目に入った。
見やった方向には、殺気だった騎士団員が俺を射殺さんばかりに睨み付けている。大変穏やかではない風景。
おそらく、彼らは妹を取られた兄の心境なんだろう。今までの道のりを見る限り、リリィは騎士団の団員たちに可愛がられていた。なので、彼らの言いたいことが痛いほどよくわかった。
「……? どうしたの」
「いや、なんでもない」
騎士団の方々とは目を背けつつ言うと、リリィは首を傾げながら「……へんなの」とつぶやく。
「ま、早いとこ迷宮行きたいから、そういうことなら都合がいい」
言いながら、間所の隧道を抜けた。
ただ、日陰から日向へいきなり躍り出たため、強い光量に一瞬、目が眩む。
目が慣れ、景色が見え始めた―――瞬間、俺は言葉を失った。
「……すごいでしょ?」
隣で、近寄ってきたリリィが意地悪そうにささやく。
「―――ああ、すごいな、これは」
見るからに圧巻だった。この辺りの地質なのか、白い石は所々緑の線を描く―――そんな石造りの建物が並ぶ光景はまさに圧倒した迫力がある。
歩きながら辺りを見回した。ビルに相当するほどの高さを誇る家々。軒先には絶えることのない露店が開かれ、道行く人を呼び止める。ファンタジーらしくもありながら、俺の想像を遥か先にいった高い技術水準に驚く。古代ローマですら、ここまでの技術力は誇らなかっただろう。
そう思わせる街並みが目の前に広がっている。
そして俺の隣を、うれしそうな顔をしたリリィがつきそった。
「ふふっ、想像通りの反応だね」
「正直舐めてた。本当に見事だな、ほんと……」
見渡しながら、俺は辺りをよく観察した。建物に彫られた様々な紋章、道の半ばに点々と存在する高い台座の上には、いくつもの彫像が飾られ、一種の芸術都市のような光景に魅入られる。
行き交う人々も、普通の人ではなく、カエルみたいな商人から、爬虫類を思わせる通行人、または獣の耳をはやす人々まで。その服装も様々な違いが見受けられ、見るにあきない。
目移りするには困らない光景に、俺は思わずキョロキョロと見渡してしまう。
「ここがミッドガルド帝国の《翡翠通り》。お土産の品は大抵ここで買えるよ」
「ん……? てことは、ここは商店街じゃないのか?」
「そ。ここはあくまでお土産だけ。ほら、間所から近いでしょ? 外から入ってくる人が最初に通る道だから物産展が集中してるのよ。まぁ、そのおかげこんな光景が見れるんだけど」
「あぁ、なるほど……」
賑わう通りを見渡しながら頷いた。
多くの賑わいを見せるのはそういう意図があったのかと、俺は思わず感心する。
人が通る場所に店ができるのは当たり前だが、こうも巧みな建物が建ち並ぶのは思ってもみない。
国の入り口なのだから、こうも素晴らしくなるのは当たり前かも知れないが、それでも思わず唸ってしまうほどの鮮やか光景だ。
「で、リリィ。迷宮はどっちだ」
「……………君はつくづくあきれるね。でも、それならまず、冒険者組合で登録しないと無理だよ」
「よし、リリィ。ギルドはどっちだ」
「ほんとに君は…………」
どうしようもない目で見られている気がするが、俺はT字路を突き進もうと―――そのときとき。
「…………あれって」
目の前を横切る馬車。その荷台は檻のようにされ、中のものが晒されていた。
「……あれは奴隷だね」
すぐ脇に来たリリィがそんな言葉を漏らした。
檻の中には、鎖で繋がれた人間や亜人。
見るに絶えない姿で、虚ろげな瞳は完全に濁っていた。
「………」
ガラガラとその荷台が通り過ぎるのを俺は静かに見送る。
「なぁ、リリィ。……あれって普通なのか」
「君の言いたいことはわかるよ……。奴隷は奴隷でも………あれは戦闘奴隷だからね」
「……? 普通の奴隷とは違うのか?」
「うん。普通、奴隷でも人権はあるんだよ。たとえ雇い主といえども、彼らの人権を踏みにじることはできない。だけど、戦闘奴隷は違うんだ………」
去って行く荷馬車を遠くを見るように眺めながら、リリィは語る。
「彼らに人権はない。戦闘奴隷の大半が犯罪を犯したものであり、もしくは訳ありでそこまで堕ちたか。そういった人間が戦闘奴隷になるの」
「……そっか」
言いながら、俺は遠ざかりつつある檻の荷台を眺めた。
「……時々、思うんだ」
ふいに、リリィが呟いた。
「あの中には、たしかにしかたなく自分の身を売った人もいる。そんな人を見て見ぬ振りをしていいのかなって………」
「………」
「まぁ、そんなことを言ってもしかたないんだけど」
屈託に笑う彼女の顔にはどこか陰りがあった。
だけど、彼女の言葉に俺が賛同することはない。
他人はそんな俺を非道だと罵るだろう。だけどそれは、誰かのために自分の人生を投げ出せといっているようなものだ。
そんな人間が、一体どれだけいるだろう。
安い同情をするのは簡単だ。TV中の、貧困街や戦争で傷を負った子どもの映像を見て、思わず可哀想と思うだろう。
その後、そのために何かしたことはあるだろうか。大抵の人間が、見て終わりだ。俺もその一人なので、人のことは言えないが。
だが、たしかに一握りの人間が自分の人生を棒にふるってでも、貧しい人や病気に苦しむ人々のために尽くす人は確かにいる。
その行いは立派だし、尊敬はする。だが、憧れはしない。
人間みな平等なんて幻想に過ぎないし、そのことに薄々気づいている人もいるだろう。例え、目に見えて格差が存在しなくても、他人との差は確かに存在する。
身近に感じて無くても、争いは世界で起きているし、今もなお飢えてる人間がいる。けど、俺はそれを気にしたこともないし気にかけたことすらない。
知りもしない誰かのために身を削れるほど、俺は立派な人間ではないのだ。
……だけど、あの去りゆく檻を見て、俺は何も感じなかった訳ではない。
少しだけ……身勝手な自分でも思うことは確かにあった。
自分でも最後はあざといと思った。
もっといいアイディアないかなぁ……。
無駄な所を削れるように頑張りたい。




